千年の家

  記録だけならば大同年間、つまり九世紀初頭までさかのぼるというからおそろしい。

  本ブログのなかで、「夏を撃つ」と題して夏の終わりは云々という一文を書いたのが八月二十二日のこと。そこから一月近くもたってようやく秋らしく空が澄明に晴れ渡ったある日、例の空男氏の運転で、神戸市北区にある箱木家住宅、通称「箱木千年家」を見に行った。現存する日本最古の民家建築という。重要文化財にも指定されている。パンフレットによれば、工法などからみて一応十四世紀頃まではさかのぼれるそうだが、初めに記したとおり、大同年間の棟上げの記録が残っていることからして、まさに千年前からの豪家だったのだろう。イエの存続期間の長さという点から見れば、そこらの公家や、ましてや大名など足元にも及ばない。

  さて肝腎の建物。これもまた千年級の年経りたる老婆から入場券を購って入る。現在の建物は、ダム建設にあたって原位置より七十メートルほど離れた場所に解体調査を経て復原再築したもの。なによりも茅葺きの屋根の厚みに圧倒される。軒を入るのに頭を下げなければならないほどである。夏涼しく、また雪も多いだろうこの地区の、冬は暖かく過ごすための工夫なのだろう。

  中に入ってみると、おなじ古い建物といっても江戸の武家屋敷や町屋と違い、天井板をわたさない構造なので、ずいぶんと高さを感じる。その分家の中の暗さもひとしおである。とくに座敷の裏にある納戸の暗いこと。ところは違えど、『遠野物語』に出て来る農家をふと思い出し、ついでにそこに語られる怪異の数々も記憶の底からたぐり出され、何がなし背筋が寒くなった。

  しかし一歩外に出てみれば、庭いっぱいに秋の日がさしており(ここはまだ柳田國男調)、ナツメの実は朱く熟し、鳶が空に旋回している、北区の午後なのであった。