神戸ロビンソン

  奈良の南部や和歌山は大変な水害になったが、兵庫のそれも神戸市内は結局梅雨時分の降りかたがやや強くなった程度で、実感はないまま台風は近畿を縦断していった。

  土日はたまたま両方とも休みだったが、さすがに遊びに出る気にはなれず、家で「籠城」を決め込むことにした。ジムにもいかない。買い物にもいかない。食料の備蓄は少しく不安なしとしないが、たった二日のことだし、まあなんとかなるであろう。

  いったんどこにも行かないと腹をくくってしまえばあとは至極のんびりしたもので、朝【土曜・朝 バナナ、桃、キウィ、ヨーグルト】のうちに掃除だけを済ましてしまうともう「しなければならないこと」は何もない。ソファの横のテーブルに酒(シェリー)とつまみ(オリーヴ、ナッツ)【土曜・朝のお茶(け)】を用意して、さて書見なと致そうか。

  手始めにフィリップ・ソレルス『神秘のモーツァルト』。『ルーヴルの騎手』でもそうだったが、十八世紀によせるソレルスの偏愛がむんむんと伝わってくる。同感。訳文もすばらしい(堀江敏幸訳)。ただ、ソレルスのいうように、「ルソー・ゲーテ・カントの十八世紀 」と「ラクロ・サドの十八世紀」とは対立するものかどうか。光と影がない交ぜになってこその、魅惑する十八世紀像だと思うのだが。

  1冊よみ終えて休憩。 むきえびともやしと豆苗をどっさり入れた塩焼きそばで缶ビールを呑みながら【土曜・昼】、録画しておいた『新劇場版エヴァンゲリヲン 破』を見る。主人公の内面やら葛藤やらには全く興味なし。ひたすら映像を享楽する。それにしてもこの結末、次作でどう収拾するのだろうか。

  昼からはバイロンの大長編叙事詩『ドン・ジュアン』(小川和夫訳、冨山房)。以前読んだのはたしか抄訳だった。タイトルどおり本筋はドン・ジュアンの一大冒険絵巻を語りつつ、作者バイロン本人が到るところで顔を出す饒舌の面白さは、やはり全訳でないと楽しめない。(訳者もいっているが)いたるところで笑いが炸裂する。この《逸脱》に似た感じは・・・と考えてディドロの『運命論者ジャックとその主人』に思い至った。そういえばバイロンはドライデン(十七世紀の英詩人のチャンピオン)、ポープ(これは十八世紀のチャンピオン)贔屓なんだよな。マリオ・プラーツ流にロマン主義的「悪と頽廃の」鼻祖として捉えるのはかなり偏狭な見方だ、と実感する。

  日もとっぷりと暮れ・・・ているかどうか、雨で元々空が暗いから分からないけれど、近くの禅寺で鐘をついている以上そうなのでしょう。明日も家に籠もるつもりなのだから別段きっちり夕飯時に飯を食う必要もないのだが、そして一日ほとんど体を動かしていないので腹も空かないはずなのだが、むやみに食欲が昂進している。

  しかし冷蔵庫はすかすかだ。なんとかやりくりせねば。まずは冷凍スルメイカをもどす。胴体とゲソに分け、胴はフードプロセッサにかける。ゲソは粗く刻んでから混ぜる。葱のみじんと卵を混ぜ、生姜汁・薄口醤油・酒いずれも少々で味を調える。これをスプーンですくいとり、油(サラダ油に胡麻油を混ぜて風味をつけたもの)で揚げる。揚げたてを辛子醤油か大根おろしで食べる。これで一品。

  若布と茗荷は辛子をきかせた酢味噌和えに。ピーマンは千切りにして、揚げじゃこと胡麻とで和える(ポン酢味)。ツナ缶とじゃがいもの薄切りはローズマリー(マンションの植え込みにわさわさ生えている)の風味でホイル焼き。それに到来物のサラミと生ハム。
これでバーボン(「fighting cock」)の水割りを飲む。【土曜・晩】

  翌朝も・・・微妙な空だなあ。プールで泳ぎたい、買い物に行きたい、という欲望をぐっとこらえてロビンソン生活を全うすることにする。

  この日の第一食は塩バラ丼(豚バラを塩焼き、大根おろしと葱、もみのり、胡麻、柚子胡椒をうんとのっける)とめかぶ・豆腐の吸い物、人参のぬか漬け【日曜・朝】。

  午前中はAngus FletcherのAllegoryと、『江戸詩話叢書』を、メモをとりながら読む。いつになったら我が江戸レトリック研究は実を結ぶのだろうか。くたびれると荒俣宏『世界大博物図鑑』の鳥類編を「拾い眺め」して憩う。実にすばらしい本だが(荒俣氏の最高傑作ではないか)、重たすぎて寝っ転がって読めないのが玉に瑕。他は内田百輭ゲーテの『イタリア紀行』など。

  昼。オムレツ(具はチーズとパセリ。トマトソースで)と、鱈とジャガイモとピーマンと玉葱のサラダ。これは白ワインだな。【日曜・昼】

  午後は中村生雄『日本人の宗教と動物観』(吉川弘文館)とバルガス=リョサの『世界終末戦争』を読む(夏の休暇では消化しきれず)。中村氏の本は、《子猫殺し》で話題となった某女流作家のエピソード(覚えてます?)から入って、日本人と動物との関わりに切り込んでいく、刺戟的な論考だった。ちなみに某女流作家についてのぼくの意見は、兼好法師の醒めた断言に尽きる。すなわち、「狂人のまねをする者は狂人に等しい」。

  晩は冷酒が飲みたくなったので、和食で献立。鱧(冷凍)の山椒焼きと、お椀(海老と枝豆を射込んだ白玉と茗荷、蒲鉾)、茄子の梅肉和え(鰹節を掻いてもんだものをたっぷりかける)、笹身とオクラの胡麻和え【日曜・夜】。何にも考えずに酒を飲むには旅行記がいちばんの下物となる。この日はゴーチエの『スペイン紀行』(法政大学出版局)。これは初読。それにJ.グルニエの『孤島』(竹内書店)、これは再読。山口昌男氏がどこかでいってたが、ゴーチエという作家、いまだにまともな研究が少ないらしいのだ。翻訳もたしか田辺貞之助どまりではないか。中条省平さんあたりがどんどん出してくれると嬉しいのだが。

  二日間は意外と苦労せずに、冷蔵(冷凍)庫のストックだけでまかなうことが出来ました。今日は呑みに出るつもり。