隠居の小言

  水泳のコーチが「今日は少しむつかしい用語を使って説明します」というので、多少は専門書読んで勉強しておかなきゃなあ、と思って聴いていると「水圧」がその「むつかしい用語」と分かってズッコケてしまった。

  一時間ほど泳いで戻ってくると、新潮社から師匠の新刊が届いている(『明治めちゃくちゃ物語 勝海舟の腹芸』新潮新書)。「幕末バトルロワイヤル」の生き残り連中の、デスマッチ第二幕が始まったわけである。すさまじいというかエゲツナイのはむしろ幕末より維新後の明治政府だから(幕末は徳川政権崩壊という、「綺麗な」幕引きがあるのでどことなく予定調和的に見えるのだ)、情念たっぷりの人間劇が好きな師匠の筆もいっそう冴えてくるだろう。

  さて夕飯。献立は以下の如し。
・ 韮と浅蜊の辛子和え(浅蜊は酒蒸しして身を外す。むろんこの蒸し汁は和え衣に混ぜます)
・子持ち鰈(赤鰈)の煮付け(甘みは入れない。昆布だしに清酒と薄口醤油で味を調え、梅干しで風味をつける)
・鯣烏賊のわた焼き(占地を入れる。バターもたっぷり。仕上げに刻み葱を山ほど混ぜる)
・大根と炒り卵と油揚げのサラダ(大根は繊に切って冷水に放ち、ぴんとさせておく。炒り卵は濃口醤油と粉鰹でややこっくりと味付けし、胡麻油で炒りつける。油揚げは表面に軽く焦げ目がつくまで炙ってから細く刻む。食べる時は少し七味を振る)
・納豆汁
 こうした肴で、秋田の『飛良泉』(山廃純米)を呑む。暖房をがんがんに効かせた中で、よく冷えた山廃の喉ごしがたまらなく旨い。

  食事をしながら食べ物の本を読むのは気がきかないかもしれないし、いっそ悪趣味ともいえるかもしれないが、わが永年の「悪徳」なればやめられもせず。

 木村衣有子『もの食う本』は、文字通りものを食うことをテーマに書かれた(料理本というわけではない)書物にまつわる随想。 という形式に惹かれて読み始めたが、つまらなかった。書物にかこつけてうんと「私」を語るか、「私」を通奏低音にしてそれぞれの書物の魅力を存分に引き出すか、どちらでもない。つまり文章が甘い(ちなみにこの両端を手品のような鮮やかな手つきで見せてくれたのが種村季弘の『食物漫遊記』である)。ただ、一箇所だけ感心した表現があった。吉田健一『私の食物誌』をとりあげた章で、「吉田健一の文章は準備も助走もなしに、いきなり全力疾走する」という趣旨のもの(原文のとおりではない)。あの名状しがたい文体の趣の一面をよく捉えている。一面というのは、「全力」なる汗臭い概念は、吉田の優雅には似合わないからである。ちょっと呑みすぎて辛口になったかな?

  もう一冊は『地域食材大百科 第5巻 魚介類 海草』。これも題名どおりの本。類書はいくらでもあるが、この本は書き手が好みをはっきりと打ち出していて(たとえば伊勢海老は生で食っても旨くないと断言したり)、それでいながら全体にどの食材もいとおしんでいるという心の動きがみえてたいへんに愉快。出版社の名前からしてよい。農山漁村文化協会というのである。そう、かの名シリーズ「日本の食生活全集」(全巻読みましたよ)の版元である。

 あとはピーター・ゲイ『シュニッツラーの世紀』、バルタザール・グラシアン『処世の知恵』を拾い読み。無茶苦茶な取り合わせに見えて、その通り、無茶苦茶な選択です。
 
 この日は一升瓶が空になりました。

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