幻の梅

  逸翁美術館の特別展示は惜しいことをした。呉春の「白梅図屏風」を見たいとかねがね思っていたので、今回の『2012早春展』はちょうどいい機会だったのだが、都合がつかない日が多くてずるずる過ごしているうちに終了。

  しかしまあ、目をつりあげて勢い込んで絵を見に行くというのも滑稽なはなしである。またいずれ見る機会もあるはず、と考えて気持ちを慰める。それにしても、こんな風にして出遭う折もなく通り過ぎていったものがいくつあることか。

  思えばはかなきわが人生よ、と感慨にふけっているうちに腹が減ってきたので献立を考えることにする。
  西東三鬼(講談社文芸文庫に自伝『神戸・続神戸・俳愚伝』あり)に

  中年や遠くみのれる夜の桃

という俳句がある。山田風太郎によると、「中年の恋を歌って有名なもの」らしい(感覚として分からぬでもない昨今)。 唐突なようですが、献立思案中にふとこの句を思い出した。別段やみがたい恋情に衝き動かされたわけではない(かな)。夜闇の彼方にぼうっと白く浮かび上がる桃と、結局(今回は)見ることのかなわなかった呉春の白梅図とを重ねているのである。

  見る梅を逃した代わりに、梅を食う。今晩はこれで参りましょう。
*鰆の梅あんかけ:最近気取った居酒屋なんぞでよく見かける料理だが、頼んで満足したためしがない。 もう少し食えるように一工夫してみる。まず下ごしらえ。多くの店ではいきなり蒸してるんではないか。だからなまぐさいのではないか。と考えて塩を振って水分をとり(しっかりペーパーでぬぐっておく)、酒を塗りながら直火で炙って焼き目をつけておく。餡は昆布出汁(梅の香りを生かすために鰹は用いない)。塩と酒で味付け(梅干しの塩分を考えて控えめに)。薄口醤油はほんの少々のみ。鰆は、炙ってはいるものの水分が多い魚なので、しっかりめにとろみをつけておく。そこに梅干の肉をよーくたたいてペースト状にしたものを混ぜ込む。うん、色がきれいだ。長葱を白髪にして、鰆の上にかざり、さらに焼き海苔(絶対に焼き海苔で!)をもんでふりかける。その上から餡をたっぷり。器もうんと熱くしておいて下さい。
*スペアリブの梅味噌蒸し:これも中華料理屋でよく見るようになった料理。こちらはたしか邱永漢さんの本ではじめて知った(今調べてみると、『食は広州にあり』にありました)。豆豉(トウチー)に砂糖と梅干(叩いておく)を加えよく練っておく。それを一口大に切り分けたスペアリブの上にのせて蒸すだけ。そうそう、梅味噌の下に薄切りにしたニンニクを一片はさんでおくとたいそう風味がよろしい。
*白サラダ:というのは当方が適当に呼んでいるだけ。要は大根の細切り(氷水に放ってぴんとさせておく)・ほたて貝柱(缶詰で充分。ほぐしておく)・エリンギ(グリルして焦げ目がついてから細かく手で裂いておく)をマヨネーズで和えたものだが、今回はここに同じく梅干の身を加えるのである。ただし、これは梅の酸っぱさが勝ってしまうとつまらない味になるので、マヨネーズにはオリーヴオイル少々と卵黄を足してコクを与えておきます。季節になればここにホワイトアスパラを入れてもいい。

  これに菠薐草のおひたし(鰹節に醤油、ではなく出汁を含ませて冷やしておく)で呑む。酒はローヌの白。

  対手は、初めスチュワート・シャピロ『数学を哲学する』を読んでいたが、「バランスが良すぎるぶん深みにかける」という訳者後書きにもかかわらず、えらく厄介そうなので酔ってない時に回すことにする。むろんこれはこちらが数学の素養を欠いているせい。で、フロベールの『ブルターニュ紀行』と大英博物館編『図説 金と銀の文化史』にきりかえ。フランス人にとってもブルターニュはやっぱり特別、というか特殊な土地なんだろうな。前に読んだ『ブルターニュ 死の伝承』の読後感で、こちらにしてもブルターニュはフランスに非ず、またヨーロッパ(ローマ帝国キリスト教の文明ということ)にも非ずという印象がある。

  さて、ワインも一本空いたし、バーボンに切り替えて『タイタニック』でも見るか。

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