一粒の豆もし死なずば・・・・

  子どもの嫌いな食べ物の定番といえば・・・ピーマン?人参?葱?レバー?自分はどれも平気だったが、思い返せば焼きそばが苦手だった。今でもソース味の食べ物は全般に好まないから、母親が作る焼きそばが特別にマズかったせいではない、と思う。

  しかし焼きそばの話がしたかったのではなかった。眼目は豌豆である。グリーンピース。同僚や友人に訊ねても、ということは子どもでなくてもあれを嫌う人間が多いことに、むしろこちらは驚愕した(この言い方、やや大袈裟か)。つまり豌豆は大の好物なのである。豌豆に限らず、マメの類は全部好む。この季節はしたがって、こちらにとっては恵みの時季である。絹さや、三度豆、スナップ豌豆、そしてなんといっても蚕豆!いいですねえ。

  豆贔屓とはいっても、豌豆嫌いが必ずといっていいほど俎上にあげる、(食堂の)カレーや肉じゃがや、弁当の副菜のポテサラに入っているような、水煮缶詰のグリーンピースはダメ。たしかにあんな味気ないものはない。当然ながらミックスベジタブルと称する冷凍に入ってるやつも論外。豆の身上は柔らかさ・甘さ・香りの《三位一体》にある(いよいよ話が仰山になって参りました)。だから、厳しくいえば、市場やスーパーで売ってるような剥き豌豆ですら邪道なのである。莢ごと買ってきて、外したばかりのものを食べるのにこしたことはない。

  豆ばかりで献立を作ったら、さてどうなるか。以下、マメ嫌いのかたはご遠慮下さい。あ、一度当ブログで書いた料理と重複するかもしれませんが、いとわずあげます。三年続けてるとダブってるのかどうか、自分でもよく分からない。

*豌豆黄身餡:豌豆は色よく茹でておく(前菜扱いなので、しわがよらないように注意)。餡は白味噌に酒・味醂・卵の黄身を混ぜて、湯煎でしっかり練っておく。ぼろぼろにならないよう、ごく少量の出汁に片栗粉でとろみをつけたもので豌豆をまとめた上にこの黄身餡をかける。辰巳浜子さん流にいけば、豌豆の上に鳥のそぼろをたっぷりかけることになる。
*豆のサラダ:三度豆を少しカリカリするくらいの固さに下茹でしておく。絹さやも同じ。それにクレソンと鳥笹身(酒蒸しした上で、細く裂いておく)を混ぜ、ドレッシングをかける。ドレッシングは(出来ればアーモンドの)油に辛子と塩胡椒、すだち果汁で。鳥笹身のかわりに、次の炒め物で使った烏賊の残りでもよい。

*蚕豆と烏賊の炒め物:蚕豆は下茹でのあと、薄皮を剥いておく。烏賊は花に切って、酒・塩を加えた熱湯でさっと湯通し。あとフライパンで生姜一片を入れたサラダ油を熱し、香りが出たら蚕豆と烏賊を一気に加えて炒めあげる。味付けは塩胡椒とごくわずかの鶏ガラスープ、それに砂糖ひとつまみ。仕上げに胡麻油を一滴たらすかどうかはお好みで。

*豌豆コロッケ:要はポテトコロッケのポテトを、豌豆に代えたもの。豌豆は茹でた後、フードプロセッサーでペースト状にして、(冷えてから)生クリームを混ぜておく。豌豆だけでも充分美味しい、と豆好きは思いますが、少し頼りないと感じるかたは、鳥ミンチを炒めて酒醤油砂糖生姜汁でこっくり味付けしたものをこのペーストに入れてもよい。鳥ミンチの代わりにベーコンでも。灘のさる料理屋では、いかなごの釘煮を混ぜていた。野菜類は入れないほうがいいかと思います。

*蚕豆天ぷら:手がかかるけど、これも薄皮まで剥いて(下茹でなし)二三粒まとめて揚げる。

*スナップ豌豆と豚バラ煮込み:豚バラは、角煮より一回り小さく切っておく。味付けは豆豉と八角を効かせた醤油ベース(スナップ豌豆は甘みが強いのでこれくらいが丁度良い)。とろみをつけたところで下茹でしたスナップ豌豆を投入します。

  まあ、単に塩茹でしただけでも充分肴になるのですがね。ビールでも清酒でも白ワインでも合うところが妙である。

  対手には『魯山人星岡茶寮の料理』(柴田書店刊)を読む・・・正確には読みさす。「伝記などでゆがめられた魯山人像をただす」という意気込みはよろしいが、どうも質が低い。たとえば、京都から鮎を東京へ運ぶのに柄杓で水を換え続けたというえ有名なエピソード(『美味しんぼ』でも紹介されていた)を取り上げて、「江戸時代では将軍に鮎を献上するときには、人足が交替で走り続けた。労力は柄杓の比ではない」とする。


  わはははははは。と突然筒井康隆調が出てしまうくらいなのである。なんじゃこれは。一気にアホらしくなって投げだそうかとも思ったが、さすがに前半の料理の写真(すべて各地の料亭が、所蔵する魯山人の器に、それぞれの趣向を凝らして料理を盛っている)は素晴らしい。「福田屋」所蔵備前火襷木の葉皿とか、同じく鉄絵野茶碗とか、「瓢亭」所蔵鮑大鉢とか、同織部四方鉢とか、「八勝館」所蔵鼠志野あやめ文八寸とか、「竹葉亭本店」所蔵染付竹絵八角筒向とか。旨そうな料理と相俟って、まさしく目のご馳走という感じである。料理人が口を揃えて、「料理を盛り込むことで器が生きてくる」とコメントしていたのが印象的であった。献立のヒントもいくつか得ました。

  すぐに読み終えたので、あとはヒラリー・マンテルの『ウルフ・ホール』にとりかかる。ブッカー賞受賞作。クロムウェル(護国卿オリヴァーの先祖)を主人公とした歴史小説。まだ上巻の途中ながら、いやあ、実に面白い。至る所で不逞なユーモアがにじみ出るのもよい。華麗にして野卑なチューダー朝の空気がよく伝わる。善良でしかも食えなくて贅沢好きな枢機卿トマス・ウルジーがよい。こういうキャラクター、大好きなんだよな。

  あと、もうだいぶ経ってしまったから『双魚書房通信』扱いにはしないが、ぜひとも紹介したい本があります。タキトゥス『同時代史』。ちくま学芸文庫。ネロ帝自殺のあとのローマ帝国の帝位争いを描いた史書。一年でなんと四人もの皇帝が即位しては殺されたというのだから、無茶苦茶ぶりもここまできたら感嘆するほかない。

  タキトゥスの筆はここでも精細を放っており、帝位請求者たちの相互非難(というよりは罵詈讒謗)、兵士のアジ演説、それにいつものタキトゥス節である簡潔にして冷徹(というよりは酷薄)な愚行への評言・・・解説者は、タキトゥスを歴史家というべきかと疑問を呈している。史料への信頼性も含めて、こうした光彩陸離たる文体を指して、むしろ人性の批評家=諷刺家に近いと言っているのだが、むろん読者がそんなことを気に病む必要はない。

  マキャベリなら『君主論』よりも『ディスコルシ』(ローマ史論である。これもちくま学芸文庫)のほうが絶対に面白いし、それよりもマキャベリがひそかに範と仰いだタキトゥスにじかについたほうがいい。

 文庫化に当たって國原吉之助先生は、訳文に全面的に手をいれたという。ラテン文学は現代日本の読書界にとってもっとも迂遠な領域だろうが(ブログ子も同じ)、見過ごすにはもったいない一冊です。
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