書評というレシピ/レシピの批評

 最近料理関係の記事をあまり書いてない。これは小説家・堀江敏幸に(原因とはいわないが)関係がある。すぐにつながるので読んでいって下さいね。

 丸谷才一奥本大三郎の新刊を書評した中で紹介していたゴシップ(?)によると、東大仏文で長く教授をつとめていた菅野昭正が、日本語の文章力が卓越していた学生として(東大仏文では日本語で卒論のレジュメを書かせていた由)、奥本大三郎鹿島茂、そして堀江敏幸の三人をあげた、らしい。

 なるほど、と言わざるをえない三幅対である。というのは実は、後の感想であって、この記事を読んだ時点では奥本・鹿島両氏の文業には多少親しんでいたものの、堀江敏幸の著書に就いたことはなかった。これは現代日本の小説全般に対するアレルギーに起因するもので、他意は無い。

 で、その堀江さんが毎日新聞で時折長い書評を書いていて、これがいい。取り上げるのは主に小説だが(日本、海外は問わない)、おそらく正確にその作品の肌合いをとらえた文章だと思う。というのは、『赤い百合』(杉本秀太郎訳)が出たときに、その訳文にすっかり感心したものの、どう表現すればいいものかと思っていたところに堀江さんの書評が載り、たしか「うっすらと汗をかいて主人公の後ろに寄り添っているような」訳文、という批評に、さすが文筆のプロは違う、と舌を巻いた覚えがあった。

 本好きにとって、優秀で(これは言うまでもない)、かつここが肝腎なのだが、自分と相性のよい書評家を持てるかどうかは非常に重要な問題である。もっといえば、その人の書く文章の中に出て来る著者や著作が次々に読みたくなるような物書きであれば、書評とうジャンルでなくてもよい。

 自分の場合はまず澁澤龍彦がそうであり、ついで篠田一士がそうであり、丸谷才一篠田一士のいわば僚友)がそうであり、由良君美がそうであった(こちらは篠田一士と犬猿の仲だったのが皮肉というか)。洋書ではやはり「超人」高山宏になるのかな。どうでもいいことながら、こうしてみるとなぜか英文畑の人が多いな。

 閑話休題。で、時々読む「毎日」の書評に惹きつけられていたのが堀江さん。その堀江さんが出した書評集が読みたくなるのは、だからごく自然な運び。近刊の『振り子で言葉をさぐるように』は事実、期待を裏切らぬ高品質の書評集であった。むろん全部が全部買いたくなるわけではないが、本の選択にも、それを語る文章にも存分に著者の世界観と(あえて言えば)芸を見ることが出来る。いったとおり、こちらは日本近代文学というものにはごく冷淡な人間なので、そういう読者が庄野潤三木山捷平を読もうという気になったのは、ひとえにこの本に収められた、日本近代文学の「名作」を紹介するという企画の文章に見せられたからに他ならない。文庫になっているものばかりを紹介しているのも幸い。

 その勢いを駆って、一冊目の書評集である『本の音』にも就いた。『振り子・・・』に比べるとまだ、スタイルにいわゆる《書評らしさ》への気遣いもうかがえる点が面白かった。そこに紹介されていた(この人には珍しい「不朽の名著」という措辞が用いられていた)のが、『おそうざいのヒント365日』なのである。これでようやく本題(?)にたどりついたわけです。やれやれ。

 「続」「続々」も含め、一気にネットで買ってしまったのですが、これは幾重にも「らしからぬ」買い物だった。というのは、第一にこちらはふだん「おそうざい」的な献立をすることが無いし、第二にそもそもレシピを見て料理をすることもめったに無いし(「鰯と茄子のムース」とか「豚大腸の四川風煮込み」とか、「ぐじの酒焼と海老射込白玉とオクラすり流しの椀盛」とか、ごく専門的な料理は別ですよ)、第三に朝日新聞は嫌いな新聞社だからである。

 あ、誤解のないようにいっておけば、産経新聞も嫌いです。毎日や読売がましというわけでもないが。

 ともあれ読んでみた感想としては、なかなか重宝する料理書だった。警戒していたアサヒ的啓蒙臭(栄養のバランスがどうだとか、ふるさとの味がどうしたとかいった説教)も薄く、なにより手を抜ける所は抜く、気合いをいれる(うんと手をかける)所はいれる、という姿勢が好もしい。筍なら筍を使ったレシピを紹介した後、三四日は筍の残りをどう使い回すかという組み立てになってるのも親切である。文章はとくにほめたくなるようなものでもないが、レシピ本によくある猫なで声の浅間しい教育調でもないだけで充分というものである。

 ただし、それほど実地で試してみたわけではない。材料と料理法を眺めてるうちについ空想に耽ってしまい、《小料理屋で出す気の利いたアテ》風に改作するだけで了れり、という場合が多いのだ。

 窮極のヴァーチュアル料理というべきか。

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