官能旅行(センシュアス・ジャーニー)

 終業の定時は六時前だが、チャイムの鳴るや遅きという感じで飛び出す。そしてジムに直行。一時間あまり、脇目もふらず、半ば瞑想状態で泳ぎ続ける。

 七時になるや遅き、と今度はジムを飛んで出て、大開通にある蕎麦屋「うるおす」に入る。ここは初見参。なんでこんなにせわしないか。別段人と待ち合わせしてた訳ではなく、単に日の落ちるのを眺めながらゆっくり蕎麦屋の肴で呑む、ということがしたかっただけの話。ならジムに寄らず初めから蕎麦屋に行けばいいようなもんですが、最近は最低でも二日に一度は水をばしゃばしゃ跳ね返さないと落ち着かないもので。

 ともかく息せき切って入り口を左に眺める形で、カウンターの角に席を占める。夏至直後ということもあり、七時を少し過ぎたくらいでも、まだ道向かいの民家の屋根に夕日があたっているのが見られる。これこれ。この感じ。

 まずはビールで喉を潤し、あとは冷酒とも思ったけど、口がねばりそうなので焼酎に切り替えてちびちびやる。アテは枝豆とゴーヤの梅肉和え(苦みの殺しかたがよかった)、オバケ(さらしくじら)、鰯煮(たぶん圧力鍋。骨までさくさく食べられる)、それに鴨ロース。

 横のおっさん連中が、いかにもこの辺らしい野卑な冗談で盛り上がっている。こちらは恬然と呑んでいる。気取ってるわけではなく、水泳あとの心地よい疲労がアルコールとあいまって、かなりいい気分なのです。暮れたあとも、しかしまだ奇妙に建物の輪郭は鮮やかに浮かんで見える。「夕映え」とは、落日の光を浴びて物が輝くのではなく、日が沈むその瞬間にかえってものの姿がふっと浮き立ってくる様子を言うのだと、平安文学専攻のさる先生に教わったことがあるが、こういうことなのかな。それとも酔ってきたかな?

 最後にもりを一枚さらさらとたぐって(六百円は安い)、さてお勘定、というところで後ろのほうでこちらの名を呼ばわる声あり。いかなる預言者ならむと振り返って見たれば、これは十五年来の行きつけである王子公園『韋駄天』のマスター。本日店は休みなので、のみに出ているそうな。

 どうせこれからまた三宮に繰り出すんやろ、とにやっとされる。さん候。とてもかくても家庭の幸福は諸悪の根源、ともがもが訳の分からないことを呟きつつ店を出る。

 よい風だ。嵐の前の静けさではなく、本格梅雨前の爽やかさだな、こりゃ。

 近くの「タヴァーン・カネサ」(立ち呑み屋)は混雑していたので、JRで三宮に出る。焼酎の酔い心地を変えたくなかったので、大瓶の泡盛を呑ませてくれる某店へ。

 ここは実は以前付き合ってた子が入ってる店である。しかしそれを面映ゆく感じるような柄ではない。久々に会った彼女はというと、やっぱり可愛いな。こちらの好みのタイプにぴたりとはまっているのだろう。

 焼けぼっくいに火、というわけでもなく、彼女をからかいつつ、またこちらもからかわれつつ、会話しながら泡盛をすする。よい気分なり。

 最後はいつもの如くIZARRAに立ち寄る。シェフに近況報告すると、えーっ(ホントは「え」に濁点を付けたほうが感じが出るのだが)十六歳も下のコと付き合ってるんですかっと、まるでヘンタイ扱いである。たいそうな、別に法に触れるような年齢ではなし。客がひいた後、色んなディテールを話して、二人で盛り上がってしまう。

 ここでは桃とトマトのサラダ(洒落ている)、ローズマリーで風味を付けた鶏のローストでポルトガルの白(結構いける)を呑み、エポワスのとろとろになったやつでリオハの赤を呑む。雰囲気のよさそうなショットバーを二軒紹介してもらった。よい気分なり。

 外にでると依然「はてしなき並樹のかげをそうそうと」という感じで風が吹いている。酔い覚ましも兼ねて、ぶらぶら歩いて帰ることにしますか。

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