知らぬ仏と暴れ猿にはさまれて

 ほんとに俳諧の記事が増えた。この年になってから覚えた趣味は深間にはまるというところか。うーん夜遊びは二十代で覚えておいてよかった。
 今回の歌仙は何度か本ブログでも登場した、わたくしの大学の恩師・・・と書いたのでは感じが出ないな。大師匠のお誘いによって巻き始めたもの。「大」の字が付くのは、むろん尊敬する先生だからだが、ちょびっと付け加えておくと普段の歌仙の場では不肖鯨馬子が宗匠役をつとめているので、それと区別する為でもある。
 これまでは大師匠との両吟でしたが、今回は直々のご指名により、里女さんが参加。彼女は大学の一年後輩に当たる。もちろんいつも歌仙に加わってくれている。句柄は・・・なんというか。実物をご覧に入れたほうがはやいでしょう。

  鷹揚に撫づる湯桁や晝の月    碧村
   猿尻追ひて乳搖らすらん    里女(三吟「山清水の巻」)


  監獄に鼻毛抜きをる師走がほ   碧村
   鄢白出でて春場所卦見す    里女(同前)


  度を二つ上ぐ風光る午後     越村
   醉眼にふらここ搖れて腿眩し   里女(四吟「蚤の市の巻」)

 なんだかエロと笑いばかりのようで具合が悪いが(日本文学史上、「猿尻」なる語が用いられたのは初めてのことと固く信じる。おそらく絶後でもあろう)、一方では、
  
  鮎落つる宇治に謀叛の氣配あり  碧村
   萩やなぐさむ大逆の衆     里女

  手習ひに勁(つよ)く置いたる露の文字  碧村
   北に散りけむ父の兵児帯    里女
など、端倪すべからざる手腕も見せてくれている。どう出てくるか分からない所を大師匠が面白がって、連衆に入れたという運びである。
 どういう結果と相成ったか、ご覧あれ。句の後に注釈(というか、愚痴というか・・・)を載せています。桃叟が大師匠の号。俳諧の縁の無い読者もいらっしゃるでしょうから、やや煩いくらいに解説しています。

三吟「日ぐらし」の卷
初折表
日ぐらしや秋は名ばかり立ちやせず 桃叟〔秋〕
*仲間で巻いた歌仙二巻を、「余計暑苦しくなると存じますが、残暑お見舞いに」と差し上げたのに対する返事のメイルでこうあった。やっぱり暑苦しかったノダ!それにしても「立ちやせず」って、えらい口調です。

 雨氣(アマケ)になびくすゝきひとむら 碧村〔秋〕
*脇句は発句に打ち添うように、同景・同季で詠まねばならない。発句は「ひぐらし」が季語で初秋。拙句は「すすき」で秋(初・仲・晩と通して使えるので兼三秋ともいう)。また、発句は正客に当たる人物が詠むので、その挨拶に対して応える必要もある。ここでは大師匠が「暑いね」といっているので、「一雨ほしいところです」と返した。深読みすれば「相変わらず盛んに俳諧で遊んどるな」ともなるから、「あっちへふらふらこっちへふらふらしております」ともとれるように作っている。

さやくと小人のたぐる月更けて 里女〔秋〕※月
*第三は発句・脇でがっちり作り上げた世界から大きく転じないといけない(ただし秋はもう一句続ける)。いわば里女さんの初打席ですが、ここは可愛らしくというかカマトトぶったというか、『日本昔ばなし』風に句作りしている。本来月は第五句で出すのだが、そこまで秋をひっぱるのは重苦しいからここで出している。

 かぼちやの馬車のきしりなつかし 桃叟〔秋〕
*大師匠いわく(ちなみにすべてメイルで回しています)、「メルヘン付け」と。とくに解説の必要はないでしょう。

亡國の水道管の立ちつくす  碧村〔雜〕
俳諧連句)ではabcと三句並んでいたら、abとbcで場面や情緒が同じになることをいちばん嫌がる。ここでメルヘン、ファンタジー風の付けはだから、絶対に避けないといけない。「かぼちゃ」で「なつかし」と来たので、終戦直後にかぼちゃばっかり食わされてすっかりかぼちゃが厭わしくなった人が、夢でかぼちゃを見てる、と解釈し、それに焼け跡の風景を取り合わせた。

 天に崩れぬ樓のけだかさ  里女〔雜〕
*一見するとこれも焼け跡の光景のようで、だとすれば先ほどの重複を避けるというルールに抵触してしまうわけですが、これはなんとマチュピチュ遺跡を詠んだという。水道管などは今でもつかえるくらいに堅固に組まれてるとのこと。そういえば里女さん、南米に旅行してきた経験の持ち主である。なんとかインカらしく匂わせたかったのだけど、「天に崩れぬ熱帯の宮」では余計分からなくなるしなあ。いったいに、昔の(昔に限らず)俳諧がわかりにくいのは、こういう飛躍乃至省略が、その場にいなかった者には通じにくいからである。次からは初折裏という場。初表が約束ごとの多い、儀式的な場であるのに対し、奔放に暴れてよい、とされるところである。さて、里女ぶりが出ますやら。

初折裏
羽衣の舞の手とどむ秋出水 桃叟〔秋〕
*南米の遺跡を今度は日本の城と見替えたわけである。「秋出水」は先般の九州の大雨のこと、とこれも大師匠のメイルにあった。「羽衣」は「天」から連想された語だろう。謡曲になっているいわゆる羽衣伝説そのものだととる必要はない。ちなみに秋は原則一度出たら三句は続けないとならないことになっているが、すでに発句から秋が出ているので、ここは煩いと思って季無し(雑)で続けている。

 塚にまろびて狂女しば泣く 碧村〔雜〕
*「出水」の前で「舞」えずにいる女・・・というところから、謡曲『隅田川』を連想してその一場面を句に作った(あら筋はご自分で調べて下さい)。里女さんの前で「狂女」なんて語句使うと、どう展開していくか分かったものではないと半ばびくびくしながら、残りの半分はわくわくしながら出してみました。

盛り場に倅よそほふあぶく錢 里女〔雜〕
*前が古典作品に材を求めている句だから、なるべく俗な世界に切り替えたほうがよろしい。ことば遣いを見たらその条件がクリア出来ているのは明らかだろうが、さて「倅よそほふ」で分かりますかね。オレオレ詐欺なんです、これ。つまり前句でふしまろんで泣いているのはだまされた老女というわけ。まあ、鮮やかなお手並み、としておきましょう。

 胸倉をとる戀のたてぬき 桃叟〔雜〕
*これは分かりやすい。東門街あたりで呑んでいたらちょくちょく実見できますし。

説法の聞こえも郄き尼となる 碧村〔雜〕
*かつて男二人を争わせた、華やかな経歴の持ち主も今やおさまりかえった庵主さま。別に寂聴尼を連想してたわけではないですが、どう見てもそれっぽいですな。恋句は二句以上続けるのが原則なので、これは逃げた形になります。

 さすらひ人や野路に滿ちけむ 里女〔雜〕
衆生済度に奔走する尼、里女さん自身は「マザーテレサです」と言い切っていたが、ここは別に誰と特定する必要もないでしょうね。むしろ「さすらひ人」が少し引っかかる。「乞丐(こつがい)人」くらいかな。おそらく芭蕉の時代であれば遠慮せず「不具や乞食の」と言い切っていただろうが。

月滿ちぬ産婦ぬかづく甲山 桃叟〔秋〕※月
*西宮の甲山にトラピスト修道会が経営している産院があるのだそうな。わしゃ知らなんだ。大師匠も「修道女は尼なりや」と打越(前々句)との重複を気にしてらしたが、修道女はやっぱり尼でしょうな。もう一つ。ここでの「月」はいうまでもなくダブル・ミーニング。

 猪狩りこのむ申し子のさが 碧村〔秋〕

芭蕉七部集の一つ『冬の日』には「箕に鮗の魚をいたゞき 杜国/わがいのりあけがたの星孕むべく 荷兮」という有名な付合がある。それを意識してたわけではないけど、「産婦」と来たらどんな子が生まれたのか、と考えるのは人情の自然。甲山→六甲山で、猪。笑うほど単純な発想である。

水梨の宮にかはりて腹くだし 里女〔秋〕
*『とりかへばや物語』という、やたらめったらに性倒錯的な趣向が出てくる物語がある、それを下敷きにつかっている。故事・物語の下敷き(「俤」という)はいいんですが、里女さん今回はちとそれが多すぎる。大師匠が相手ということでやや気張ってしまったのかなあ。彼女に限らず付け筋がパターン化してくるのは、一人の人間が発想している以上、ある程度はやむを得ないところがある。こちらの経験からいうと、やはり江戸期の俳諧や戯作を読んでいると役に立つ。そしてこっそりいえば、日本の現代詩もそう莫迦にしたものではない。

 カタルシスには花尻の森 桃叟〔春〕※花
*メイルには「『とりかへばや』に対抗してこちらは『平家』」とあり。「平家に花尻の森なんて出てきたっけ?」とうろがきて、ついネットで探してしまいました。なんでも大原に幽棲した建礼門院を監視したという侍の屋敷跡が花尻の森として残ってるんだそうで。ふーん、それでカタルシスか。しかしカタルシスという語は、たしか「瀉血」などを意味していたはず。前句の「腹くだし」に「尻」がつながり、その上に何かがしゃーしゃーと噴出しているというイメージが重なった結果、なんだか滑稽なような句に見えてきてしまった。師匠、すいません。おそるべし、里女マジック。

日もすがらコロスの出來を囀(さへづり)て 碧村〔春〕
*雰囲気を切り替えるにはともかく外国に舞台を飛ばすのがいちばん。というわけで「カタルシス」からギリシャ悲劇の劇場へ。前句で「花」が出てるから春を続けねばならない。「囀る」が春の季語となる。

 甲斐なく小屋をたたむ春宵 里女〔春〕
*前句の観客のぴーちくぱーちくを不評と見た付け。ここはおとなしく。

名残
涙にて白粉落とす樂屋風呂 桃叟〔雜〕
*前句の場面をさらにしぼりこんでクローズアップしている。ちょっと演劇関係が続きすぎたような。


 土手しぐるれば煮ゆる湯豆腐 碧村〔冬〕
*そろそろ芝居からは離れなきゃ、と今回は大師匠・里女のラリーの後始末ばかりしているような具合であります。なんで湯豆腐かというと、涙をおとした役者が居酒屋でためいき酒・・と話を作ったのでは面白くないので、「涙」→「しぐれ」、「風呂」→「湯豆腐」と映像の類比でつないでいます。湯豆腐に少しニガリを落とすと白く濁ってくるでしょう、あんな感じ。


相傳の鹽に渦なす雲散じ 里女〔雜〕
*里女さんも自分で料理するので、ぱっととろけた湯豆腐の映像が浮かんだのだろう。鯨馬子には通じる句だが、この表現ではなにがなにやらわからない人も多いに違いない。

 見よ晴朗の春のあけぼの 桃叟〔春〕
*案の定、大師匠も首をひねった挙げ句に「雲散じ」から晴れ渡る春の朝景色を取り出した(と思う)。あんまりに付きすぎの句がずらりとならぶと、どうしても空気がだれてしまうので、こういう風にぽーんと景色だけを投げ出すのは有効な手なのである。

下知待ツてすみれ野にじる鹿毛葦毛 碧村〔春〕
*前句の語勢からして、戦の場面を持ってくるしかないだろう。大師匠好みの句だなと思いつつ提出すると、予測は的中、めずらしくお褒めのことばをいただいた。いくつになっても師匠にほめられるのは嬉しいものである。

 功に逸りし僧侶刺さるゝ 里女〔雜〕
*僧兵が刺されたの?とやたら血腥い光景を思い浮かべてしまうが、これはチェスの勝負を詠んだのだそうな。つまりビショップというわけ。うまく転換できたといっていいだろう。

角道や王逃げまどふ涼み臺 桃叟〔夏〕
*チェスから将棋へ。縁台将棋にしたのは俳諧の味というところ。現代日本の代表的歳時記である平凡社の五冊本『俳句歳時記』で、いちばん項目が多いのは、じつは春でも秋でもなく夏なのである。荷風もなにかの随筆で「日本の四季でもっとも詩情が感じさせるのは夏の夕暮れ」とたしか言っていた。和歌が春秋のながめに偏しているのに対し、夏の詩情を発見したのは、俳諧の大きな功績といえるかもしれない。

 吉野の御所は月更くる也 碧村〔秋〕※月
*付け筋としては、(1)「涼み臺」から、夏の情景につなげる、(2)「王にげまどふ」を見とがめて、この「王」を実際の王様と見替える、の二つを思いついた。しかし次は月の定座である。別に夏の月を出してもいいのだけど、歌仙もここまでくると、挙げ句に向かって少しずつ収束させていかないといけない。まあおとなしく秋の月にするべいか、と(2)をとった。異邦の例は知らないが、逃げまどう王といえば、当方などには『太平記』の北朝諸帝がすぐに連想される。ただし、すぐ前の戦の句と差し合いにならないよう、なるべく穏やかに詠みなした。

顎髭の長さをきそふ芋煮會 里女〔秋〕
*今回、里女さんにはほとんど注文を出していない。大師匠から「爪を切って猫を殺すなかれ」と忠告されていたからである。しかしここだけは「戦の場など持ち出さないように」と言っておいた。まあ、これも巧く付いてるんではないか。「髭長きことが長者よとろろ汁」という句があったな、そういえば。

 鍋底さらふ孝子いくたり 桃叟〔雜〕
*「髭」に対するに「子」。

文選を誦してはけづる爪楊枝 碧村〔雜〕
*こちらは「鍋底さらふ」に注目。なくもがなの注ですが、爪楊枝けずりは貧乏御家人の内職として有名。貧なれど、詩文の教養は忘れず。

木目の妙にそぞろ籤引く 里女〔雜〕
*削っている木の枝を見ていると、たまに面白い木目があったりする。それで占う。人間はなんでも占い(賭けといってもいいが)の対象としてしまうものなのである。

名ウ
枯節や鉋の冴えのゆかしくて 桃叟〔雜〕
*これは「木目」から。たしかに枯節の芯のあたりの艶をおびた紅のうつくしさは、銘木にも負けないものがある。

 小座舗もるゝ師走ごゑかな 碧村〔冬〕
*場所を料理屋と見定めた。絹を裂くような削り音に配するには、あまり高声では困る。そう思って「師走ごゑ」に。

金銀の筋かしましきつくも髪 里女〔雜〕
*「きんさんぎんさんの子どもたちも長寿らしいです」とのメイルがあったが、いかになんでもこれできんさんぎんさんとは解しがたい。趣向をつめすぎた感あり。しかし、それを無視してみれば、「つくも髪」、つまり長寿の宴を料理屋でやっている、お祝いの熨斗袋の水引もにぎやか、くらいにとれなくはない。

 年波寄する住吉の濱 桃叟〔雜〕
*老年の路線から「年波」、波寄せるから「濱」。

散りかゝる舞の手見せて花の冠者 碧村〔春〕
*打越からじいさんばあさんばかりだったから、花の美少年にぜひ舞わせたかった。それだけです。

 歩々かろやかにゆく春の空 里女〔春〕
*挙句は穏やかに、おっとりと詠めばそれでよし。この句にしてもやや景が抽象すぎる嫌いはあるが、まあ挙句の条件に適っているとはいえるだろう。

 全体に、釈迦牟尼仏=大師匠と孫行者=里女の間を大汗かいて周旋する三蔵法師の役回りに徹したような歌仙でありました。

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