国宝で懐石!

 休みだというのに、朝から大阪に来ていた。祖母の十三回忌なので、仕方ない。お供えに、丹波のお茶・和菓子所『諏訪園』の栗菓子の詰め合わせを持っていく。ここの「栗蒸しこがし」や「栗衣」、ちょっといけますよ。

 法事はつつがなく終了(当たり前だ)。久々にあった親戚もいたが、「愛想無いなあ」との声を背中にこちらはそうそうに退散。せっかく大阪くんだりまで来たついでに、と中之島の国際美術館で開催中のエル・グレコ展を観に行くつもりなのだった。

 休日ではあるし、えげつない混雑なら引き返そうと思いながら美術館の入り口に来てみると、思ったほど混んでいない。これぐらいならま、許容範囲かね。

 会場をさっ、さっと見て回る。たとえばフェルメールやミレーとは違って、エル・グレコのような骨の髄からの宗教画家の場合、とくに日本人には馴染みのうすいカトリックのこと、キャプションによる内容説明の、観賞における比重がどうしても大きくなってしまうのだろう。みんなが熱心にキャプションと画面とを見比べている隙をぬって、こちらは自分の興味ありそうな絵にどんどん移動していく。

 別にキリスト教的主題に詳しいと自慢したいのではない。単に自分の見物ペースを乱されたくないだけの話である。

 さて、出品作品の中では、会場順路の初めの一画に集められていた肖像画が意外に良かった。モデルが一様にメランコリーに沈んだ瞳の色を呈しているのがいい。

 いちばん気に入ったのは「福音記者ヨハネ」。貧血で蒼ざめた・・・というよりほとんど屍体といってもいいような顔色。ただ、グリューネヴァルトの有名な「破傷風のキリスト」がただただ無残であるのに対して、こちらは、言語に絶するヴィジョンを見てしまった男の魂の顫えがナマに伝わってくる感じ。

 ポスターなどに使われている「無原罪の御宿り」もむろん悪くはなかったが、こちらとしては、昔大阪市立美術館(だったと思う)で見た、四使徒(これも記憶が曖昧)の巨大な肖像の圧倒的な印象があるので、もひとつ迫力にかけるように思えてならない。

 苦言一つ。会場の照明、よくないねえ。聖人やマリアさんの表情がハレーション起こしてて、あれじゃ見えませんよ。

 美術館のハシゴは趣味がよくない、といわれても仕方ないが、時間もまだあることだし、と思い立って中之島でも西の端に近い国際美術館から、公会堂の隣にある東洋陶磁美術館まで歩いて行く。

 どうせ島だろ、と思ってなめてかかっていたが、いや、結構あるもんですな。閑寂な(客が少ない、ということ)東洋陶磁美術館の入り口に辿り着くころにはうっすらと汗をかいていた。

 ここはとくに目当てもなく来たのだが、幸運にも国宝の油滴天目茶碗(および飛青磁花生)が展示されている。

 ほんとに客が少ないので、一品一品を時間をかけてためつすがめつ見ることが出来る。というより、茶碗のような形状のものはこうして見ないと全体が見えない。とくに油滴天目の場合、見込みと外側の模様が見所なのだからこうするほかないのである。

 悪い癖で、いい焼き物を見るとつい盛りつける料理を考えてしまう。油滴天目には、そうだな、車海老と鮑とズイキの白和えなんかどうでしょう。

 この美術館では、しかし油滴天目より気に入ったものがあった。加賀前田家伝来木の葉天目茶碗。南宋時代、吉州窯の作だという。黒い釉薬の色に、桑の葉(という説もあるが定説はないらしい)の飴色がよく映えている。肌が薄く、真横からみた線(口縁が微妙に波打っている)がまことに繊細でうつくしい。しばらく見惚れたあと、ソファに座って、やはりこれにも盛る料理を見立ててしまう。葉脈まで精緻に焼き付けられた木の葉のアクセントがこの碗最大の見所なので、何か生り物を一種入れたいところ。野菜は逆にぶつかってしまいそうだ・・・うーん。甘鯛かさよりの博多づくり(昆布と魚の身を段々に重ねて切ったもの)に、柿を丸く抜いて膾にしたものをあしらいにする。

 こういうことを妄想しだしたらきりがない。慌てて残りの展示品を見て回る。黒釉や飴釉の偏壺という、徳利を平べったくしたようななりの焼き物に、欲しいなと思わせる品がいくつかあった。

 あと面白かったのが鼻煙壺。なんだこれ?と思うでしょ。これ、嗅ぎ煙草を入れるために中国で作られた、ライターほどの大きさの容器。タバコが伝来してからの発明に係るものだから、材質は中国らしい、玉や象牙などもあるが、ガラスなどの作も多い。いってみれば値付けのようなミニアチュール趣味の典型のようなものである。こちらはちっちゃいものが大好きなたちなので驚喜して見つめる。書き物机の端などに一つ置いときたい。実に洒落ている。

 とすっかりいい気分になって外へ出る。梅田まで歩いて帰ろう。とりあえず北に向かえばいいのだ、と適当に道をとって歩いて行くと、思わぬところで古本屋発見。昔風の、色んな分野の本を丁寧に揃えている感じの店。初めての古本屋ではたとえ百円均一でも何か買って出ることにしている。ここではクァジモードの詩集と大岡昇平の『わがスタンダール』を求める。

 ぶらぶら歩いているうちに、お初天神に行き着く。大阪で旨いものも長い間喰ってない(この前の焼き肉七時間は、あれはまた別の世界というべき)どこか気の利いた、小体な割烹にでも、と思うものの、法事のあとの食事でまだ空腹ともいえない。ここはやむなく神戸まで戻ることにする。六時前に三宮に着けたので、混む前なら予約なしでもなんとかなるか、と『播州地酒 ひの』に飛び込む。暖簾を出す直前で、客は誰もいない。しめしめ。

 アテは、造り盛り合わせ(平目、ひっさげ、鯖きずし、戻り鰹)。このひっさげ(よこわと鮪の中間らしい)が良かった。かねがね、よこわはなんだか頼りない味だし、かといって鮪は(にぎり鮓ならともかく)酒の肴としては血の匂いがきつ過ぎるように思っていたので、ちょうど良い感じでした。あとは名物ポテトサラダに牡蠣の昆布蒸し、最後に豚汁。酒は「都美人」「盛典」「奥播磨」など。

 お土産に自家製だという唐墨を買って帰る。少し切って出してくれたが、燥びておらず、ねちっと歯にまとわりつく程度の仕上げなのが嬉しい。これは正月のお重に入れるつもり(真空包装)。

 そろそろおせちの準備にかからねば。
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