長崎は快晴なりき〜九州旅行①〜

 今回の旅行、一番のヤマ場はひょっとして出発までにあったのかもしれない。

 六時前に仕事を上がって帰宅するとざっとシャワーを浴び、留守番メモを残して、あらかじめ用意してあった荷物をひっつかんで家を出る。

 とこう書けば、べつにだらだらしてたわけでもなかったのだが、なにせこの日は万事少しずつタイミングが悪かった。

 まずは三宮行きのバス。定刻から五分以上遅れている。しかも夕方とあって乗降客が多く、いつもにくらべるとかなり運行がトロい。このままだとトアロードを下るあたりからは動かなくなりそうと判断して、NHK前の停留所で降り、早足で東門街を抜けてポートライナーの駅に向かう。

 人から歩く姿は、百合の花ならぬアンドロイドと言われるくらいで、歩行速度に自信はあるものの、週末の三宮は例の如き人だかり。かきわけかきわけ阪急からJRにわたる信号にたどりつくとここも運悪く赤に変わったばかり。汗びっしょりになって、歩道橋に進路をかえてようやくついたポートライナーの改札は大混雑(どうもコンサートか何かあったらしい)で、ほとんど涙目の状態で切符を買って駆け上がると、神戸空港行きは出発したところ。

 ここらあたりでほぼ本日中の出発はあきらめていたのだが(次の電車だと、フライトの20分前に空港に着くことになる)、だめもとでスカイマークのカウンターにくらいつくと(主観的にはこう表現したくなる)、受付のおねえさんはすこぶるおっとりと搭乗手続きを済ませてくれる。ありゃ、と思って見ると東京行きの最終便の搭乗が遅れ気味で、わが長崎行きの身体検査&搭乗は始まったばかりなのだった。

 むろん安堵はしたけれど、今書いているだけでいやーな感じがよみがえってくる。でもここでおしまい。というわけにもいかないので続ける。

 長崎空港到着は一時間後の九時四十五分。兵庫区の拙宅から神戸空港までの時間とほぼ変わらないと思うとなんだか狐につままれたような感じである。でリムジンで市内までは約50分。そこから初めての街を、スマートフォンの地図画面と首っ引きで歩き、ホテルにチェックイン出来たのは十時半になろうという時間だった。

 急に思い立った旅行ということもあるけれど(それを言うならいつもそうだが)、行く店の下調べはまったくしていない。いくら金曜の夜とはいえ、入ってすぐにオーダーストップというのではあまりに「ざんない」ので、いまいましい、実にいまいましいことながら、節を折って『食べログ』で「遅くまで空いている店」を検索。

 新地中華街の正面にあるホテルからは思案橋をとおって十分くらいかな?飛び込んだのは、鍛冶屋町の居酒屋。家族連れやサラリーマンのグループなど雑多な顔ぶれで繁盛していた。こちらもそのくらいのほうが落ち着ける。

 何はなくとも御酒一献。生ビールをきゅきゅーと二杯飲み干してから(旨かった!)、ゆっくり肴をえらびにかかる。

 料理の種類と値段と付き合わせるとかなり安めの設定だったので、ま、ちょっぴりずつなのかなと思ったのが大誤算。滅茶苦茶に量が多かったのである。たとえば「熊本産筍の天ぷら」を頼むと、親指ほどの大きさのが七きれ。それに茄子・茗荷・隠元の天ぷらが付いてくる。これだけでも普段なら小一時間はもつ(一人だと)はずなのに、調子にのって初めにいろいろ注文したので、カウンターの我が席の見た目がやたらと豪勢なものになってしまった。

 思い出しながら書いてみましょう。
◎落ち子(新子芋の、要はきぬかつぎ。これはお通しだったがそれでも四つ入ってた)
◎焼き空豆=莢七本(長崎は七進法なのか??)
◎あげまき(貝)のバター焼き=五つ
◎地だこ=何切れか定かではない。このころになると一心不乱に喰っていた気がする。
◎甘鯛の唐揚げ=なんと、これは小振りとはいえ、丸々一匹でのご登場なり。
◎茂木の鯖塩焼き=これも片身丸々。

 さすがに最後の鯖は・・・残したのではなく、お茶漬けにしてようように食べきった。とても洗練された味わい、というのではないが一品一品丁寧に作ってあるのが好ましく、接客も親切でよろしい。まさしく店名どおりのヴォリュームでした(『多ら福亜紗』)。

 店を出ると、夕刻からのどたばた騒ぎの疲れが急に出る。しかし飲み助の体面にかけて一軒だけバーに入ってスコッチを飲み、ホテルに戻る。歩きながらいくつもいい感じの店(飲み屋、食べ物屋)を見つけたのだが、残念無念。

 という訳で翌朝はすこぶる快調にご起床。八時にはチェックアウトを済ませ、朝食はミスドでアイスコーヒーとオールドファッション(ミスド、好きなのです)。アイスコーヒーをゆっくり飲みながら今日の行動計画を練る(さすがに少しは学習している)。

 まず向かったのが寺町にある唐寺興福寺。江戸時代に黄檗禅を伝えた隠元隆蒅という坊さんに以前から興味があったのである。

 午前も早くということで、境内には他に老夫婦一組のみ。そのせいかすこぶる閑雅な雰囲気で、しかし本堂はまるで地面からもくもくと盛り上がったような圧倒的な存在感でそびえている。カーンと静まりかえった境内に、ときおり上のテニスグラウンドから女子学生の声が落ちてくるのもよい。気持ちよかった。

 それに比べて、と悪口をいう必要もないのだが、もう一つ有名な崇福寺のほうは、たしかに寺域も伽藍の規模も、興福寺より大きいものの、やや俗っぽくて、しかも全体に手入れが行き届かず、どことなく荒廃した感が濃い。落莫の情緒、と言っていえなくもないけれど。ただ崇福寺に向かう道の両側には少し雰囲気のある料理屋や天ぷら屋が並んでいる。ここも長崎再訪のときには外せませんな。

 長崎の名物は「坂、墓、馬鹿」なんだそうで、たしかに寺町にならんだ一つ一つの寺院の大きくて立派なこと、大阪の下寺町よりもうひとつ格上なのではないか。ここで「格上」というのは、むやみに恰好を付けているという意味にあらず。むしろ街全体から受ける印象でいうとその反対で、どこか観光ずれしきれていないおっとりとした構え(金沢や松江を見よ)が長崎のいい所なのだ、とこちらのような偏屈者は言いたくなる(金沢は好きですよ、念のため)。

 たとえば唐寺の次に訪れた(というほどの大きさでもないが)、唐人屋敷跡でも、うんと気張って手入れしたという感じではなく、どこか猫のオシッコくさい(不潔という意味ではない)町並みの真ん中に埋もれるように土神堂やら天后堂やらが残っているのが愉快である。崇福寺の悪口をいったのと矛盾するようだが、これはこれでいいのである。

 まだ時間に余裕があったので、今度は中華街付近をぶらぶらしていると、いかにも昔風の構えの古本屋を発見。収穫がありそう、という予感は外れず、ルルカーの『聖書象徴事典』や大西信行『落語無頼語録』(角川文庫)などが安く手に入ったのは嬉しい。

 古本屋に入ると時間はあっというまに過ぎてしまう。ちょうど中華街の店が昼営業を始めるころになっていたので、これはあらかじめ歩いて目星をつけていた『老李』という小体な一軒に入る。店内客は誰もおらず。まあ、観光客がつめかけるなかで飯を食いたくはなし、これ幸いと、まずは前菜盛り合わせを頼み、冷えたビールで喉を潤す。前菜は帆立貝柱の沙茶醤風味、腸詰め、布どうふ(といってた気がする)のシャンツァイ和え。どれも香料がきいた台湾風の味付けでよろし。干し貝柱と白菜の旨煮と、鶏肉のトーチ風味蒸し物まで調子に乗って頼む。うーむこのままだと昨夜の二の舞か。

 最後は名物だという「極上ちゃんぽん」。キャベツ、もやし、豚肉、海老、貝柱、烏賊、牡蠣、蒲鉾まではふつうとして、上に生からすみを載せたのがこの店の工夫らしい。からすみとスープとの相性には少しく疑問を抱いたものの、スープそのものは実にあっさりしている。胡椒をふった後半は明らかに失敗した、と感じたような、和敬清寂の味わい。ここらがいわゆる「日本化」というところなのか。

 それにしてもこの時の長崎は陽光ひたすらに明るく眩しく、暑い日だった。ビール、紹興酒を昼間から過ごしたせいで、午後はとたんにペースが落ちた。(つづく)
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