イカ崇拝VSあんこう信心

このところずっと背中に鈍痛があるし、のぼせたような感覚もいつまでも尾をひいている。膵炎なのか、はたまた男性にもあるてふ更年期か。

 とうっすら怖じつつも、食べることに妥協はしない。この日の夕餉は魚づくし。

○さより三種=さよりをさばくのは初めて。ワタの部分が丈夫な腹膜できっちりガードされているだけ、同じような形の秋刀魚よりはおろしやすいのだろう。もっともこの黒い腹膜が臭みの元でもあるらしい。念入りにこそげとる。二尾あったので、一尾は椀種と天ぷらに。一尾は造りにした。造りは昆布締めにして旨味を補っておく。椀のあしらいは三つ葉、占地と青柚。料理書には、さよりを椀種に用いる時には結んで使えと、ほぼ例外なく記しているけど、生来の「いらち」にて、細くて脆い身と格闘しているうちに癇癪を起こしてしまいそうだったから、普通に切った(代わりにというわけではないが、三つ葉は湯がいて結んだ)。

鳥貝=これも殻付き丸ごとは初めて。半分に切って綺麗に掃除するだけなので手間いらず。さっと湯引きして(甘味が増す)、わかめと酢味噌和えにする。

○蛤=大ぶりのものを六つ。すべて殻から身を外し、半分は酒に浸けた板昆布の上で炙り焼き(柚子をしぼる)。半分は天ぷらにする。蛤の濃厚な旨味には蕗の薹がいちばん合うと考えているが、もちろんのこと今時分蕗の薹のあるはずもなし、鉢植えの山椒の葉を擂ったものをまぶして揚げた。

あんこう=正直なところあんこうの身は旨いと思ったことがない。肝もそれほど評価しない。しかしそれ以外の、胃袋やら皮の部分は大好物である。一つ一つ律儀に食感が異なるのが(当たり前か)嬉しい。これは湯引きにして、紅葉おろし・浅葱・ポン酢で食う。あんこうの喰い方はこれに限る、とさえ思ってしまう。

○ねぎま=別に江戸っ子をきどってるわけではなく(金無垢のなにわ贅六でござります)、寿司屋でトロを食う気にはならない。トロは時々ねぎまにする。粋がってるのではなく(佐野次郎左衛門も裸足で逃げ出す野暮天である)、単純に酒が呑めるからである。したがって汁は淡味。昆布出汁に酒・味醂(ほんのすこぅし)・醤油(ここはやはり薄口ではなく濃口がよろしい)で調味。具は鮪と長葱のみ。葱は筒切りにしたのと斜めにごく薄く刻んだのでぬるぬる・しゃきしゃきの食感の違いを楽しむ。

 さすがに青物が少ないので、芹の胡麻味噌和えと茄子の辛子和えも作った。・・・作ってみるとかなりの分量なのですが、明日は休みゆえ、時間をかけてちびちびとやる。初めは熱燗向きだという『両関』の山廃、後半は菊姫『先一杯』。さより昆布締めはもひとつ味の焦点がぼけてる気がする。ぬたにしたほうが良かったのかな。それ以外はみな成功。どうじゃ儂の腕前は。わはははは。とすこぶる上機嫌に、ちびちびのはずがぐびぐびに変わってしまった。

 録画しておいた「盛綱陣屋」を観ながらこれらの肴で呑む。いやはや極楽でござる。見終わった後は、

○チャイナ・ミエヴィル『クラーケン』=博物館からある日忽然とダイオウイカの標本が姿を消す、というショッキングというよりは「だからどーした」的な発端から、一気に「魔都」ロンドンに巣くうカルト集団同士のハルマゲドンをめぐる大抗争に発展していくのですから、いやはや大したもんですな。ぐい呑みであおりつけつつ読んだせいかも知れないが、壮大な冗談と見て大いに楽しみました(だって、「イカ教徒」ですぜ)。翻訳はところどころで引っかかったのだが、これはミエヴィルの原文に理由があるのかどうか、わからない。

塚本邦雄『異国美味帖』=何種類かの刊行書からのアンソロジーの形で編集されたそうな。野菜・果物をめぐる随筆ばかりなので、ぬめぬめと光る鱗族(あ、イカ教徒化している!)をつまみながら読むのにちょうどよい。装幀もうつくしい。


しかし何より素晴らしかった(凄かった)のは、
鹿島茂・倉方健作『カリカチュアでよむ19世紀末フランス人物事典』=である。その名もずばり『今日の人々』という、当時の柚有名人を一人ずつ取り上げて紹介するという冊子があった(1878〜1899年にかけて刊行)。本書はそのカリカチュア図版に簡潔な人物の伝記(時に論評)を加えたもの。鹿島茂さんが「この本を出せたらもう死んでもいいと思える本」のひとつ、と前書きで書いているのもうなずける気がする。取り上げられた人物は、「当時の」有名人、というところがポイントで、ユゴーサン=サーンス、ブーランジェ将軍といった、今でも通用する人もむろん含まれるが、大半は名前すら聞いたこともない政治家や作家やジャーナリスト。素人のこちらにはただただ面白い読み物であるが、研究者にとってはまさに宝の山であろう。

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