松江の夜は落語で更ける

 はじめて行ったのは六年ほど前か。今回松江再訪の運びとなったのは、大学の大先輩である綺翁さん(「無頼侍」で書きました)のお誘いによる。綺翁さんは松江の出身なのである。同級生が酒蔵『李白』の先代社長夫人という縁で、『李白』が毎年開く「新酒と落語をきく会」に当方も呼んでいただいた、という訳。

 朝十時に阪急芦屋川の駅を出たところで待ち合わせ。この旅は綺翁さんの運転で行くことになっていた。六麓荘の宏壮にして瀟洒な住宅街を抜けて西宮に入り、そこから中国道へ。いつものことであるが、中国道はガラガラに空いている。松江に着いたのが一時過ぎくらいかな?白潟町で一人のご婦人も拾ってから昼食に向かう。白髪が美しく、花やかで闊達な女性。綺翁さんのお姉様であった。

 昼食は出雲なら蕎麦でしょー、ということで、姉弟とも「子どもの時分から食べつけていた」という『きがる』へ。昼時分からだいぶ過ぎていたので店内は閑静なもの(もっとも、お姉様が前日来た時には二時間待ちだったそうな)。お姉様(以下ジュンコさん)は蕎麦掻きと割子。綺翁さんと奥さん(以下ケイコさん)は割子と山かけを半分づつ。昨夜の深酒が祟って、朝飯が食えなかった鯨馬は割子と山かけ。割子を一口すすって、蕎麦通(ご自身蕎麦打ちをされる)綺翁さんいわく、「これは新蕎麦だな」。角のぴっしゃりたった、喉ごしすずやかな旨い蕎麦でありました。さすがに山かけの汁まで全部呑むとお腹がはちきれそうになったけど。

 会場となる『李白』は閑静な住宅街の一隅にあった。少し早く着いたので、綺翁さんの顔で特別に二階座敷を見学させてもらった。立派な木組の、風格ある造りである。酒造家は土地の豪家であった、というのもうなずける。

 四時に開演(宴)。五代目社長(綺翁さんからすれば洟垂れ小僧、である)にジュニア誕生というめでたい報告からはじまったので、はじめに上がった三遊亭鳳笑さんは『子ほめ』を話していた。

 次が鳳楽師匠。こちらは『猫の災難』と『柳田の堪忍袋』という人情噺。後者はこちらも聞くのは初めてながら、やや調子がすべっていたように感じたけれど、『猫』の方はさすがにウマかった。サービスなのか、酔っ払った主人公が都々逸を歌い出すところ、いくつもいくつも都々逸を並べ(今ひとつも覚えてないのが残念)、おまけに歌まで一つ唸ってたっぷり演じてくれた。ご存じのとおり酒を呑む噺なので、こちらも聞いていて喉が鳴る思い。

 噺の後が飲み会。『李白』の銘柄がずらっと並ぶのは当然として、蔵の社員が総出でつくる料理も呼び物の一つであるらしい。この日はむかご(社員が採ってきた)・銀杏・煮染め・人参のシリシリ・粕汁・むかご飯・だし巻き等々がならんだ。煮染めは酒呑みに合わせた薄めの味付けなのがいい。シリシリという炒め物も旨かったが、名物となっていた(らしい)アメフラシ(!)の煮付けが、おそらくは台風のせいで取れず、従って出ていなかったのがじつに残念。綺翁さんの評にいわく「腐りかけたゴーヤが動き出したような見かけ」で「珍味」なのだそうな。ちっ。

 会場にはスーツに着替えた鳳楽師匠も降りてきている。当方のいるテーブルに師匠が寄ったとき、年配の男性が「失礼とは重々承知のことながら」と断ったうえで、例の圓生襲名問題についてどうなったのか、とお訊きになった(よーやる!しかしナイスプレー!)。師匠の答えは・・・ここでは書きません。ふふふ。

 八時にお開き。すっかり冷え込んだ松江の町をタクシーに乗って、ホテルに向かうかと言えばさにあらず。今度は綺翁さんおすすめの鮨屋で二次会なのである。

 店名は『井津茂』。つくりでは鯵・烏賊・鯛・平目・ダルマダイ(深海魚の由)など、にぎりでは海胆・ちり・うなぎなどをいただいた。もちろん続きで酒はぐびぐびやっております。店のすぐ前で「鼕」(漢字出るかな?)という松江の町の祭りで用いる山車(大きな太鼓を二つ並べている)の練習をやっている、その音がきこえてくるなかで旨い魚をつまむという風情もまたよろしかった。

    友の無き茶の湯のまちに月ひくき 碧村


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