再び「食」を語るむずかしさについて

 和食がとうとう世界遺産無形文化遺産)に登録された。

 ここでいう「とうとう」とは、「女につぎこんだあげくとうとう会社の金に手を付けた」「とうとう北朝鮮がホントにテポドンを東京めがけて発射した」というほどのニュアンス。トキでも喫煙者でも(筒井康隆)「天然記念物」指定されたら滅びが近いのは見やすい道理である。

 蕎麦はかなり好きな方だと思う。新蕎麦の時期だったから、ここ二週間くらいで、十回くらい蕎麦を食った。店は神戸、大阪のあちこち。元々贔屓の店もあれば、初めて行って気に入った店もあり、また旨いには旨いが「工房」(乃至「僧坊」)風で気に入らぬ店もある。その内の一軒(ここは気に入ったところ)の主人と、少し空いてる時間に話をしていると(連日押しかけてるので自ずと会話も出てくる)、こちらが知っている家で修行をしていたことが分かった。礼を失せぬ口調ながら、そこを含め主として三宮界隈のあちこちの店の批評が始まる。酒でこちらの舌もずいぶん滑らかになっていたようで、コメントに同意したり、また反論したり、それとして愉快な時間だったのだが、もりと鴨南蛮を堪能して帰宅し、風呂に浸かりながらこういう月旦の功罪について考えていた。

 大学で近世文学を学んでいたにも関わらず、江戸時代の文化空間(生硬なことばだが)に、もひとつ溶け込めない自分をずっと意識していたのは、「通人」臭への反撥が根底にあったためだろうと思う。とくにいわゆる町人文学というものには「ついていけないなあ」(これは資才としても無理というのと、その気が起こらないというのとの両方の意味)という姿勢で読んでいた。これはいうまでもなく個々の作が面白くないというのではないので、単につまらないだけなら端から無視すればよいだけのことである。近世文学(そして近世思想)の無類の面白さというのはこの臭みと切り離しては成立しないのだから事態はややこしくなる。

 話を戻して、どの店のどの品がいいとか悪いとか、それを談じて悦に入るのが厭味なふるまいであることはいうまでもない。しかしスノビズムの臭みとは裏返せば(またもや大仰な表現を使うが)様式が成立する上での基盤、土台ということであり、つまりはそういう層の厚みがなければ「文化」としての「食」などあっというまに消え去ってしまう(なにせ「無形」なのだし)に違いない。なんだかんだ言っても、要するに旨いか不味いかをはっきり分けられる感覚の人間がいなければ意味ないのである。それを粋に(これは気障にということ)、もしくはことごとしく(これは田舎くさいということである)語るかどうかは別の話である。

 自分のことは勘定に入れないとして、かろうじて蕎麦の領域にはかかる土台が、まだ残っているということなのだろう。しかし「和食」という全体となるとどうか。

 今朝の『めざましテレビ』では、この三十年で日本の家庭の食事内容はどのように変わってきたか、味の素が調査した結果を紹介していた。

 どぎつい部分だけをクローズアップして見る者の情動をあおり立てるのがマスコミの常とはいえ、リツゼンとするような食卓の映像が出て来る。別にコンビニで買ってきた惣菜の類が並んでいるのではない。また和食の割合が減っているのを憂慮するのでもない。「ワンプレート」型の夕食、つまりカレーだけとかパスタだけの食事が多いことを言っている。これがたとえば親子丼でも同じなので、和食の衰退どころではなく、そもそも「食」に対する根本的な興味関心が薄れつつあるだけの話なのではないか。

 世をあげてのグルメ・ブームではないか。あれは「どこそこの店に行った」「ナントカという貴重な(「高級な」)食材を食べた」という情報を消費しているだけのこと。六世歌右衛門を論じた石川淳の表現に倣っていえば、料理(という文化)は滅んで、残るのショー、ということになる。和食に限っていえば、それが「和食」、より正確には「和」食となった時点で既に脈が上がっていた。あとは相対化の果てに「遺産」となるのみ。

 こちらのブログの少なからぬ部分も単なる情報として読まれているのだろう、と思う。それを今さら嫌がっても仕方がない。読みにくい偏屈な文章を読んで下さる方がいることは感謝に堪えない。

 それはそれとして「和食ブーム」が起こるやもしれぬ(そうなればいよいよ終わりである)(いや、「外圧」に弱い民族性だけに、復興の一助となるのかもしれないが)これから、どう「食」を語っていけばいいのか。

 まずは一献汲みながらとくと思案しますか。

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