双つ鍋

 所用で三宮ジュンク堂へ。今日は買い物の日ではないが、岩波文庫版文語訳聖書など、面白そうな新刊がやはりたくさん見つかったのでメモして帰る。中学向け学習参考書の棚の前ではものすごーく深刻な表情の夫婦がぶつぶついいながら選んでいる。こんな親だと子どもはたまらないだろうな。

 せっかく繁華街に出たのだから、旨いもんでも食って帰ろうかと歩いてみると、あちこちの店は日曜とて昼の二時前だというのに行列が出来ている。行列・地下街・生セロリを大の苦手とする人間はげんなりして、外食はとりやめ。どうせ店に入ってもメシは食わずにゆっくりビール(か酒)を呑むだけなので、時分どきで混雑してる店は気がさすのである。

 元町商店街をぶらぶらと西へ。ここも混雑。放香堂でお茶のセールをやっていた。ちょうど煎茶が切れかかっていたところだから一袋もとめる。

 日曜日であっても、西に行くほど人が少なくなるのは同じこと。人混みは嫌とはいえ、いつもながらいささか索然とした気分で歩いて行くと、西の出口近くに丹波・但馬など、兵庫の特産品を扱う『いなカフェ』なる店が出来ていた。店名のセンスはさておき、ちょっと面白いものがある。店前のワゴンで、ほうれん草、かぶら、切り干し大根(きちんと陽に干しているそうな。こうすると断然香りが違うのである)をカゴに入れ、店内では卵と木綿豆腐を追加。

 せっかくの「もとぶら」で、お洒落な鞄や靴ではなく、乾物と豆腐を買って喜んでるんだから、我ながら・・・立派なものである。

 さて晩飯にどう料るか。ほうれん草は豚ロースとの常夜鍋と決めていた。寒かったせいもあるけど、ほうれん草のお浸しというやつ、どうしても一人暮らしの学生がいじらしく栄養に気をつかって、学食で一鉢取るという連想が働いて、気分が貧乏くさくなるのである。

 かぶらは即席漬け。卵は茶碗蒸し(卵を一等旨く食べる調理法だと信じている)。問題は豆腐の扱いで、せっかくのよい豆腐だから無論冷や奴か湯豆腐にする他ないのだが、部屋の中とはいえやっぱり真冬に冷や奴てのもねえ。では湯豆腐か。しかしもう常夜鍋があるではないか。しかし湯豆腐は鍋ものというのではないし。

 と自問自答を重ねつつ自宅へ向かい、結局カセットコンロを二つ並べることを決意(大げさな)。

常夜鍋=昆布を入れた酒「のみ」を土鍋で沸かして出汁とする。ほうれん草のアクで汁が濁るのを嫌って、さっと茹でて水にさらしておく。出汁でさっと煮たあと、ポン酢・柚子胡椒で食べる。具は豚ロースとほうれん草の二種のみ。色々入れてはいけない。

◎即席漬け=ま、適当に切ったあと塩でもむだけ。柚子の皮を多めに切り込んでおく。かぶらの残りは明日かぶら蒸しとしよう。

◎茶碗蒸し=具は銀杏・百合根・三つ葉のみ。出汁はきっちり引いて、塩味(薄口醤油)はあるかなきかくらいにしておく(酒の肴として)。

 一人の食卓に、実際にコンロを二つ並べてみると、意地汚いような(実際その通りなのだが)、面映ゆいような。ちょっとした「祝祭」感覚の夕餉とはなった。一度お試しになるとよろしい。

 湯豆腐は旨かった。わざわざ木綿を買ったのに少し柔らかすぎるのが玉に瑕というところで、一丁三百六十円也も、居酒屋で味も素っ気もない湯豆腐を食わさせることを考えると、ちっとも高いと感じない。薬味はさらし葱(シンプルな献立はこういうところで手を抜いてはいけない)、柚子、鰹節、おろし山葵、もみ海苔、七味唐辛子、花山椒の佃煮。


 これで『初孫』生酛純米のぬる燗をやる。対手の本は、

○『カメラがとらえた大阪の昭和』(KADOKAWA)=「大阪」のほうも「昭和」のほうもやや踏み込み不足の感はあるが、それでもやはり昭和一桁の心斎橋筋船場の写真は見ていて飽きない。
○土屋恵一郎『ポストモダンの政治と宗教』(叢書現代の宗教、岩波書店)=「あとがき」で著者がいうとおりの「寛容論」である。寛容とは、根本的にはオプティミズムではなく、他者は他者でしかありえないという諦念のもとにこそ実は成立するものであることがよく分かる。それを考えると、いわゆる現今の保守主義者(本来「保守」は「主義」であってはおかしいと思うのだが)の論調、というよりは口吻には、本来保守にこそなじむであろう「諦念と忍従」のニュアンスが全く欠落していることも見えてくる。
吉村昭『食を追う旅』(河出文庫)=食べもののことを書いてここまで厭味がないというのは、やはり「文」を通した筆者の品格によるものか、とちょっぴり反省。
○ピーター・バーク『ルイ14世 作られる太陽王』(名古屋大学出版会)=名著『文化史とは何か』の著者だけあってさすがに読ませる。「見世物としての王様」なのである。
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