さんまは目黒 ししは芦屋

 前日の酔いをふるい落とすように、すり生姜をたっぷり入れたあんかけうどんをすすって身支度。この日(一月三十一日)は大学の先輩・綺翁さんのお宅で連句の会があるのだ。

 といっても興行は二時からなので、兵庫区の拙宅から先輩がお住まいの芦屋まで行くのに何も午前中から家を出ることはないのだが、ちょうどさんちかホールで古書即売会をしていたのだ。やはり好きなものだと二日酔いでも苦には・・・よたよたしながら、向かいましたが、少なくとも気分的に苦にはならないものである。

 古書市や即売会での買い物では、とくにテーマのようなものをあらかじめ決めて行くわけではないのに、結果としては同じ主題系統の本をまとめて買うことになるのが我ながら不思議。あれは多分、一冊目に何を買うかが、いわば呼び水として方向性を示すようになってるんだろうな。

 この時の成果はもっぱら江戸関係で、竹谷長二郎『頼山陽書画題跋評釈』や『徳川盛世録』、『江戸名物評判記集成』(中野三敏)など。辞書では古語の類語辞典というのを買った。これは現代語から引けるので、連句にも便利そう。毛色が違うのは岩波文庫の『アウグスティヌス 省察箴言』くらいか。

 そごう地下の果物売り場でいちごの生ジュースなんぞをちびちび呑んでから、持ってゆく酒を選んだ。この日の趣向は「灘生一本のみくらべ」。各地の地酒ががんばるなか、どう見ても凋落傾向にある灘・西宮の大手酒造がようやく(と言いたい)ふつうの酒好き(というのは、当方は地酒評論家的な飲み方はしたくないので)が呑めるような酒を作りだしたので、それを味わってみよう、というもの。選んだ銘柄は「瀧鯉」「菊正宗」「白鷹」「道灌」の四種。

 阪神芦屋でもう一人の連衆(とは連句に一座するメンバーのこと)である里女(こちらはゼミの後輩)と待ち合わせて綺翁邸へ。料理に関してはこだわりぬく綺翁さん(松江旅行の記事でもご登場ねがっている)が、まずは殻付き牡蠣を蒸したのを出して下さり、それで乾杯(もちろんいきなり酒)。メインはしし鍋。鍋をつつきつつがぶがぶ酒を呑んで歌仙を巻く、まあこれ以上の愉楽はない、というぐらいに楽しうございました。

 で、午後二時から十一時まで九時間にわたって歌仙を巻き上げました。これまで何度か歌仙の句稿は載せていましたが、今回は、ちと長いのを承知の上で「評判記」を御覧に入れます。これは碧村(ブログ子)と、架空の人格である六甲山人とが対話形式で一巻の出来ばえをほめたりくさしたりする、というもので、連衆諸氏には興行のあとお送りしている。

 ま、まさしく無用の長物、消閑の具としかいいようのない暢気な読み物でありますが、そこはそれ、極楽蜻蛉ブログのこととて、これくらいで辟易なさる読者もあまりおられぬだろうと踏んでおります。読者諸賢のうち、お一方でもこれを機会に連句の愉しみに目覚めていただけたら幸甚に存じます。

初オ
冬の晝何の縁やら猪の鍋     綺翁〔冬〕
 馳走に添へる埋み火のいろ 碧村〔冬〕
南國は煮こゞり知らぬ生まれにて 里女〔冬〕
 微笑の意味幾重にまよふ 綺翁〔雜〕
歌消えて月とアリスの殘さるゝ 碧村〔秋〕※月
 爪を欠いたるセロ彈きの秋 里女〔秋〕
初ウ
稲穂あげブリキの太鼓狐舞ひ 綺翁〔秋〕
 お化け榎も伐らるゝ今日ぞ 碧村〔雜〕
語りさす蘆屋の宿の市女笠 里女〔雜〕
 鳥ならなくに聲をしのびて 綺翁〔雜〕
日もすがら密航船で戀しける 碧村〔雜〕
 キューバはとほし革命の途 里女〔雜〕
眼を病みて七日目の朝月のあり 綺翁〔秋〕※月
 觀音經をつゝむうす霧 碧村〔秋〕
先代の血の香かぐらん鳥兜 里女〔秋〕
 長考むなし縁の定石 綺翁〔雜〕
東大を首席でおへて花の棋士 碧村〔春〕※花
 役者美々しき羽子板の裏 里女〔春〕
名オ
雛出すや土藏ひかりて影ひとつ 綺翁〔春〕
 小説なんぞで身を立てむとす 碧村〔雜〕
間男にみつぐ我が身のいとほしき 里女〔雜〕
 縫ひしろの跡母の癖見ゆ 綺翁〔雜〕
止り木で雨垂れの音かぞへゐる 碧村〔雜〕
 貧血気味の夜想曲聞け 里女〔雜〕
囚はれて格子の向こうはや明くる 綺翁〔雜〕
 果ては華族で産のこすなり 碧村〔雜〕
この日また爺のまゆ毛に月しづむ 里女〔秋〕※月
 稲づまくらし靴ひも結ぶ 綺翁〔秋〕
起死囘生じねんじよ掘りの蕎麦の村 碧村〔秋〕
 長者をきどる隣りのめし屋 里女〔雜〕
名ウ
門付の高野聖に金を見せ 綺翁〔雜〕
 町いちばんの淨瑠璃じまん 碧村〔雜〕
寺子屋に住みつく猫のものおもふ 里女〔雜〕
 川にひろごる墨染めもよう 綺翁〔雜〕
くろぐと枝間うずむる花の雨 里女〔春〕※花
 木陰に蝶の羽がひのとまる 碧村〔春〕

平成二六年一月三一日即日満尾

《評判記》
冬の晝何の縁やら猪の鍋     綺翁
 馳走に添へる埋み火のいろ 碧村

六甲 発句の約束ごと(当季当座)でいけば、この歌仙は牡丹鍋をつつきながら巻いたことになりますが。
碧村 はじめは丹波篠山の、囲炉裏で鍋を食わせる店にお二人をお誘いしていたんですが、綺翁さんが翌朝から用事ということで、お宅にお招きくださったわけです。
六甲 連衆の顔ぶれが顔ぶれだからなあ、酒が入って大丈夫かしらと思ったが、逆だね(笑)。
碧村 酒が入らないと頭が回らない(笑)。というわけかどうか分かりませんけど、なかなか面白い出来になったと思います。
六甲 発句は綺翁さんだが、こういう場合は迎える側が亭主役に回って脇を付けるんじゃないのか。
碧村 亭主というのはたしかにそういう位置づけですけど、こちらから押しかけといて正客というのもなんだかあまりにあつかましいかなと思って発句は譲ったんです。
六甲 発句一つで鍋をご馳走になろうというほうがよほどあつかましいと思うが(笑)。ともかく「何の縁やら」で久々ですね、という挨拶、これは常道だね。
碧村 脇が「馳走」と応えるのもお約束。「埋み火」のほうは綺翁邸に囲炉裏があるわけじゃないから、ことばの綾ですけど(笑)。

 馳走に添へる埋み火のいろ 碧村
南國は煮こゞり知らぬ生まれにて 里女

六甲 で、早速里女さんが暴れている(笑)。ゼラチン質も固まらぬくらいの常夏の国ということですよね。
碧村 発句・脇の、冬の囲炉裏端から大きく転じているという点では第三らしいのだけど、どう見ても初裏か名残表の句姿ですな(笑)。

南國は煮こゞり知らぬ生まれにて 里女
 微笑の意味幾重にまよふ 綺翁

碧村 それに付き合ったのか、それとも地が出たのか、綺翁さんの四句目もなんだか意味深でした。
六甲 これ、どう考えても宮崎美子は砂浜でジーンズ脱いでるって光景ですよねえ(笑)。南国美女の意味不明なる微笑(笑)。「え、オレ、今誘われてるの、ひょっとして!?」と一人で昂奮している(笑)。
碧村 あながち山人さんのけしからぬ妄想ばかりとも言えないか(笑)。
六甲 まだ表六句なのに、すでに波瀾万丈(笑)。

 微笑の意味幾重にまよふ 綺翁
歌消えて月とアリスの殘さるゝ 碧村

碧村 ともかく南国美女の面影はきれいにぬぐい去らねばならない。
六甲 「消えて」とあるので、「微笑」の主をチェシャ猫ととりなしたわけだ。なかなかの手際ではないか。
碧村 いや、それこそ表六句で俤付けは避けないと駄目なんだ。ま、でもいっかという(笑)感じだった。
六甲 すでに昼酒が回りつつあったんだろうな(笑)。

歌消えて月とアリスの殘さるゝ 碧村
 爪を欠いたるセロ彈きの秋 里女

碧村 里女さんもちょっと酔ってたんだろうね、ここは初め「セロ弾きの夢」だった。で、季を投げ入れたわけ。
六甲 表の月からして秋が続いてない(笑)。でも、結果的には「セロ弾きの秋」でいい雰囲気が出たんじゃない?どことなくもの悲しくて寂寂たる情緒が伝わる。
碧村 真夏にチェロの熱演聞くのはたしかに想像するだに暑苦しそうだけど(笑)。ましてここではセロ弾きの爪が欠けているわけだし、よけいに寂寥身に迫るものがある(笑)。あ、もちろん「歌消えて」から「爪を欠いたる」が出てるわけです。
六甲 ともあれ、何とか初裏入りにまではこぎつけました(笑)。

 爪を欠いたるセロ彈きの秋 里女
稲穂あげブリキの太鼓狐舞ひ 綺翁

六甲 これも一転して村祭りの情景となった。
碧村 一句としての風情はいいんですが、打越「歌(消えて)」→前句「セロ弾き」とあって「太鼓・舞ひ」はやや輪廻の気味がぬぐえません。
六甲 「ブリキの太鼓」は『ブリキの太鼓』をかけているんでしょう?あのグロテスクな名作の趣と「狐舞ひ」のどこか不気味な語感はよく釣り合っている。
碧村 作者もそういってた。別にギュンター・グラスの小説を思い起こさなくても、ひなびた社の祭りに「ブリキ」はよくうつりますがね。
六甲 あと、「稲穂あげ」を「初稲穂」とすれば、おもしろい詠みぶりになったと思う。
碧村 名詞ばかり三つ続けるわけだね。
六甲 芭蕉の「梅若菜まりこの宿のとろゝ汁」だって、同じ構造といえないことはない(笑)。
碧村 これは七部集に入っていない歌仙の発句ですが、「芹焼やすそ輪の田井の初氷」とかね。芭蕉という人はかなり色んな詠み方を試みている。
六甲 じつは失敗していても弟子たちが意味深に読み込んでくれるから、得だね、宗匠は(笑)。

稲穂あげブリキの太鼓狐舞ひ 綺翁
 お化け榎も伐らるゝ今日ぞ 碧村

六甲 かつては狐舞で知られていたお社の杜も時移って跡形もなし。
碧村 榎という木はよく葉が茂ってこんもりした樹容になるから、一里塚の目印によく植えられたそうですが、一方ではこういう怪しい言い伝えと結びつくことも多い。
六甲 碧村子、お化けやらキツネやら大好きだから、この付けが出せて満足だったでしょう(笑)。
碧村 酒がいっそう旨かったな(笑)。

 お化け榎も伐らるゝ今日ぞ 碧村
語りさす蘆屋の宿の市女笠 里女

六甲 こんどはまた昔に時代が戻ったわけだな。
碧村 打越ぽいようですが、まあ「ブリキの太鼓」と「市女笠」ではおなじ昔といってもだいぶ離れてるから、それは問題ない。ただこれははじめ「語り出づ垂水の宿の市女笠」という形で、いったん差し戻しにした。
六甲 「市女笠」に不穏なエロの気配を読み取ったのかしら(笑)。
碧村 たしかにわたしも綺翁さんも『羅生門』の京マチ子を連想したりはしていましたが(笑)。「今日ぞ」と「語り出づ」のあいだの時間がなんだかもつれてるようで、すっきりしない。まあこれは「語りさす」といわば過去完了形に押し込めて解決したんですけど、「垂水の宿」がねえ、なんだか思わせぶりで気になった。
六甲 まあ「須磨」や「明石」に比べたら地名の喚起力は足りんわなあ。
碧村 かといって、東海道の宿駅の名前だと「市女笠」がアナクロニズムになってしまう。「蘆屋」なら古典文学にも出て来るのでいいかな、と思ってこう手を入れた。
六甲 でも綺翁さんのお住まいは蘆屋でしょう、今見るとこの句、苦吟する里女さんの自画像とも読めますね(笑)。
碧村 もしくは酒を過ごして呂律があやしくなったところ(笑)。

語りさす蘆屋の宿の市女笠 里女
 鳥ならなくに聲をしのびて 綺翁

六甲 「市女笠」に調子を合わせた優婉なことばづかい。
碧村 これも前の「歌消えて」と内容というか情景が重なってしまうところがあるんですがね。流露感のほうを重視してそのままとした。
六甲 そういう趣向や場面の重複を意識して詠むには、猪鍋と酒は無いほうが良さそうだな(笑)。
碧村 かといって、公民館みたいなところでペットボトルのお茶かなんかを前にうんうん唸ってるような歌仙興行もしたくない(笑)。
六甲 にしても「声をしのびて」は色っぽい表現だね。恋呼びといってもいいのかな。
碧村 二句合わせてみると、「市女笠」がなんだか怪しい生業の女にも思えてくる。勝手にそうとって付けました(笑)。

 鳥ならなくに聲をしのびて 綺翁
日もすがら密航船で戀しける 碧村

碧村 里女さんに「出たっ、宗匠お得意の《時間が過ぎゆく》的コトバ!」とからかわれましたが、ここはどうでも「日もすがら」でないといけないのだ(笑)。
六甲 「恋」は俳諧では実事そのものを指すんですよね、それにしても暑苦しい濡れ場だなあ(笑)。
碧村 濃厚といっていただきたい(笑)。打越・前句の古典的情趣から次に進むにはこれくらいしないといけないのです。

日もすがら密航船で戀しける 碧村
 キューバはとほし革命の途 里女

六甲 きれいに恋離れしている。まあ、「密航船」とあるから離れるのがむしろ自然か(笑)。
碧村 さらっとあしらった付けで、うまいと思う。

 キューバはとほし革命の途 里女
眼を病みて七日目の朝月のあり 綺翁

六甲 ここはどうでもチェ・ゲバラさんに出てもらわないとね(笑)。
碧村 詠み手が詠み手なのでこれも自画像かもしれない(笑)。里女さんも「市女笠」かぶったたわやめぶりがあるし、歌仙で一度は自分の姿を詠み込んでみたいものだね。
六甲 あるじゃない。
碧村 え・・・。
六甲 榎のお化け(笑)。
碧村 連衆に「そこ、邪魔だからどいてください」と伐採されておしまいか(笑)。

眼を病みて七日目の朝月のあり 綺翁
 觀音經をつゝむうす霧 碧村

六甲 また大きく舞台が換わりましたな。
碧村 「眼を病みて」に「眼をつけて」(笑)、病者のおこもりとした。七日目の朝、うっすらと有明の月が見えるようになっている。
六甲 落語の『景清』だね、その元ネタは(笑)。

 觀音經をつゝむうす霧 碧村
先代の血の香かぐらん鳥兜 里女

碧村 前句が眼病平癒のおめでたい場面だったんですが・・・(笑)。
六甲 怨敵調伏の祈祷になってしまった(笑)、いやこれは毒殺された「先代」の法要での誦経なのかな。
碧村 たしかに句の言い回しが少し生硬、というよりは里女さんの悪い癖が出て物語りを詰め込み過ぎてる(笑)。籠に摘まれた鳥兜を出すだけで充分です。死んだのが「先代」かどうかは次句の解釈に任せればいい。
六甲 まあ、たしかにトリカブトを出されて花を愛でる風流人を想像するやつはおらんわな(笑)。
碧村 それにしてもトリカブトが季語になってるとはわたしも知らなかった(笑)。
六甲 「老妻の隠して植うる鳥兜」(笑)。
碧村 「墓石だけをおごる愛情」(笑)。

先代の血の香かぐらん鳥兜 里女
 長考むなし縁の定石 綺翁

六甲 付け筋が見えにくい。縁台将棋で長考しているじいさんが棋敵に毒殺されたのかね(笑)。
碧村 実景ではありません(笑)。へぼ将棋が長考しても結局は定石に戻るだけのように、ということ。
六甲 「やっぱりこういう時はトリカブトがいちばんだわねえ」(笑)。

 長考むなし縁の定石 綺翁
東大を首席でおへて花の棋士 碧村

六甲 なんだか碧村がいつもきびしく排するところの川柳ぶりなんではないか、この花の句。
碧村 いい気分だったんだろうねえ(笑)。でも一度こういう形で正花を出してみたいとは思っていました。
六甲 馬鹿馬鹿しさも俳諧の一つの味だろうから、いいんじゃないですか(笑)。

東大を首席でおへて花の棋士 碧村
 役者美々しき羽子板の裏 里女

六甲 「スター」の華やかさを余所にうつした、のはいいとして「裏」一字がやや意味深に見える。
碧村 次句が付け筋を見込みやすくなってるかもしれないね。東大首席で「花」の棋士、に続いて「役者美々しき羽子板の店」ではあまりめでたすぎて、それこそ馬鹿馬鹿しいだけになってしまう。

 役者美々しき羽子板の裏 里女〔春〕
雛出すや土藏ひかりて影ひとつ 綺翁〔春〕

六甲 ははあ、「影ひとつ」が「裏」を見とがめたことばになるわけだ。土蔵から雛を出すような旧家にも、一点影がある、と。
碧村 「羽子板」から「雛」はちとくどい感もあるが、気分はうまく釣り合っている。

雛出すや土藏ひかりて影ひとつ 綺翁
 小説なんぞで身を立てむとす 碧村

碧村 素封家の家の「影」といったらこれしか出てこなかった。すぐ付きました(笑)。
六甲 これこそ碧村自画像でいいんではないかい(笑)。失礼ながら旧家の出なんかではないけれど(笑)。

 小説なんぞで身を立てむとす 碧村
間男にみつぐ我が身のいとほしき 里女

碧村 死屍累々の感がしないでもない日本近代文学史のある一面をうまくとらえている、と思います。句としての巧拙は問わず(笑)。
六甲 間男にみつぐ人妻は、「小説」の内容としてもいいんだろうか。
碧村 私小説があれだけ猖獗を極めたんだから、どちらともとれるでしょう(笑)。

間男にみつぐ我が身のいとほしき 里女
 縫ひしろの跡母の癖見ゆ 綺翁

六甲 「縫ひしろ」は、みつぐ人妻が持ってく質草ですな。あまり高くにもならなさそうだが(笑)。文学とは関係なく、単に間男してるだけともとれますが、やや打越ともつれる感じもします。
碧村 なにしろ鍋の野菜を切りながら、酒も呑んでおまけに句も詠まねばならない(笑)から、忙しい。

 縫ひしろの跡母の癖見ゆ 綺翁
止り木で雨垂れの音かぞへゐる 碧村

六甲 バーで飲んでる男が自分の袖口見てるわけ・・ではなさそうですね。
碧村 縫い代の糸がぽつぽつ飛んでる感じを音にうつした。バーで飲んでるとやけにはっきり外の雨音が聞こえてくることがある。
六甲 店の人間に構ってもらえないからしょうことなしに雨音聞いてんでしょう、それ(笑)。
碧村 ほっとかれて無聊でも、もっと詩的に憂愁にふけってるんでも、どちらにとってもらっていいんですが・・・。


止り木で雨垂れの音かぞへゐる 碧村
 貧血気味の夜想曲(ノクターン)聞け 里女

碧村 こういう付けが出て絶句してしまった(笑)。
六甲 語彙語法が完全に現代詩になってる(笑)。それが悪いわけではないけど。
碧村 そう。ショパンの『雨垂れ』なんかを連想せずに、ここは語と語の衝突の面白さを味わえばそれでいいと思いますね。

 貧血気味の夜想曲(ノクターン)聞け 里女
囚はれて格子の向こうはや明くる 綺翁

六甲 「ノクターン」は実とも虚ともとれる付けですね。虚だと、一晩中陰鬱な想いで頭がいっぱいになって眠れなかった。
碧村 実だと、牢獄の隣りの民家で弾いているピアノがあまりにもへたくそで聞いちゃいられないという光景になる。いずれにしても「格子」とある以上囚人を詠んでることになるのですが、そうすると初ウ七の句と状況・雰囲気でかなり重なってしまうところが難点ですね。
六甲 両方とも夜明けだしね。下手なピアノで眠れないのと革命の夢に燃えて密航するのとでは、違うといえば違うけれど(笑)。
碧村 この歌仙、三人で比較的早く回せたせいか、つい前の興趣をそのまま引きずったまま詠んでしまったところがあるかもしれません。

囚はれて格子の向こうはや明くる 綺翁
 果ては華族で産のこすなり 碧村

六甲 囚人だった尊皇の志士も、維新のあとは大出世。
碧村 それだけの句。遣り句です。

 果ては華族で産のこすなり 碧村
この日また爺のまゆ毛に月しづむ 里女

碧村 ここでは里女さんが長考してました。
六甲 たしかに前句が景でなく人情だから月は出しにくいだろうね。
碧村 前が成り上がり=のぼり、だから対付で沈む月にしてみたら、と助言してこの句。
六甲 多分この家令とおぼしきじいさん、二代目か三代目かの不行跡を歎いてるんだろうな(笑)。
碧村 『斜陽』ならぬ『斜月』(笑)。「まゆ毛」に俳諧の味が出ているとしましょう。里女さん、困ったら「毛」を出したくなるそうですが(笑)、それが眉毛で済んでよかった、という意味でも(笑)。
六甲 たしかに眉毛でよかった(笑)。

この日また爺のまゆ毛に月しづむ 里女
 稲づまくらし靴ひも結ぶ 綺翁

碧村 ここはすんなり付いている。
六甲 竹田城なんぞに上ったりする元気なじいさんですな(笑)。

 稲づまくらし靴ひも結ぶ 綺翁
起死囘生じねんじよ掘りの蕎麦の村 碧村

碧村 とりあえず「爺」を離れないと、ということで靴紐をむすんで出かける先はどこか、と考えた。
六甲 「起死回生」は、この村が自然薯でいわゆる村おこしに成功した、という意味ですか。
碧村 成功したかどうかまではこの句で決まらなくてもいい。言い回しが泥くさくて我ながらあまり良い付けではありませんな(笑)。

起死囘生じねんじよ掘りの蕎麦の村 碧村
 長者をきどる隣りのめし屋 里女

六甲 成功して山芋長者も出た(笑)。「長者となりしめし屋の金歯」としないところに里女さんの成長ぶりは明らかですな(笑)。
碧村 成長か堕落かは分からないよ(笑)。

 長者をきどる隣りのめし屋 里女
門付の高野聖に金を見せ 綺翁

六甲 「宿貸すな」「娘とられて恥かくな」とまで言われて悪評の高かった高野聖に金を見せてるくらいだから、成金といっても可憐なものだな(笑)。
碧村 これもしつこく指摘するなら、打越から物語が動いていない。
六甲 捌き役が注意しなければならない(笑)。
碧村 捌き役は鍋の牛蒡に気を取られておった(笑)。

門付の高野聖に金を見せ 綺翁
 町いちばんの淨瑠璃じまん 碧村

六甲 別人とも取れるが、ふつうに読んでいったら長者が浄瑠璃自慢をしてることになるね。
碧村 おっしゃるとおり。これは失敗した句。

 町いちばんの淨瑠璃じまん 碧村
寺子屋に住みつく猫のものおもふ 里女

碧村 里女さんがうまくあしらってくれた。
六甲 里女さんの「猫」は、いってみれば最終兵器みたいなもんだから(笑)。
碧村 「ものおもふ」が効いている。
六甲 素人浄瑠璃の下手さ加減にあきれてるんでしょう(笑)。

寺子屋に住みつく猫のものおもふ 里女
 川にひろごる墨染めもよう 綺翁

六甲 悪童連が手習いの草子を裏の川に流して遊んでる情景。
碧村 猫が眼を細めてそれをじっと見ている。「墨染め」とあって、次の花の座を挑発してる(笑)。
六甲 そのまま墨染め桜を出すわけにもいかないだろうしね(笑)。

 川にひろごる墨染めもよう 綺翁
くろぐと枝間うずむる花の雨 里女

碧村 「くろぐろと」はベタ付きの表現ですが、「墨染め」を翻す工夫とみておきます。
六甲 初折の花といい、この歌仙は二花とも少しひねった出し方になりましたね。
碧村 どちらかは正々堂々出したほうがバランスが取れてよかったな、と反省しました。

くろぐと枝間うずむる花の雨 里女
 葉陰に蝶の羽がひのとまる 碧村

碧村 挙げ句について特に言うことはありません。
六甲 巻き上がるまでの時間は?
碧村 飲み食いの時間も入れてちょうど九時間。これはかなりのハイペースだと想います。
六甲 さて、どうでしたか、久々の「リアル句会」。
碧村 愉しかった。やはり連衆がわいわいいいながら巻いていくのが本当だなと実感しました。お酒あまり飲まない人が一人いるとなおさらいい(笑)。


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