煮詰まった日々

 事情により旅行に出られなかったのはちと心残りながら(雪の能登を回ってみたかった)、三連休を家で過ごすとふだん億劫で放っておいた書庫の整理やら玄関タイルの磨き掃除やらが片付いてよいものである。

 それでも時間はたっぷりあったので、この冬一度もしていなかったことを思い出しておでんを炊く。これはやっぱり寒いうちに食べておかねばね。本当は花見の時分、夕暮れの風に吹かれて「まだまだ風は冷たいねえ」とか言いながら食べるやつがいちばん旨いように思うが。

 ぶちこむ具材は何々ぞ。
○こんにゃく・・・元々が安いものだからきちんと生芋のものを求める。『柊家』風に赤こんにゃくというのも悪くないけど、一皿づつ出すならともかく、大鍋で赤いこんにゃくが煮えてるのはどうも気色が悪い。今回はパス。

○里芋・・・大阪出身なので、子どもの頃からジャガイモが普通と思っていたが、しかしだからといっておでんのジャガイモが旨いとも思ってはいなかった。あの口触りとおでんの出汁とはもひとつ溶け合わないような気がするし、何より煮崩れて鍋の中が汚くなるのが嫌だった。で、長じてからはもっぱら里芋を用いる。海老芋にすればもっと旨いのは分かっているが、おでんの具材に海老芋ではなんだか釣り合いがとれない、というか安直に食べられるのが身上の料理に気取った食材を入れるのは成金趣味みたいで気がさす(今適当に作って言うなら、フォアグラ入りのオムライスとか)。元町商店街出口の『イナカフェ』(頼むから店名を更えてくれ)でいいのがあったのでそれを入れる。肌理が細かくて実際旨かったです。もちろん煮崩れないよう、綺麗に面取りをしておく。

○大根・・・これも『イナカフェ』で購入。あまり厚いと風呂吹きぽくなるし、大根の臭みが残ってしまうように思う。せいぜい三センチというところ。玄米をいちいち精米しているので、糠はふんだんに出る。それで湯がいておく。面取りするのは当然のこと。

○ひろうす・厚揚げ・・・揚げ物や練り物の悪いやつを入れてしまうと汁全体が上げも下げもならなくなってしまうので、ちょっと高くても、きっちりしたものを買う。練り物は今のところ気に入った店が近くにないので入れない。学生時分、暇を持て余してたころはこのひろうすも自製していたものだが。次は練り物も自分で揚げてみようかしら。

○きんちゃく・・・これこそ自家製。といっても揚げさんの中に具を詰めて干瓢で結ぶだけのことである。その変わり具は自分の好みで揃えられる。この日は銀杏・木耳・豚ミンチ(長葱とエリンギの刻んだのを混ぜておく)・烏賊のゲソ(細かく刻んで)・湯葉・生麩など。ぜんぶ入れるのではなく、一つ一つ組み合わせを変えていく。

 で終わり。肉類は入れない。スジが食べたい時は別に土手焼きを作るし。玉子は、半熟だったらいいのだが、あの煮抜きというやつは昔から苦手(おでんで半熟玉子を出すには、一週間くらい、出汁で炊くのではなく出汁に浸けておかないといけないらしい)。とシンプルかつ偏屈をとおした取り合わせ。出汁は昆布と鰹(ここはサバやウルメを混ぜたくない)、それに鶏ガラ。酒(黒松剣菱)はかなり入れる。三分の一近くになってるかもしれない。味醂は最後に照りを出す程度。ふだんは使わない砂糖で甘味を引き出す。醤油も淡口だけでなく、濃口も合わせる。

 気付かれる方も多いと思いますが、出来るだけ「らしい」品を、と心がけているのである。和洋中なんでもあり、という趣向は楽しくもあるけれど、せめて自分のメシをこさえる時くらいは、「何でもありマス」=マズイ居酒屋風、ないしは百均ショップみたいな殺風景をなるたけ避けたい。

 えー話はそれましたが、おでんみたいな安い料理こそ、煮込み方は丁寧にしなければならない。こんなこと、どこでも言ってるけど、決して煮立たせず、わずかに表面が動くくらいの極とろ火でゆっくりゆっくり味を入れていく。夜はバルコニーに出して冷やして一層味を染ませる。

 二日がかりで完成。出来るまではやたらと手が掛かる印象だが、あとはこれさえあれば他に肴は要らない・・・ことはないか、やっぱり少し淋しいのでわさび菜のおひたしと活け蛸の天ぷら・酢の物も添えて、呑む。

 前回および前々回のブログを書いた時は舞い上がってたので、いちいち感想は記さなかったが、どの酒も良かったです。とくに萬歳楽の特別純米。寒夜、月光のもとで白梅が玲瓏と咲き誇っているような、凜然たる美酒でありました。おでんでは役者の格が違ったかな?


 本の対手も色々(なにせ時間がある)。おでんばなしでちと長くなったので、なるべく簡潔に記しておく。

斎藤環『文脈病』・・・かつてマンガで哲学した永井均さんという例もあった。これは精神分析。小説よりもマンガのほうが分析対象として魅力的という時代か。それともマンガは本質的に「病的」ということか。あ、誤解が無いように言い添えておくと面白い本でしたよ。
○ジェイソン・デカイレス・テイラー、ジェームズ・バクストン『海底美術館』・・・写真集。文字通り海底に沈めた彫刻作品を撮ったもの。あおみどりの光を通してみると何でも無いような彫刻に異様な重々しさが備わってくる。
○『昭和史を読み解く 鳥居民評論集』・・・尖鋭な歴史研究者の遺稿集。近衛文麿のイメージを悪くしたのは保身を図った木戸幸一内大臣(と都留重人(!))の陰謀だという主張はかなり信憑性がある・・・けれどだからといってここまで近衛を持ち上げるのも如何なものか。それになんだか直観による決めつけも多すぎるように思うのですが。
○田中久文『日本美を哲学する あはれ・幽玄・さび・粋』・・・岩波文庫でも論文集が出始めたくらいだから、大西祝はいま再評価が進んでるのかもしれない。ま、大西に限らず明治思想一般がそうなんだけど。各概念の再吟味は勉強になったが、しかし日本美といったら今だに「あはれ・幽玄・さび・粋」ということ自体に何か問題がありそうな気がする。
○三宅和歌子『日本の伝統的織りもの、染めもの』・・・琉球の織りものが息を呑むほどうつくしい(写真で紹介している)。今度琉球の織りものだけの写真集を探してみよう。
○風真木剣『物語ドゥニ・ディドロ』・・・ディドロはひいきの哲学者なので期待したけど、やや子どもだまし的な趣向で鼻白み、途中で投げ出す。でも辛辣なヴォルテール(この人も好き)、感傷的(かつ破廉恥)なルソーに比べて、陽気で善良なディドロという男、小説の主人公に取り上げたくなるのは分かる。ジュリアン・バーンズあたりが書いてくれないかなあ。
○青沢隆明『現代のピアニスト30 変奏とアリア』・・・高い表現力を持ってるヒトだと思うが、どこか独り合点なところが目立つのは惜しい。まあ音楽を語るとどうしてもそうなってしまうものなのかもしれないのだが。
小倉紀蔵『入門朱子学陽明学』・・・朱子学を宇宙と交感するエロス的側面(!)から捉えるという視点が新鮮。これが江戸の朱子学になるとどうなるのか。幸い土田健次郎『江戸の朱子学』が出たところなので、ゆっくり考えてみることにする。
デイヴィッド・ロッジ『絶倫の人』・・・『宇宙戦争』『タイムマシン』で有名なH・G・ウェルズの伝記小説。ウェルズがチェスタトンやショーやベロックといった「巨人型」の文筆家であることは観念的に知っていたが、いやー俗物というのを越えてエネルギーが顔に吹き付けてくる感じ。おそるべし大英帝国。この人物を取り上げてこの大冊を書いたロッジは偉い。それを訳した高儀進さんも偉い。それを読み上げたワシも偉い!
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