不死身のビール

 久方ぶりに『いたぎ家』で呑む。二月八月、飲食業界でいうところの「ニッパチ」は貧寒の月(この表現は獅子文六のもの)。お店には気の毒ですけど、店主のアニさん・料理のオトさんとのんびり話ができて、客としてはいい気分だった。

 アニさんが話のネタに、ランビックという長期熟成型のベルギービールの一種で、『ブーン・グース』という銘柄の瓶を取り出して見せてくれた。ビールはビールであって変わったところはないのだが、瓶の裏側の賞味期限の表示が面白い。「2033・12・31」としてあるのだ。つまり今から二十年保ちます、というわけ。

 一週間後とか、二ヶ月先が「期限」というのなら理解できるが、そしてまた「この車(とかマンションとか)の耐用年数は二十年です」と言われたらそれも分かりました、という感じだが、たかがビールでわざわざ二十年保ちます、と宣言されるとなんだか非現実的で、ものすごい飲み物を目の当たりにしているような気になってくる。これはいうまでもなく、例の気違いめいた「消費者の声」によって表示を義務づけられたもの。そう考えてみていると、「二十」といういさぎよい数字にも作り手の反骨精神ないしはユーモアがうかがえるようではなはだ愉快である。

 「ペットボトルの水より保つってことですよね」とアニさん。「災害時の非常袋には一本入れておく必要がある」、これはオトさんのコメント。家を失うというたいへんな不幸にあった人たちが、避難先でてんでにこのビールをラッパ飲みしている・・・という光景、小説的で味があります。

 ふだんから酒を飲み出すと食べる方がおろそかになってしまうのだが、この日は肴数種類を一口ずつ盛り合わせて出す、という新手のおかげでちびちびと色んなものを食べることが出来た。重箱なりの焼き物の中に、たまたまサイズがぴったりで入れたという伊賀の小猪口がまことに愛らしい。今みたいに寒い時期には伊賀・志野・唐津というあたりの焼きものは目に暖かく、快い。バルではタパス、ピンチョスという形でよくある趣向だが、酒を呑ませる店でもこの工夫が流行ったらいいのにな、と思う。

 てなことを考えてるうちに、呼び出しておいた職場の後輩たちが到着。こちらは残業をしないことで有名な(?)社員であるからして、彼らより一足先に飲み出すことができるのである、と自慢する筋合いのことではないけど。

 『いたぎ家』でさんざん騒いだあとは、勢いに乗って『八起』で蕎麦。久々に粗挽きを頼む。終電に駆け込む後輩を見送ったあとは、もちろん素直に御帰館あそばすはずもなく、飲み屋を回る。

 血液検査でものすごーくよくない結果を突きつけられたはずの張竜子(「大雪の日に。」「大雪溶けて。」)が出て来ていたので、ちょびっとだけ一緒に呑む。「復活してんっ。」と事も無げにおっしゃる。人をさんざん心配させておいて・・・と一瞬張り倒したくなるけれど、こういう言い方も彼独特の気遣いの表現なのである。

 それにしても素直じゃないねえ。とっととくたばれ、あのここな頑固モノ。

 と毒づくのもこちらなりの友情の証。

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