火と水のまつり、あるいはシンデレラ

 日曜は朝から水汲み。『ひの』さんの移転祝いと『いたぎ家』イベントご祝儀にそれぞれタンク一本ずつを提げていったので、ポリタンクを買い足しにまずは大石川のコーナンに寄る。連休ともあって客が多い。長峰霊園下の水汲み場もお彼岸中なので一方通行の規制がしかれている。日差しも柔らかく、春だなあと感じる。丸山公園入り口の桜はもう満開になっていた(染井吉野ではないと思うが)。これで我が家には飲料水が都合一四〇リットル。南海地震何するものぞ、という気分。

 さてこの前日、運転手の空男氏にはもう一つ仕事をしてもらっていた。連句仲間である里女さんが、祖母の遺品だという火鉢を下さるというので、吹田にある里女さんの家まで取りに行ってくれていたのだ。「デカいですよ」と里女メイルにあったとおりで、なるほど直径五〇センチはあるごつい火鉢である。

 これを慎重に運び込み、とりあえず邪魔にならないところを探して、書庫の隅っこに御鎮座願う。中に溜まった灰を見てるうちに、もしここで炭が爆ぜたら周りは紙だらけだから、あっという間に火が回るんだろうなあ、そうなったら自分はカネッティ『眩暈』の主人公である老教授みたいに狂笑しながら焼け死んでくんだろうなあ、わはは。と妄想してるうちになんとなくオソロシクなってきて、あらためて水槽の横に置き直した。

 それから夕食の買い物に出たのだが、思い立ったらすぐにやらないといてもたってもいられなくなる「いらち」は我が宿痾。この時も辛抱たまらず、早速火鉢で炙って食べられるように、剣先のスルメと灰干しの鰈も買ってしまった。

 この日の献立は、

○苺と独活のサラダ・・・薄切りにして水にさらした独活と、同じく薄く切った苺をがんがらがんがら混ぜるだけ。食べしなにちょっぴりバルサミコ酢をふりかける。

蛍烏賊と菜の花のソテー・・・もちろんオリーヴオイルで。ニンニクと唐辛子も入る。アヒージョみたいに大量の油で煮るのではないけど、ふつうの炒めものよりはたっぷりとオリーヴオイルを使う。

○牛すね肉のトマト煮込み・・・別に豌豆を柔らかく煮たものを添える。

 ここまでは火鉢で料るのではなく(当たり前か)、尋常に台所で作り、食卓で食べる。もちろん酒は赤ワイン(イタリア)。いったん食器を引いて洗ったあと、あらためて酒(むろん清酒)肴の用意を整えて、今度はガラスの座卓の横に火鉢を据え、炭をおこす。火種は餅焼き網に種炭をのせてガスコンロで熱した。

 さて第二部のはじまり。春とはいえ夜はまだまだ冷えるから、炭火独特のぼんやりした温みが嬉しく、ご機嫌に鰈やらスルメを炙ってはぬる燗(前項で書いた伊丹の「老松」)をちびちび・・・ではないな、くいくいやるのはまことに風情があってよろしいものである。今度は火鉢を囲んで連句の会というのもいいなあ、と考えているうちに、炭が白くなってきている。どうせ明日は休みだから、時時間を気にせず呑みかつ読むつもりだったので、どしこと炭を継いだ。

 新しい炭がおこってからものの十分も立たないうちに、けたたましい声で「空気が汚れています。至急窓を開けて換気してください」という警報音が鳴り響いた。吃驚して音のする台所に飛んでいくと、たしかに天井の警報装置のランプがぴこんぴこんと光っている。

 住みだして以来、こんなことは初めてだったからすっかり混乱状態。とりあえず窓という窓を開け放し、換気扇も強で回したものの、いっこうに警報は鳴り止まない。夜十一時前だったこともあり、隣近所への迷惑を思って焦りがつのる一方である。書庫の物入れの隅っこにあったはずのマンション設備仕様書を引きずり出し、そこに書いてあるとおりにコントロールパネルの「警報音解除」スイッチを押すが、止むものではない。

 火災報知器の点検などで諸氏もご存じの通り、ああいう種類の音というのは反復されるごとに慣れていくどころか反対にどんどん癇にさわっていくもので、すっかり逆上した当方も警報装置を鉄アレイでぶっこわしてやろうか、とさえ考えたがふと「空気が汚れて」いるその原因たる火鉢が室内にあるのが良くないのだ、と思い至り、慌てて重たいやつをバルコニーに運び出し、熾った部分に園芸用のスコップでどさどさ灰を被せていく。CO騒動のあとに火事を起こしたのではたまったものではない(本当にたまったものではないのはご近所の方々なのであるが)。と、現金というか露骨というか、ぴたっと警報が止まった。

 やれやれ。火鉢を持ち上げられないほど酔ってなくてよかったわい、と腰を下ろした瞬間に今度は玄関ドアのチャイムが連打されて飛び上がる。

 「大阪ガスセキュリティーのものです」

 そういえば入居時にそんな契約もしたよなあ、と思い出す。火鉢は外に出したこと、当方に異常はないことを確かめた警備員は「しばらく窓は全開にしておいてください」と言い置いて帰って行った。それにしても警報音が鳴り出してから警備員が駆けつけるまでの速いこと。こちらの不始末はおいて、安全=管理社会の不気味さをちょっと実感したことだった。

 冷気のなだれ込んでくる部屋でしばらくぼうっとしてると、ぬる燗の酔いなどすっかり醒めてしまい、ついでに眠気もふっとんでしまったので、結局朝まで床暖房の上で毛布にくるまって本を読み明かすことになった。ここで本の感想を書き連ねるのはさすがに木に竹を接ぐような按配に思えるから次回以降で。

 教訓ひとつ。CO中毒での自殺を考えておられる方は今出来のマンションにて実行すべからず。

免責条項ひとつ。これ以降、わたくしの行動に奇矯な点が目立ったり、文章が傲岸無礼であったとしても、それは一酸化炭素によって脳細胞が大量に死滅した結果であるからして咎めるべからず。


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