幻影としての都市

この一月ばかりで読んだ本。その都度紹介していれば良かったのだが、ずいぶん溜まってしまったので、くだくだしければ、感想は省略。次からはもっと真面目に書きます。つまらなかった本は省いている。

沼野充義編著『やっぱり世界は文学でできている 対話で学ぶ「世界文学」連続講義』
*塚田孝『大阪の非人 乞食・四天王寺転びキリシタン
*佐藤伸雄『酒と器のはなし』
中村和恵『日本語に生まれて 世界の本屋さんで考えたこと』
レオ・シュトラウス自然権と歴史』
*新井栄蔵・後藤昭雄編『叡山をめぐる人びと』
ジュール・ヴェルヌ『黒いダイヤモンド』
*ノーマン・M・ネイマーク『スターリンのジェノサイド』
*マリオ・バルガス・ジョサ『嘘からでたまこと』
岡田温司『黙示録 イメージの源泉』
*新村拓『日本仏教の医療史』
*舘野正美『中国医学と日本漢方 医学思想の立場から』
立川武蔵『聖なるものの「かたち」』

 あと特筆すべきは岩波文庫。まだ買っただけの本を並べるのはみっともないが、ティルソ・デ・モリーナ『セビーリャの色事師と石の招客 他一篇』(つまり『ドン・ジョヴァンニ』)、兵藤裕己校注『太平記』(文庫全注釈は角川文庫版が二冊で途絶して以来の試みらしい)、ヴァレリーラルボー『A.O.バルナブース全集 上下』(単なる趣味人と思ってたら、こんな大冊ものしてたんですね、知らなんだ)。そして何と言っても加藤貴校注『徳川制度(上)』。これまでにも同趣の本を何冊も岩波は出してくれていて(硬派の代表は『旧事諮問録』、柔らかいほうの筆頭は例の篠田鉱造の「百話」ものか)、たいへん有り難かった。妙な質で、江戸の小説や戯曲を読んでいる時より、こういう社会制度の事典的な本を読んでいる時のほうが色々と想像力に刺戟を受けることが多いのだ(さすがにこちらのほうが面白い、とは言わないけど)。早速頁を翻していると、いや実に興味深い。なんでこーゆー本を一気に全冊出してくれないのか。

 何度も書いたことだが、当方、江戸思想史の研究者のなりそこないである。もとより才乏しく、加えて性粗放にしてしかも懶惰。これでは勉強を続けていたところで碌な学者になっていないであろうことは、当人がいちばんよく分かっている。分かっているが、あえて詮ない仮定をするとして、こういう本に没入する生活を今もし送れていたら、と思うと、なんだか居ても立ってもいられなくなり、奥歯の根がきしむほどの歯がみをしてしまう。

 そんなことが、時折、ある。なれなかった自分を夢見てあらぬ焦燥に駆られるのも浅間しいかぎりだが、自分としては、ともすればぐにゃぐにゃと溶解しがちな生に輪郭を与えてくれるという意味で、頂門へ打ったほどとは言わないけれど、鍼一本程度の効験はあるように思っている。

 しかし、こんな話で締めくくるつもりではなかった。昨晩テレビでヴェネツィアカーニヴァルのドキュメンタリーを見た。カーニヴァルの衣装が女性刑務所で作られているという情報(もちろん全ての衣装が、という訳では無い)など、知らないことも多かったが、その中でいちばんこちらの関心を引いたのは、地元の住人の多くがカーニヴァルを歓迎していないということだった。観光客がどっと押し寄せる結果(百万人規模だという)、交通は渋滞、物価は値上がり、それに何より肝心の祭りそのものが自分たちの手を離れたもののように気疎く感じられてきた、ということらしい。

 日本でいえば、祇園祭りや土佐のよさこいも同様の危うさを抱えているのだろう(前者については、杉本秀太郎氏が語っていたと記憶する)。もちろん余所者、それも一度としてその土地に足を踏み入れたことのない人間が容喙するのは礼節知らずも甚だしい。しかし、アーサー・シモンズの紀行文とジンメルのエッセイ、特にフィレンツェと対比されたヴェネツィア特有の「両義性」「いかがわしさ」を心を込めて称揚した後者の叙述によってこの比類無い街の魅力に開眼した人間としては、少しく拘泥したくなる。土着たると訪問者たるとを問わず、一様に仮装の奥に真実を韜晦したあげく、祭り自体がどこのものとも知れぬ浮華にして胡乱な趣を備えるに到るという道すじは、やはり他のどこでもなくこの街にこそふさわしく、またこの街の本質への頌ともなっているように思えてならないのである。

 しかし、こんな話で締めくくるつもりではなかった。日本でヴェネツィアと同じような魅力を備えた都市はどこだろう。京都は、その形式と内容が一義的な照応を見せているという点で、明らかにジンメルのいうフィレンツェの型に属する。過去の繁栄にうつらうつらと夢見ているようで、しかもその華やかさそのものがその奥にあるものの底知れなさととらえがたさを感じさせずにはいられない、そんな街。もちろん、霊山白山をいただき、宗教的狂熱が特異な自治王国を生み出したあげく、徳川幕府の下では爪牙を抜かれた虎のごとくひたすら「文化」にのめりこんでいった金沢をおいて他にあるはずもない。

 というわけで、この週末、久々に金沢に遊んできます。
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