処女王VS海賊王

 一月も経っていないのに金沢を再訪したのは、大好きな『いたぎ家』ブラザーズ&嫁、これまた大好きな友人の芒男(ボーダン、と呼んでください)をお呼びして、拙宅で食事会をする、そのための食材を仕入れに近江町市場へ出かけたわけである。ここまで走り回ってこそ「馳走」というものであろう・・・・というのは完全なる口実で、単に前回気に入った店にまた行きたくなっただけのことであります。車中のつれづれにと携えた、Spirit of Placeのロレンス・ダレルが、「特別な経験をした土地をふたたびおとずれるのは喜ばしくないことが多い」と書いていたのは皮肉なことである。

 というわけで、十一時半に金沢駅に着くと、ホテルに荷物を預けてそのまま武蔵町の『ベルナール』へ。深津絵里似の奥さんがとびきりの笑顔で迎えてくれた。献立以下の如し。

アミューズ  筍パイ包み・フォアグラ春キャベツ巻

◎前菜  河豚白子のブリック、二種のズッキーニ添え、海老の泡ソース・・・と書いててもなんだかよくわからんが、海老の精髄のような濃厚な味で、でも泡仕立てだから、軽い。

◎魚  バチメのポワレ、木の芽とクレソンのソース、スナップ豌豆・うすい・隠元を添えて・・・「バチメ」は上方で言う目張のことか。カリカリに焦げた皮と皮下のゼラチン質との対照が楽しい。またこのソースも良かった。いったいに和食では山椒を使いすぎて素材の香りをかき消してることが多い。『ベルナール』では、辛みはクレソンに任せ、山椒は香りで寄り添うだけ、という粋な趣向にしていた。これは是非真似したい。

◎肉 牛フィレの赤ワインソース

◎デセール 生のマンゴとマンゴのジュレ、マスカルポーネを添えて

◎コーヒーとお茶菓子 葡萄の綿飴と木苺のタルト


 昼だから軽めである。それでもワインは白三杯に赤一杯。ホール担当の奥さんが、前回こちらが呑んだ銘柄を覚えていて、うまく選んでくれました。また夏、来ますねー。

 店を出ると、ぶらぶら歩いて、ホテルまで戻る。今回は一切観光はしないつもりだが、比較的車の通りが少ない道を歩いていると、尾山神社の裏側に出たので、神社を抜けることにした。緑陰が多いせいではなく、この日(二十三日)の金沢は、涼しい、というより寒いくらいだった。四月のほうがまだ暑かったくらいだった、と思い返しながら砂利を踏んでいると、社域のあちこちから椎の花の胸苦しい匂いがどこまでもまとわりついてきて、もう梅雨も近いのだと実感した。

 ホテルのベッドにひっくり返ってダレルを読む。そのうちにとろとろと眠ってしまった。目を覚ますと、晩飯まで軽く歩くにはちょうどいい時間。香林坊の真ん中にあるホテル(トラスティというところ。きもちいいホテルだった)を出て、片町から新天地を抜けて犀川添いにしばらく下り、橋を渡って野町広小路からまた片町に戻る。夕食は天ぷらの『小泉』。ここも二回目。六時ちょうどに入ったから、他の客はおらず、カウンターのいちばん奥で主人とゆっくり話をしながら冷酒を愉しむことが出来た。主人・清二郎さんは兵庫県川西市出身。金沢は「どの料理屋もすごい器をばんばん使う(持ってても出さないのが京都)」「人情があつい(近所の人が、佃煮たくさん作ったから、と持ってきてくれるそうな)」「町全体が文化・芸術を育てようという気風がある」ところがいいのだそうな。献立以下の如し。

◎先付 蓬麩と雲丹・・・蓬の香りがとても濃い。わざわざ摘んでくるんだそうな。血がきれいになる感じ。

◎造り 鮪赤身とトロ、しめ鯖(以上七尾)、アスペルジュソバージュ

◎椀 蛤うしお(筍と木の芽)

 天ぷらは、

◎才巻、鱚、アスパラガス、玉蜀黍、小玉葱、太刀魚(地に漬けてあるので、食べる時はレモンのみしぼる)、障泥烏賊、銀宝、稚鮎・・・鱚、玉蜀黍、烏賊、銀宝がことにすばらしい。よく言われるが、ウツボよりもっとしつこく癖の強い銀宝なんて、天ぷらが無ければ一生花を咲かせず仕舞で終わるところであった(天ぷらなんて料理が発明されたから災難に遭っているとも言えるが)。

 最後の天ばらもよし。飯を固めに炊いてるのがいい。お店の後半は、週末ともあって同伴組で混んできた。客とホステスの喋々喃々、いや丁々発止か、のやり取りを小耳にはさみつつ酒を呑むのも悪くないけど、天ぷらやでとぐろ巻くのもね。というわけで、切り上げることにする。「片町か香林坊あたりで、落ち着いて呑めるバー、ありませんか」。

 とたんに相好が崩れて、丁寧に地図を示して教えてくれた。前も書いたが、なにせホンジャマカの石塚さんにそっくりの店主が嬉しそうに語ってくれる店である。おいしく酒を呑まさないはずがない。

 で、結果をあっさり書く。その店、『quinase』、じつに良かった。徳島の『鴻(こうの)』以来の「当たり」、である。ターキーのライがあったので、まずはそれをロックでちびちび。おつまみの豆もきちんとしていて、いかにも信頼できそう。丁寧に酒を造るが、気むずかしげなところはちっとも見せない(無いわけはない、と思うが)店主と楽しく話す。かなり凝り性と見えて、このマスター、カクテルに用いるトマトジュースも自分で作ってるのだという。質の良い、ただし少し形がいびつで売り物になりにくいやつを箱で買って作る。ただトマトをミキサーでつぶすのではなくって、サイコロに切って、カゴにおき、したみ落ちてくる汁を集めていく。「この頃は和食でも、出汁代わりに使ってますね」というと、普通のトマトジュースみたいにしょっぱくも青臭くもないから、これでブラディ・メアリなんかを作って出すと、拍子抜けした客によく文句を言われる、と笑顔で教えてくれた。

 ここまで話を聞いて頼まぬわけには参らぬ。出てきたブラディ・メアリは、なるほど透き通っている。味も甘味・旨味が勝っている。いわゆるブラディ・メアリとは違うが、夏の夕暮れ、一杯目に呑むには最適の涼やかさ。「味はいいけど、これでは看板に偽りあり」。そう冗談を言った。「処女の涙、というところですかね」、と続けたが、よく考えたら処女だからこそブラッディのほうが似つかわしいのである。

 最後の一杯は、『小泉』主人ご推奨の「伝説」と名前の付いたラム。何十年も継ぎ足し継ぎ足しして熟成させてきたらしい。その通り、芳烈というのがふさわしい美酒で、しかしやはりラムだから、コニャックとは違って、どこか「海賊の酒」にふさわしい荒さが残ってるのが、また一段と嬉しいのだった。(翌朝、近江町市場での買い物は次項にて)
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