なんちゃって金沢、の会

 とは言うものの、拙宅食事会があるのは事実なので、翌朝は近江町市場へ。土曜ともあって、午前中からかなり観光客が来ている。この日は一転、夏のような日差しと気温。魚や貝、それも地の人がお総菜に食べるようなものを、と考えていたのだけれど、この暑さではたとえクーラーボックスに入れたとしても心配である(なんといっても、金沢から神戸、それに食事会は翌日ですから)。お客様を招いて食中毒を出すわけにはゆかない。

 だから鮮魚店の前は指をくわえて通るだけだったのだが、それでも充分に愉しめた。というのはうんと控えめな表現で、本当のところは性的快感に近いほどの昂奮をおぼえた。今度の長期休暇では、ウィークリーマンションでも借りて、ここに通い詰めて自炊の三昧境もいいな。

 で、結局買ったのは青果に干物。ぱんぱんにふくれあがったバッグを提げてとぼとぼ駅前まで歩き、ここも例の如く都ホテル地下の『黒百合』にて、おでん燗酒で一息入れてからサンダーバードに乗車したのでありました。

 翌日食事会の献立以下の如し。今回ははじめて本職の方を、それも二人お招きしているので、多少気合いが入っている。


◎椀(胡麻豆腐・のど黒・三度豆・青柚・おぼろ昆布)・・・出汁は羅臼の最上等昆布と、本枯節の削り立てで丁寧に引いた。こういうところで手を抜いてはいけない。皆様分かってくださるだろうか。のど黒は神戸の市場で仕入れたもの(なんちゃって金沢、でありますから)。三枚におろして、塩・酒を振っておき、出す直前に濃い塩湯でさっと湯がく。胡麻豆腐も温めておく。熱いものは徹底して熱く!

◎和え物二種
・白和え(乾わらび・空豆)・・・わらびは近江町で。前日から水に浸けておき、その後三度もゆでこぼしては、そのたびにもみほぐしてやらないといけない(でないと柔らかくもどらないらしい)。その後、二番出汁と薄口醤油でことこと煮いておく。水に浸けるところから勘定して都合十六時間。時間だけで言えばこれがいちばん大変だった。ま、おかげで我ながらいい感じに仕上がった。空豆は塩茹でしたあと、甘皮をむいて二つに割っておく。和え衣は水切りした木綿豆腐を擂りたおしたあと、砂糖・煮切り味醂・薄口醤油で味付けし、最後に酢を落とす。和え物だから当たり前のことだけど、和え衣は出す直前に和えないといけない(具材から水が出てしまう)。

・胡麻和え(野三ツ葉・笹身酒蒸し)・・・この三ツ葉が、本日の秀逸!といいたくなるすばらしいものでした。市場では「野三つ葉」との表示。たしかに茎は太くたくましく葉はあくまでも大きく獰猛に、そして香りもまた、水耕栽培のヤツなど吹き飛んでしまうかのごとき、野性味あふれるもの。だから笹身の酒蒸しはあくまでも従。三ツ葉がスター。こちらの仕事といえば、湯がいたあと、水分を涸らしすぎず残しすぎずに絞ることと、黒ごまを丁寧に煎ることくらい。最後はポン酢をかけて出す。

◎変わりポテサラ(五郎島金時・生クリーム・味噌・辛子・胡椒・オレガノ)・・・五郎島金時が、石川名産のサツマイモであることは知っていたが、左党の作り手にとって、芋はどうにも使いづらい食材である。でもやっぱり「なんちゃって会」である以上は使いたい、ということで、強引に酒の肴に仕立ててみた。練り辛子、および赤味噌(豆味噌)は思い切ってぶちこむほうがよい。腕自慢は見苦しいけど、こういう、一見何が何だか分からない料理も一皿加えたくなってしまう。

◎酢の物二種
金時草三杯酢・・・逆に、金時草のような野菜は昔からの調理法に従うのがいちばん。掛け酢の出汁は一番出汁と二番出汁とを等分に合わせたもの。酢は柔らかい「千鳥酢」。醤油はもちろん薄口で。
・独活と蛸の梅肉マヨネーズ和え・・・ホントは蛸の皮を剥いて使いたかったのだけど、うまくいかなくてそのまま出した。なるべく独活との歯触りの差が出るように、一工夫として、隠し包丁を細かく入れておく。また、金時草のまろい味付けと互いに引き立て合うよう、こちらは梅肉・紫蘇をたたいたの(自家製なのでかなりしょっぱい)とマヨネーズ、それに柚子胡椒を混ぜたので和える。

◎酒肴
・糠にしん・・・前回の金沢旅行の時、鶴来の「萬歳楽」で買ったもの。飯は食べないようにしてるけど、これは炊きたての白飯に抜群に合うんだろうな。むろん酒にも合うけど。
・鯖とばちめのいしる漬・・・こちらが近江町でもとめたもの。思ったよりもしょっぱくない。
鮒寿司・・・少し前に長浜の店から取り寄せた。発酵がすすみすぎてたかな。でも茶漬けには向いているはず。明日はそうしよっと。
・ブリーチーズと岩海苔・・・『ひの』さんメニューの盗用です。能登の岩海苔は高いだけあって抜群の風味。

◎焼き物二種
・鳩のロースト・プロヴァンス風、クレソン添え・・・今回唯一の、塊のニク。鳩は窒息させているので、血が肉に回って、全身レバーのような濃厚芳醇なる味わい(その代わり瞑目したハトさんのアタマも付いてくる)。ただ焼いただけでは肉の個性が引き立たないので、コリアンダーやらセージやらのハーブをオリーヴ油・蜂蜜で練ったものを全身に塗りたくっておく。ソースは肉汁をシェリーで煮溶かしてからバターでモンテしたもの。今回いちばん好評を得た様子である。なんだかんだ言って、みんな野菜や魚より肉が好きなんですな。

・目張のソテー、山椒バターと魚のフュメのソース・・・『ベルナール』の盗用(オマージュというのか)。二枚に下ろした目張の身に塩胡椒、そして粉を薄くまぶして、バターでこんがり焼く。ソースは、目張のアラに加えて椀で使ったのど黒のアラをじっくり炊き出してから煮詰めたもの。これにバターを大量投入し、木の芽を微塵にたたいたものを最後に加える。初回にしてはうまくいったと思うが、もう少し研鑽をつむ必要あり。

◎揚げ物(加賀蓮根)・・・これもひねらず厚切りにしてじっくり低温から揚げるのみ。時季外れなんだけどね。

◎香の物(胡瓜・小茄子の浅漬け、瓜の粕漬け)・・・粕漬けは「萬歳楽」のもの。胡瓜・小茄子は自家製。休みの日にお客をすると、時間を逆算して漬けられるのがうれしい。

◎汁(あごだし、鰯つみれ、若布、茗荷)・・・出汁を細かく変えているところに注目していただきたい。これはお酒がたいがい入ったあとなので、「一息」として赤味噌でやや濃い目に仕立ててみた。

◎酒鮨(山蕗・干椎茸・筍・うすい・絹さや・炒り卵)・・・本来酒鮨には魚や貝をふんだんに盛り込むものだが、市場が休みで適当な魚が見つからず、また酒の後なら精進のほうがかえって喉を通りやすいかと思って生臭は抜き。蕗はアクだしの後、塩と酒でころ煮。椎茸は定石どおり、前日から戻しておいたものを酒・砂糖・濃口で煮含めておく。ふつうの五目寿司のような見た目にしないように、あえて一センチ角のごろごろに切っておく。筍は昆布出汁と酒で煮る。炒り卵はごくごく弱火で、菜箸をひたすら回しながら気長に炒り上げる。今回は半日おいて食べたが、やはり一日は寝かしておいたほうがよさそうだ。

◎菓子(森八生菓子、氷出し玉露

 と長々注釈を付けてきたのは、後日他ならぬ自分がまた作る時のための心覚えとして。次は秋冬モデルの「なんちゃって会」、やります。半年待ってね。