白米三変化

 週末、北野坂『植むら』に席を取ることが出来た。例のガイドで星をいくつ取ろうがこちらの知ったことではないが、『紀茂登』の主人が「ぜひ」と勧めてくれたので、前々から行ってみたかった。それにしても今や隠れも無き神戸の名店の、しかも週末に、なぜ予約できたか。からくりは簡単で、「お一人でいらっしゃるなら八時を過ぎたお時間」、つまり一組目が帰ったあとなら空いていることが多いというわけ。それは嬉しいが、逆に言えば名の通った料理屋であっても、ランチのコース目当てのおばはんどもと水商売の姉さんがたとの同伴の客が主体ということである(ちなみに、だから名の知れた料理屋では絶対にお昼を食べないことにしている)。ま、しかし、しっかりした日本料理を出す店では一回転がせいぜいというところなのかもしれない。

 ともかく、この日に入れたのは、個人的になおさら嬉しかった。大学の師匠が喜寿をお迎えになり、そのお祝いの会の幹事を仰せつかっていたのだが、ちょうどこの日、当方担当の目鼻立ちがついたところだったのである。

 店のしつらいやサーヴィスについてはその筋のブログ(という日本語は変だろうか)で詳しい情報があるだろうから、例のごとく献立のみを記す。これも例のごとく、写真は撮らない。その場でもメモはしない(その後、『いたぎ家』にてメモを借りて思い出し思い出しして書いたのである。板木平ブラザーズに感謝)。

○先付 車海老・帆立・蒸し鮑、ブロッコリーのムース、トマトジュレがけ
※魚介の火の入れ具合がいい。生海老を好まないので余計嬉しかった。
○八寸 ずいき黄身酢がけ・もずく・厚焼き卵・茶豆・沢蟹唐揚・いもたこなんきん
※ずいきはほんの少しアクが残る、というのは悪口では無くて、大阪の南部で育った人間には懐かしい味ということ。いもたこなんきんは小芋の揚げ浸し・蛸柔らか煮・ピュレにした南瓜の菓子仕立からなる。もずく(島根産の由)がしゃきしゃきして旨かった。
○椀 すっぽんと粟麩の湯葉巻き・すっぽんの卵、白髪葱・茗荷・大葉
※八寸に甘みの品が多かったから、もう少し薄味のほうがよかった。それに、酒もかなり呑んでたしね。
○造り 穴子焼霜(山葵で)・金目鯛湯霜(辛味大根で)・青柳炙りの海苔巻き(タレが塗ってある)

○?? 料理の種類は何というのか分からないが、鮨飯に海胆を混ぜたものにさらに海胆をのせたものが、一さじぶん出てきた。

○焼物 若鮎塩焼
○強肴 小鮎唐揚
※「小鮎」とは稚鮎と若鮎との中間くらいの大きさをいうのだそうな。焼き加減・揚げ加減が上々だっただけに、ワタを抜いていたのが残念、というか憤懣やるかたなし!

○炊合 冬瓜・茄子・牛のハネシタ
※茄子は焼き茄子の皮をむいたもの。香ばしい茄子と牛がよく合う。

 この後食事、菓子と進むのは尋常な流れながら、小鮎で呑んでる、というか精密に言えば、小鮎の身の香脆を楽しみつつもワタの無いことをかこちつつ呑んでると(食べ物の恨みはかくもしつこく残る)、いきなりお茶が出された。たしかに一人きりでのんびり杯傾けてると「いつ終わるねん」と言いたくなる気持ちも分かるが(この時分では、他の客は皆帰ったあと)、それにしても遅めの時間でと指定してきたのはそっちだろうが、だいたい客のペースに口をはさむとは何事か。

 とこーゆー時、かなり感情が顔に出るほうなので、それに気がついたのだろう、茶を出した若い店員とは別の、少し年かさなのが飛んできた。「すいません、今飯が吹いたところなので一口召し上がっていただこうという趣向でして」。ああ、茶懐石のいわゆる「びちゃめし」ね。それならそうと言えばいいのに。追い回しであっても客に接する以上、一人の給仕人なんだから。

 と内心でぶつぶついいながら飯を賞味したところ、悔しいことに(いや、別に悔しがることはないのか)旨かったのですな、これが。このあと、しっかり熟(うま)した飯と、それをやや冷ました飯と、この日は三度にわたって米の香り・甘みの変化を味わうこととなった。まるで李白の絶句を、草・行・楷の三様で書き分けた屏風を見るような趣向である。言うまでもなく少し冷ましたのがいちばん旨みが強いのだけれど、吹いてすぐの「びちゃめし」の香ばしさにも別趣ありとするのは、時に懐素の狂草に目を遊ばせるのに同じ。

 飯のおかずはちりめん山椒・生海苔・水茄子・昆布佃煮・胡麻味噌。汁は生海苔 。菓子は青梅蜜煮、で玉露

 酒は『米鶴』『植むら』『古伊万里』『南方』。頼む前に猪口いっぱいずつ試飲させてくれるのが嬉しい。器もよかった。八寸の赤絵や椀は見ているだけでも楽しい。きけばご主人が「偏屈」で、骨董か作家ものの、「一点きり」というものに偏して集めているのだとか。

 いい店を見つけられたのは仕合せだったのであるが、この後三軒回ってご帰館が朝方と相成ったのはどういうことであるか。翌日の喜寿お祝いでは果たして無事幹事の大役を果たせたのかどうか、それは次回の講釈で。
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