ふたたび宍道湖ほとりに踏み迷う

 一年ぶりの松江、今回も先輩綺翁子のお誘いを受けて、酒蔵『李白』での「ほろよい寄席」を聞きに行く。九時半に阪急芦屋川の駅にてご夫妻と待ち合わせ。こちらは運転免許を持っていないので、道中はずっと先輩にハンドルを握っていただくことになる。毎度のこととは言え、申し訳ありません。

 蒜山高原のサービスエリアで休憩後、松江に到着したのは一一時半過ぎ。ジュンコさん(先輩の姉上)と合流して、何はともあれまず蕎麦屋。『船津』に入って、天ぷら割り子とビール。ここの蕎麦は十割の挽きぐるみなので、かなり舌触りがざらつき、ぶきぶき切れる。だからざる蕎麦より割り子で、ツユをかけて食うのが理にかなっている。去年も感心したが、やはりおまけでついてくる蕎麦掻きの揚げたのが旨い。かしわや鴨と、青いものひと色で炊き合わせにしたらいいだろうな、と考えながらビールを平らげる。


 『船津』を出てから月照寺へ。綺翁さんジュンコさんは松江出身で、この代々藩主の菩提寺は子どもの頃の遊び場だったという。「えらく整備されてるなあ」とは久々に(何十年ぶり?)に訪れる先輩の感想。もちろんこちらは初めてなので、寺域の閑寂な趣を味わいながら藩主の墓所をめぐって歩く。面白いというか、気の毒というか、やはり藩主も十代までいると、どうしても扱いのぞんざいな方が出てくるみたい。厚遇されているのはいうまでもなく初代藩主の直政と七代の治觶、つまり不昧公である。とはいってもどの墓所にも立派な廟門があるのだが。中には松江の伝説的な名工・小林如泥作と伝えるものもあった。生前の酒好きから、門にヒョウタンの彫刻をあしらわれている殿様もいる。文字通り以て瞑すべし。また六代・宗衍の墓所脇には、松江を夜な夜な徘徊したという大亀の像があり、その上には宗衍の寿蔵碑が載っている。撰したのは天愚孔平、といってもご存じのかたは少ないでしょうが、江戸中期に奇行で
名高かった儒者中野三敏九州大学名誉教授の詳しい伝記考証が備わる。じっくり「天愚斎」の漢文を読み解きたいところだが、碑がデカすぎてとても上まで目が届かない。さっさと諦めて車に乗り込む。

 次も墓。といってもみんなして掃苔ツアーしてるんではなく、今度は綺翁さんの家の墓所に詣でたのである。まだ降り出してはいなかったものの、いかにも日本海側、という感じのどんよりした空の下で、道の脇に並んで植えられたドウダンツツジの紅色がかえって目覚ましく映った。

 さほどのんびりしていたつもりも無かったが、いつの間にか「ほろよい寄席」開演の時間。なんとか祭りのために駅周辺に交通規制がかかっているらしく、市内中心部はかなりの渋滞。ホテルでチェックインを済ませた後で会場である「李白」蔵までタクシーに乗っていったのでは間に合わないので、そのまま車で乗り付けることにした。すでに会場は満杯(昨年よりもさらに早くチケットが売り切れたそうな)。やれやれ。

 お弟子さんの「転失気」のあと、三遊亭鳳楽師匠が登場。中入り前に「湯屋番」を話したのだが、これが長い。たっぷり一時間はかかっていた。師匠曰く「三遊派のやり方できっちり話すとこれくらいかかる」、のだそうな。途中、上方落語でいえば『商売根問』に当たる場面も入っているので、つまり普通くらいの長さの話を二席続けて聞いたようなものだ。湯屋の番台でひとり妄想にふける若旦那の描写があまりあくどくなくて気持ちよくきけた。

 中入り後は「火焔太鼓」。道具屋夫婦の言い合いと太鼓が売れてからの主格逆転ぶりをたっぷりと描写した古今亭志ん朝の名演になじんでいたせいか、かなりさらさらと流れる演出のように思えた、これはもちろん前半とのバランスを考えてのやり方なのだろう。

 落語の後は例の如く社員総出の「李白音頭」(とゆーのがあるのです)があったあと、会場整理して酒。純米大吟醸の斗瓶囲いというやつは別格として、やはり山廃純米のどっしりしたのがこちらの好みには合う。当方がいたテーブルは、こちらががぶがぶ酒ばかり呑んでるうちに、なぜか瞬く間に料理が食べ尽くされて呆然としていると、横にいた女性が大山で採れたばかりだという落花生の塩茹でをそっと下さる。びっくりするくらい大ぶりで、しかももちもちと甘くこれで人心地つく。あと各地のテーブルからついばんだところで言えば、粕汁とにんじん・大根の漬け物が旨かった。漬け物は粕漬けだが、そらまあ、自分とこの蔵で漬けてんだから旨いに決まってるわな。

 お開きの後、これも吉例で綺翁さん御贔屓の鮨屋『井津茂』へ。綺翁夫妻の娘さんと(美人である)そのダンナ(イケメンである)、そしてお二人の娘御が二人(当然可愛らしい)が先に来ていた。刺身(鯛も鮪も上等)やのどぐろの煮付けなどで杯を重ねる。みなさん大いに食べかつ呑み、よく談じる。関係の無い人間が一人入っていてもまったく気狭な感じがしないのが有り難い。

 とはいえ、一族団欒の構図ではあり、ここを出たら一人ふらっとはぐれるべいかと思っていたところ、次の店にもお連れ頂いたのであった。こちらは先輩の同級生がやっている居酒屋(主人の奥さんも同級生)。ゆえにざっかけない雰囲気・・・というよりは互いに悪たれ口を応酬しながらまたもやわいわいと呑む。ここではおでんに牡蠣酢。よう食うわ、しかし。

 昨年訪れた時は、土地勘がなくって夜遊びする店を見つけられずじまいだったのだが、今回はリベンジなるや。と多少勢い込んで先輩たちと別れてから東本町付近を歩き回ったにもかかわらず、またしても不発。やや酒を過ごしており、こちらの調子で気分良く呑めそうな雰囲気の店を・・・とえり好みしてるうちにくたびれて来たのと、スマホの電源が落ちかけていたため、住所や場所を正確に分かっていなかったことも災いした。ま、そこまで呑んだんなら、初めからおとなしく帰って寝ればいいんですがね。

 おかげで翌朝はぱっちりとお目覚め。娘さん夫婦の墓参りに同行した後は『きがる』で昼食。快調だったので、割り子に鴨南蛮を平らげる。とはいえ酒は無し。我ながら嘆かわしいことである。

 この日(日曜日)は雨が降ったりやんだりという天候が続いていたので、あとは土産を買って神戸に帰ろうということになった。目当ての焼き物にこれという品はなかったが(たまに眼にとまると、やっぱり一桁違うのである)、かわりに「めのは」(火取った後で揉んだのを飯に混ぜて食べる)や十六島海苔、濃茶の挽茶(さすが不昧公のお膝元で、ものすごく茶の種類が多い)、あご野焼き(これはケチってはなりません。やすいのはトビウオを使ってる率が低くて全然つまんんない味になってしまう)、それと木次牧場の牛乳(高いが旨い)、木次牧場のバター(やはり高いが旨い)、チーズ(上に同じ)、木桶造りの醤油などをむさぼるように買ってしまう。

 帰宅(夜七時過ぎ)してからの飯は、しじみ汁にのどぐろの干物で、「李白」山廃のぬる燗。来年こそは三度目の正直で、夜遊びしたおさねば、と固く心に誓いながら杯を何度も何度も干すのであった。
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