これでもか春

 同僚諸氏をお招きして食事会。一人が出産のためにこの四月を以て休職となるので、今までの慰労会兼壮行会(?)という趣旨である。お客は湘泉・芒男・孤松・有里・高丘子の都合五名。

 妊婦が主賓の会だから、①生モノ、②刺戟のつよいもの、③脂っこいものはなるべくさけるという条件を充たしながら献立を組んでゆかねばならない。うーむ、と思案したが、折しも春野菜が出盛りの季節。これを中心にすれば問題ないわけだ。と気がついた。

 で、当日供したのは次の料理。

○空豆のポタージュ・・・茹でて甘皮をむいたのをペーストにし、それに牛乳・生クリームを加えただけ。香ばしい豆の香りと翡翠のいろがご馳走というものなので、他に具は一切入れない。
○サラダ・・・
・車海老=活けの海老を半生に茹でて一尾を四つに切ったものをオリーヴ油とワインビネガー・塩胡椒でマリネしておく。
・苺=一個を四つに切って、少量のフロストシュガーでがらがらと和えておく。コアントローなどのリキュールを振り込むといいのだが、妊婦がいるので今回は無し。
・独活=短冊に切って酢水にさらしておく。
以上を、ブロッコリーの新芽と貝割れ大根の上に盛って、オリーヴ油とレモン汁と蜂蜜と辛子、それにタイム少々を混ぜたドレッシングをかける。
○炊合・・・筍・ワカメ・鯛の子・ワラビ。どの食材も下ゆでしたりもどしたりアク抜きしたりといった下処理が必要だし、味を濁らせないように、別々の味付けで下煮しないといけないから、なんといっても手が掛かる。まあ、その甲斐あって、上にバルコニーで育てた木の芽を乗せて出したときは嬉しくて仕方がなかった。日本酒をなぜもっと用意しておかなかったか、とそれが最大の後悔のタネ。
○牛すじの赤ワイン煮・・・炊合に比べると、この煮込みなんかはじつにシンプルというか大雑把というか。さすがにすじ肉は掃除したあと茹でこぼして臭みをとったおかないといけないけど、その後は二晩ほど赤ワインと香味野菜(人参・ニンニク・セロリ)に香辛料(胡椒・コリアンダーローリエ)で漬けておくだけ。当日になって圧力鍋で三十分、それからはふつうに二時間ゆっくり煮込むだけ。いい部位を使うより、すじ肉のほうがゼラチンがとろとろして旨いと思う。要点はワインをケチらないこと。今回はボルドーの2005年ものを奮発した。
○木の芽和え・・・筍・烏賊・ワカメ。烏賊は剣先。耳とゲソは、別にとって半日バルコニーにて干してある。翌日これを炙って一杯やるのは料理人の特権である。
○とろ鯖きずし・・・生モノは控えるという方針ながら、魚がなんにも無いのはさすがに淋しいので酢〆でひと品。鯖は東山商店街でさいきん気に入っている魚屋がすすめてくれたもの。包丁で切っていくとじわーとあふれるほどあぶらがのっていた。なので山葵はやめにして、すり生姜と柚子胡椒を添える。
○いいだこトマト煮・・・いいだこも同じ魚屋で買った。白ワインで炒めたあと、煮たら出来上がってしかも間違いない味になるのであるから、偉大なる哉、トマト・ニンニク・オリーヴ油の三位一体。
○鴨と芹の炒め和え・・・この会のことを『いたぎ家』で話したところ、豪儀にも芹を分けてくれた。「カモセリ」は店の看板メニューのひとつであるが(『勝谷誠彦ショー』でも照会されておった)、やはり芹を美味く食べるにはこれがいちばんだろうと(中年の酔客ばかりなら白和えとか胡麻酢和えとかでもいいのだけど)真似することにした。自慢は聞き苦しいが、元々『いたぎ』さんにこの料理提案したのは当方だったしね。しかしさすがにまったくそのままというのもつまらないので、鴨はロースの代わりにもも肉、薄切りに代えて角切り、味付けも甘味は抜いて昆布出汁と濃口と酒だけ。薬味は唐辛子をやめて山椒。これでビールを呑んでいたわけですが、よく考えたらまだまだ若い後輩諸氏のためには白飯のあつあつをお出しするべきだったな。
浅蜊と韮のチヂミ・・・まあ、これに関してはとくに言うことなし。
○ちらしずし・・・白飯の代わりの飯はこれ。具は筍(酒・塩・昆布出汁で煮る)、蓮根(ゆがいたあと甘酢に漬ける)、干し椎茸(もちろん醤油砂糖酒で含め煮)、三つ葉(塩茹で)、塩鮭(焼いてこまかくほぐす)。

 湘泉子がお手製の中華ちまきに鎌倉のハムやらサラミやらを持ってきて下さったので、全員さいごには満腹していただけたと思います。ビールは北海道大学出身の孤松子へのもてなしとして、サッポロのクラシック缶(関西ではあまり売ってない)。赤ワインは三本。後片付けが深更に及んだのはいつものことながら、年々宴の準備がこたえるようになってきた。飲食業界のみなさん、タフだなあと湯船に浸かってひとり嘆息する。

 苛酷な仕事の割には、体格の立派なかたもまたサラリーマンよりは多くお見受けするのは、これはいったいどうしたことでしょう。