淡路有馬の水はセーヌにつながる

 『IZARRA』Yシェフに教えられて、北野坂のレストランに初見参。一見事務所のような目立たない扉から入って階段を上ると、フレンチには珍しく、客席はカウンターのみ。柱が半ばしきりの代わりとなっており、当方のような一人客は個室に通されたようで気楽である。

 料理は一種類のコースのみ。はじめての店だから、紹介を兼ねてちょっぴり詳しめに書いておきます。

◎コカ・・・もちろん炭酸飲料にあらず。なんでもスペインのパンらしい。よもぎを練り込んであるのだそうな。香草のかおりはちょっと刺戟的だが、まあ食前のスナックといったところ。

エスカルゴ・・・細かいパン粉をつけてフライにしている。ソースは韮を使ったもの。エスカルゴ本体の味はまあまあ。ソースの風味が新鮮だった。これは応用がききそう。

◎Birth・Sea・Land・・・というけったいな名前だが、要は前菜。BIRTHはフォアグラのガナッシュの上にうすい豆をつぶしたソースをかけたもので、これを卵の殻につめている。豆のさわやかな香りに濃厚なフォアグラがよく合う。これも応用できる。SEAは蛍烏賊の即席燻製。烏賊墨を練り込んだスナックごと食べる。LANDは豚肉のリエットをビスケットの生地で挟んだもの。どれもおひな様の御膳のようにちっちゃい料理だから、一口で食べられる。

◎Belle acidite・・・直訳すれば「うるわしき酸味」。これも前菜で、オマール海老を中心に、ビーツ・オレンジ・ヨーグルトの三種の「acidite」を取り合わせている。海老と酸味の相性はもちろんいいのだけれど、そしてこれは別にこの店に限ったことではないのですが、うすく刻んだビーツやザラメ状に固めたヨーグルトソースが実に食べづらい。見た目は綺麗だけど、苦心のソースが味わえないのでは本末転倒というものではないか。ちなみに言えば、フレンチに限らず最近の日本料理でも同じ弊が目立つように思う。

◎鼈・・・「すっぽん」です。切り身をロワイヤルの中に入れて、それをコンソメ(むろんすっぽんの)に浮かせている。前半はそのまま、後半は春キャベツのピュレを風船状に固めたものを加えて、という凝りよう。料理も美味かったけど、なにより嬉しいのはこれに配するにシェリー、それもパロ・コロラドの極上を以てするという工夫。Yさんも「ぜったい気に入りますよ」と太鼓判を押してくれていた。たしかに濃密なすっぽんの旨味に、シェリーの男性的な香りがじつによく合う。むかしのフランス料理の本で、たしか海亀のコンソメにシェリーをあしらうというレシピを目にしたことがある、とサービス係にいうと、海亀は今やワシントン条約の規制で入手不可能だからすっぽんを用いた、そしてクラシックなスタイルを大事にするのがここのシェフの「芸風」なんだとか。吹けば飛ぶような和洋折衷風のフレンチ、そして日本料理につねづね慊焉の情を抱いてる人間としては、これは何より。古典スタイルといっても、必ずしも清新な趣向を廃するという訳ではないことは、ここまでの品でも充分察せられるが、この料理でも、前半はまるで懐石の椀盛のよう、そしてキャベツのピュレを入れたとたんに、不思議なくらいバタ臭い一皿に変貌するのは不思議なくらいだった。うーん、シェリーの味にコーフンしてついついおしゃべりが過ぎた。

◎海鰻・・・煮たアナゴを軽くローストしたのとホワイトアスパラの一皿。いうまでもなく、旬のアスパラのほうがメインである。親指よりまだ太いやつの茎先を噛みしめると、芳醇な果汁(と言いたい)があふれてくる。通奏低音のようなほろ苦さと穴子のしつこさがいい取り合わせ。穴子はもう少し柔らかくなく、ぷりっと煮てくれていたらもっと良かったな。寿司屋の蒸し穴子とは違うんだから。それに、「海鰻」であなごとは読まないと思いますよ、ふつう。家に帰ってから『和漢三才図会』でも確かめたけど、やっぱりこの語は「はも」をいう、と書いてあった。料理屋のメニュー相手に学を衒っても仕様はないのだが。

◎Today’s fish・・・メニューといえば、こういうことばづかいと言うか、文字遣いはいちいち気になる、というかはっきり言えば気に障るけど、まあそれは趣味の違いとしておこう。と鷹揚にゆるしちゃうくらい、「本日のお魚」(やっぱり気にしている)である真魚鰹のソテーがすばらしかったのである。料理屋のまな板くらいの厚さはありそうで、身の芳脆はいうまでもないことながら、かりっと焼き上げた皮目の下のあぶらの香り高いこと!添えてあったルイユはほとんど用いず、また白ワインのほうもお留守になりがちなまま平らげた。

アーティチョーク・・・やわらかい子羊を薔薇いろにローストしたのを「添えて」ある。つまりメインはあくまでもアーティチョーク。フランス料理の代表的な野菜扱いを受けているけど、この苦さ・この食感、充分「和」でも通用する。旨いのだが、なにせちょっぴりしかないから、「仕方なく」子羊の肉汁を味わいながら、南仏ジュラ産・グルナッシュ主体ながら、ブルゴーニュにも通じるような、柔媚な赤を堪能する。

◎Kalb・・・仔牛である。なぜフランス語のveauではなくドイツ語なんか、よう分からん。こちらには緑の方のアスパラを添えて。仔牛も淡泊な肉だから、ワインはボルドーではなくブルゴーニュのほうで合わせる。

◎AWAJI・・・料理は以上です、と言われていたものの、デセールで「アワジ」とは何々ぞ。淡路牛の乳をつかったソルベかね、と思っていた素人の発想はやはり常套的であった。淡路といえば・・・玉ネギでしょ!思いきや、不惑の年にして玉ネギのソルベに巡り会わんとは。甘味だけ、もしくは食感だけ残すというような姑息な手段を弄せず、実に堂々と、玉ネギの風味を全面展開しておった。しかし、肉がふた色続いたあと、菓子に移るときのインタルードとしては絶妙な工夫というべきかもしれない。

◎苺・・・赤い粉チョコをまぶした苺の下に、苺のクリーム。だったと思うが、なにせ品数が多いこととて、なんだかここら辺に来ると記憶があやふや。甘いもの好きの皆様には申し訳ないが。

◎Green of ”R”・・・しかし、甘党ではない鯨馬を感嘆せしめたのが、じつにこのデセールであった。「R」は六甲の頭文字。さてさて、六甲の何を用いたお菓子でしょうか?ミルクだのチーズだのを連想された方、残念ながら独創性は鯨馬とおっつかっつというところ。六甲は有馬、有馬といえば有馬山椒(和食で有馬煮といや、山椒風味ですな)!思いきや、不惑にして・・・と繰り返したくなるところ。この山椒を、チョコレートに合わせているのである。一瞬げっと思うがしかし、生姜やミント風味のチョコはふつうに食べてるわけだから、これこそプロの発想ということでありましょう。そういえばYシェフは蕗の薹チョコに感激していたな。山椒はふんだんに混ぜられているから、当然後半に至って口がしびれてくるが、そこはよく考えたもので、脇に盛られた抹茶のソルベで山椒の辛辣を一気に払って頂こう、という趣向であるらしい。このソルベの出来もすばらしかったことを申し添えておきます。

◎Les Mignardises・・・紅茶とお茶菓子三種。紅茶はディンブラ。コースの仕上げにふさわしく、しっかかり濃く淹れてくれているのがうれしい。

◎さ、終わりと思っていたら、サーヴィスでフロマージュの盛り合わせ(といっても一つ一つはほんのちょっぴり)で、赤ワイン。余韻をたのしむというのにふさわしい。サーヴィス係、それにソムリエさんと談笑しながら、ここまでねばって残しておいたシェリーの最後のひと啜りをいとおしむ。

 カウンターの正面一面に貼られた銅板がいい感じの暗さを出して、落ち着ける店。値段はやすいとは申し上げかねるけれど。
【ランキングに参加しています。下記バナーをぽちっ。とクリックしていただけると嬉しう存じます!!】
にほんブログ村 料理ブログへ
にほんブログ村

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村
にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
にほんブログ村