龍神ねむる里で

 龍神村で大人の遠足しました。『いたぎ家』アニーが誘って下すったもの。主たる趣向は梅狩りなのだが、にちようびに車を飛ばして田舎に行くのだから、趣向は後回しにしてもうきうき。というわけで、待ち合わせの一時間前には着いてしまって、ホテルの朝食をもりもり平らげながらうきうきしていた。池波正太郎風に、メープルシロップをたっぷりかけたベーコンをパンケーキにのせて食べる。もっと値段を上げていいから、時間もかかっていいから、パンケーキ、きちんと焼いてくれ。

 雷電一過、極上の青空の下、三宮を出発する。和歌山に行くのって、小学生以来かもしれない。あの頃は毎年夏休みになると、近所の仲良しさん同士で御坊にあった民宿に海水浴に出かけたものだった。そのイメージがいまだに残ってるので、和歌山ときくと何がなし胸がきゅんとなる。

 変わったのは道路事情ですな。かつては紀伊半島の輪郭線を忠実になぞりながら下道を走っていたから、泉州のわが実家からでもずいぶん時間がかかったものだが、高速が出来て紀ノ川までぴゅーっと行ってしまう。紀ノ川SAから川沿いにうねる道を遡行して龍神村に到着したのはお昼過ぎ。途中で買い物してこの時間ですからね。地球は狭くなりにけり。

 久々にお会いするいたぎ家ご両親に挨拶し、ともかくも梅園へ。お父様が仰るには、四月の冷え込み(雪が四度も積もったらしい)のために大不作、昨年の半分ほどしか生っていないのだそうな。たしかに葉隠れに顔をのぞかせる梅の実を探すのが半分、採るのが半分という按配ではあった。地面に落ちている実を恨めしく横目で見やりつつ、トゲで腕のあちこちをひっかかれつつ(ウメはバラ科なのであるな)集めていくと、それでもスーパーの籠いっぱいにはなった。

 ここで中入り。ご両親が振る舞ってくださった田舎料理(むろん貶していうに非ず)が、また旨かった。ちょっと感動したので、思い出すままに料理を書きつけていけば・・・

○赤飯…古代米の餅米だけで炊いたもの。
ばら寿司…蕗や椎茸のうま煮、錦糸卵、しめ鯖などは定番であるが、なんと寿司飯には甘く煮た金時豆がごろごろと混ざっているのである。左党ははじめぎょっとしたが、おそるおそる口にしてみると、案外イケる。※ただし持ち帰って翌日食べたときのほうが味がなじんでより上等という気がした。
茶がゆ…奈良・和歌山といえばこれである。粉茶を袋に入れて、ことこと炊いたご存じのやつだが、これが不思議と旨い。というよりホテルの朝食なんぞで出てくる茶がゆがいかに不味いものかがよく分かる。真夏でもするする食べられそう。
○豆腐・・・田舎の固くて濃い豆腐。だから醤油をぶっかけるだけで食えるのだ。
○間引き菜おひたし
○人参…繊にして、塩でもんだだけ。でも旨い。
○ジャガイモ煮染め
○オニオンスライス
きゃらぶき・・・これが秀逸。椎茸を大ぶりに刻み込んであって、辛すぎない。茶がゆにじつに合う。不似合いな形容ながら、もりもり食べちゃった。
○自家製胡瓜のQちゃん

 うーん、そういえばわざわざ「自家製」と註せずとも、ここに並んだ品すべて目の前の畑で採ったものなのであった。

 腹ごなしに畑仕事、というのも農家に対して失礼な話だけど、なにせコメつぶ三種類ですからな、腹をさすりさすりという感じで午後の部開始。前半とは別の所に植わっている梅の木で採った。盆梅とまでは言わないにしても、たとえば北野天満宮の梅林などではせいぜい人の背丈くらいの高さの樹が多い。あれが梅の標準と思っていたのは大まちがいなので、見上げるような高さの梅の木というものが存在するのである。用意してくださった脚立の上にのぼり、さらに竹竿やら網やらを振り回して、かなたに霞む実をひとつひとつ落としていく。たかだかそれだけのことなのではあるけれど、やってるうちにむきになってくるのが面白い。あとちょっとなのだがどうしても竿の長さが届かない枝の先に、またそんなのに限ってつやつやふっくらした綺麗ななりの実がぶら下がってるのを見ると、なんとも言えない口惜しさがこみあげてつい歯がみしたくなる。目を血走らせて梅狩りとはまことに無風流な。

 残りし実に心をかけつつも、次は芋畑でジャガイモ掘りという御趣向。手を真っ黒にして土を掻いていくとごろごろごろごろ際限なく(という感じなのだ)芋が転がり出てくるのがなんだか無性に楽しい。すっかり幼稚園児の遠足気分になって熱中していたのは、見るところブログ子だけではないらしくて、皆さんあちこちでごろごろごろごろやっておいででした。

 バジルももってけ、胡瓜はどうだ、モロッコインゲンもあるぞよ、と優しいご両親が次々に勧めて下さる中で、当方もっともコーフンしたのは家の傍にある畑の芹であった。栽培しているのではなく、水が湧き出すところに自生しているのである。

 といってもこの時季だから、もちろん太く強(こわ)くなってしまって食用には適さないのだけれど、《セリ男》の二つ名を頂く人間が、手の触れ得る限りすべてこれ芹、というただ中におかれて、取り乱さずにおらりょうか。旬のころには、アニーに黙って見参し、手当たり次第に刈りまくろう。心に強くつよく誓う。

 いい加減汗をかき、節々に痛みをおぼえはじめたところで収穫祭は終了。そして、ここが贅沢極まる次第なのであるが、車で10分のところにある龍神温泉に向かう。いわずとしれた有数の秘湯。こちらは初めてだったが、折から木立を真っ黒に染めて降り出した驟雨を露天風呂でながめつつ、とろっとした泉質のお湯に体をほどいていくと、桃源郷とか楽園とかいった単語がちらちらと頭をかすめていく。もっとも俗人の我らは帰り際に入った大衆中華にて、しこたまニンニクが入った餃子やら唐揚げやらを食い散らかしたことでありました。

 所がいい、ご両親の笑顔がいい、そして野菜が嬉しいのは言うまでもないことながら、今回の遠足、同行の面々(いたぎ家三名と当方除いて八名)、存じ上げている方もそうでない方も、皆好もしい、なつかしい人柄ばかりで、愉快な一日となったのは参加者の顔ぶれに係るところ少なからず。これだけの人が集ったのは、アニーの人格によるものか。まさかね。



     龍神の峡(かい)にて時鳥、一羽ならず鳴き響もすこゑの水面を
     わたるを聞き

 ほとゝぎす異界の水の暮れのこる  碧村

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