新地でかくれんぼ

 一度も朝まで呑んでないというのに、先週はよく遊んだような気がしていたが、考えてみると、珍しく週に二回も大阪に出ていたのだった。

某日
 平日、偶々休みが同じだった同僚と天満で昼酒。一軒目はテラスを出している居酒屋。さんさんと陽を浴びながらよく冷えた生ビールを呑むのはじつに気持がよろしい。

 二軒目は寿司の『春駒』。有名店である。当方も学生の頃、古本屋めぐりのついでに入ったおぼえがある。この日も大混雑。半分は半島・大陸からの客(最近はどこでもそうなのであるが)。店員もあやしげな発音ながら、器用に対応しておった。ここではホヤの酢の物などをアテに冷酒。にぎりはほんの数貫ずつ。まあ安いことは間違いない。

 もう少し天満界隈を回りたくもあったのだが、同僚行きつけの駅前ビル居酒屋へ。タクシーでワンメーターの距離。彼は天満のすぐ側に住んでいる。自分がこんなところに住んでいたら、あっというまにクズ人間と化していただろう、と思う。つくづく不便なところにマンションを買ってよかった、と思う。負け惜しみにあらず。

 さて開店直後の店にはさすがに誰もおらず。店長さんと話しながらゆっくりハイボール。アイドル・ふうかちゃんがこの日は休みときいて、二人でさんざん嫌みをいわせてもらった。このふうかちゃん、愛敬たっぷりでまことに可愛らしい子なのだ。

 だいぶ客が入り出したところで、同僚が「前の職場の後輩が来ると言ってます」とスマホを見ながら言う。この頃になると制御弁がお互い外れたらしく、がぶがぶお代わり。

 満席となったので、遠慮して(三時間ほど居座ってたのではないか)ここの裏側にある系列の立ち飲み屋へ。我が相棒はかなり酔ってきてるみたいだが、大丈夫だろうか・・・と心配するほどの人情味の持ち合わせは、こちらには無い。つぶれたところでタクシーワンメーターでぽい。すりゃよいではないか。

 この立ち飲み屋もすでに三回目。店員のセイくんとも冗談口がたたけるようになっているので、気楽に呑み続ける。じつは平日夕刻の見参は初めてだったのだが、まあさらりまんのわらわらわらわら呑むわ呑むわ呑むわ。中原中也の例の詩の絵解きみたいな光景を呈していた。それにしてもこの客を店長・セイくんたった二人でさばいてるのは凄い。学生時分、長く居酒屋でバイトしていたので、要領よくしかも気持ちよく(ここが肝腎。ぶすっと不機嫌にしていいのなら誰だって出来ます)客をさばくヒトは無条件に尊敬してしまう癖がある。

 ここでもたいがい呑んで帰り際になろうという頃おい、後輩氏登場。このタナベくん、出来た後輩であって、ふだんからぐにゃぐにゃしている上にしこたま聞こし召してだいぶん挙動不審となった我が同僚の話を辛抱強く聞いてくれていた。

 にも関わらず、なんである。すっかり軟体動物と化した同僚、「次行きましょ」と新地へ向かったはいいが、途中でだーっと走り出し、角を曲がって姿を消してしまう。残された鯨馬とタナベくん、顔を合わせるばかり。なにせ「次」の店名さえはっきりとは聞いていなかったのだし。

 タナベくんがスマホで連絡をとり、ようよう見つかったタコ男は、しゃあしゃあと「トイレしてました」と宣ったことであった。ちなみにその「次」は果物生搾りのカクテル専門店。いちじくと洋梨の果汁が粘った喉に快い。

 大阪の最後は中華料理屋。もちろん「ここ旨いです、行きましょ」とタコ男が言い出したのである。案の定店に入っても碌に呑まず、またタナベくんによそってもらった麺も、(あんまし見ないようにしていたのですが)口から半分逆流している始末であった。器用な食べ方するやっちゃ。この酸辣湯麺、酔った後の胃にがつんとキックをかましてくれていいです。こちらはスープだけで充分だが。

 二人、というよりはもっぱらタナベくんに送ってもらって阪神電車で帰る。営業で神戸に来たらまた呑もうね、タナベくん。タコ男は抜きで!

 帰神のあともIZARRAといたぎ家に寄ったのは、さすがにタコ男との酒品の違い、と言いたいところである(わたくしとしては人間としての格の違い、とも言いたい)。ま、いたぎ家は二周年を御祝いするためでもあったのだけれど。おめでとう、龍神兄弟(プロレスの悪役みたいだ)。

某日
 この日は大阪に出た訳ではない。午前中ジムとプールでうんと体をいじめた後、市場に寄ると針烏賊の新烏賊が安く出ていたので、よろこんで買って帰る。東京では墨烏賊というらしい。新子はコハダと同じく鮨の種として珍重されるそうだが、家で鮨はようしない。天ぷらと、そうもちろん和え物にしてビール、および酒を呑む。最近は同じく高級烏賊である障泥烏賊よりもこちらの方を好むようになってきた。甘みはやっぱりアオリに軍配を上げるから、これはもっちりしたアオリに比べて、歯に当たった瞬間さくさくと肉が分かれていくハリのほうが軽く感じられるせいかもしれない。

 和え物は湯引した針烏賊・塩湯した後叩いたオクラの黄身酢和え。自家製イクラに針柚子と大根おろしをのせたのを和え物とするのはちょっと大層かな?

 旬の無花果は風呂吹き(胡麻味噌和え、とも言える)にするつもりだったけど、読み始めた本に夢中になって、料理するのをすっかり忘れてしまっていた(一人でもなるたけ「コース仕立て」になるように都度立って料理するようにしている)。

某日
 久々の落語会。これまた同僚(タコ男に非ず)の義母が勤めている保育園に、縁あって桂吉弥師匠が毎年来演してくれているらしい。そのお誘いを受けたのである。

 秋気澄明の空の下、朝の爽やかな川風に吹かれながら歩いていくのはまったく気分がいいもの・・・ではあるが、遠い。なにしろ遠い。神戸駅から大阪駅まで。そこから地下鉄御堂筋線に乗り換えて天王寺まで。阿部野橋で今度は近鉄に乗り換えて二十分。羽曳野は駒ヶ谷なる在である。はるばると来にけるものかな。

 道明寺だの土師ノ里だのという天神ゆかりの駅名を見て(道真の菅原氏は元土師氏)、また自分が歩いている道が竹内街道だと知って、歩き甲斐はありましたがね。単なる新興住宅地の白っ茶けた街並みとは厚みが違うのだ(ま、景観はどうってこともなかったのだが)。ここからさらに三駅ほど進めば、当麻寺にも行けるらしい。あのお寺にも、かつてはよく詣でていたものだった。貧乏学生はむろん、帰るさに小粋な料理屋でちょっと一ぱい、なぞというわけには行かず、夕闇濃くなりまさる駅のホームで蕭条たる気分をもてあましていたものだった・・・と感傷に入りかけたころに到着。うーん、さすがに、えーとどういえばいいのか、土地にゆとりがあるところらしくずいぶん贅沢な広さに作った保育園である。

 着いて程なく開演。はじめは弟子の桂弥っこさん。『時うどん』を、かっちり演じる。あとで師匠も言ってたが、聞き手がはらはらしなくていいのは、よい出来だったと言えるだろう。吉弥さんは前半は新作を、中入り後は『天狗裁き』をたっぷりと。表情に愛嬌があって楽しめました。

 終演後、オカミ(同僚の渾名)が近くのラーメン屋に誘ってくれた。こちらがラーメンを余り食べないことは知った上で、「ちょっと変わった店」なので、行きませんか、とのこと。オカミのダンナが高校生の頃にバイトしていた店らしい。特に予定があるわけでもないので、行ってみることにする。

 国道を少し引っ込んだところに、モンゴルの包(パオ)みたいなテントと、藤棚のようなテーブル席がぽつぽつならび、奥に見えるバスかトレーラーの車両みたいな建物が調理場なのであった。おすすめの味噌ラーメンを頼み、すじ肉と手羽先の煮込みをつまみながらビールを呑む。なんでも以前の店舗では汁を残した客が怒られたらしい、とかオカミ自身もダンナとここの亭主と一緒に居酒屋に行ったとき、肘をついてたとかで怒られたという。戦々恐々としながら、煮込みをつつく(甘味が一切なく、好みの味付けだった)。

 ラーメンの味噌には河内特産の白味噌を使用してるんだとか。野菜はどうも店(というか庭というか)のどこかで作っているらしい。茄子(まるまる一本)・間引き菜他とりどりにのっている。こってりしたスープではなく、これもこちらの好み。シメに食っても翌日後悔しないような味といえばいいか。

 とはいえ、ま、次に来るとすれば、来年吉弥師匠の落語会に行く機会があり、かつオカミ(気さくで、ほがらかでいいヤツなのです)が誘ってくれたら、という条件付きになるだろう。たださえ堪え難いこの世にぽとりと生まれ落ちてるというのに、たかだかラーメンごときのことでどこの馬の骨(豚骨かもしれぬ)とも知れぬオッサンに説教を喰らうことはない。あ、言うまでもないことながら、たかがラーメン(あるいは蕎麦)、たかが鮨、たかがフレンチ、たかが懐石、ということであります。

 あっさりしてると感じたものの、さすがに茄子一本も含めて平らげるとずいぶん腹には応えるものだ。当麻寺再訪はおろか、帰りに大阪駅ビル地下でまたもちくっと呑んで行こうという計画すら抛棄して、さっさと帰宅。本厄を迎えてすっかりイケない口になったのか、それともよくせきラーメンというやつとは相性がよくないのか。
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