糸屋の娘は目で殺す お上の文楽は規則で殺す

 忠臣蔵は「独参湯」、つまりどんな時でも必ず効く=当たる狂言とはよく言われること。今ふうの表現ならさしづめドル箱というところ。それがまんざら嘘でもなかったらしいことは、忠臣蔵をネタに取り入れた落語が数多いことからも分かる。


 なにせそれだけでまる一日の落語会が成立してしまうくらいなのである。ところは国立文楽劇場小ホール(二月十三日)。演じますのは、こういう凝った企画にはもってこいという桂文我師匠。


 午前・午後の部に分かれる。演目は次の如し。カッコの中が『仮名手本忠臣蔵』の対応する部分。

《第一部》
○「田舎芝居」(大序)
○「芝居風呂」(二段目)
○「質屋芝居」(三段目)
○「倉丁稚」(四段目)
○「五段目」(五段目)
《第二部》
○「片袖」(六段目)
○「七段目」(七段目)
○「九段目」(九段目)
○「天野屋利兵衛」(十段目)
○「三村次郎左衛門」(十一段目)

 艶噺あり(「天野屋利兵衛」)、講釈ネタあり(「三村次郎左衛門」)で、妍を競うという感じですな。現実には舞台には女っ気は無いわけだが。この他にも、当方が思い出せるやつでも「中村仲蔵」あり「淀五郎」ありで、いかに忠臣蔵という説話が江戸の人々に親しまれ愛されていたかが分かる。

 我が恩師・野口武彦の新刊に『花の忠臣蔵』あり。先生はつとに名著『「源氏物語」を江戸から読む』で「源氏カルチュア」なる呼び方をなさっていたが、それと匹敵するものを日本文学史の上で探すとなれば、忠臣蔵しかない!はずである。

 傍証、というほどでもないが、先に掲げた演題のうち、素人芝居で『忠臣蔵』を出すことになったものの、トラブルが起きて・・・という設定のものがやたらと多いことも「忠臣蔵カルチュア」の存在を裏付けるだろう。「質屋芝居」「蔵丁稚」など、芝居をする(ここは「(金は取らないけど)興行としてする」という意味)と枠は無くても、生活のふとした場面で忠臣蔵の一幕が始まってしまうというネタさえある。そこでは棒手振の喜六や職人の清八が気持ちよさそうに声色をつかい、評判の役者の物まねにうち興じていたことだろう。暢気な時代というのではなく、これこそ贅沢ということである。

 ま、これは裏返せば同じ趣向の噺が続くということで、芝居噺好きにはたまんないところながら、『忠臣蔵』(つまり史実や映画・ドラマではなく歌舞伎乃至浄瑠璃の作品ということ)にある程度親しんでないとしんどかったのではないか。文我さん、『菅原伝授手習鑑』や『一谷嫩軍記』もいつかは通しでやってみたいとおっしゃっていた。演出にひと工夫あったほうがより愉しく聞けると思います、と素人ながらひとこと。

 聞く方でそうなのだから、これだけ立て続けにしゃべりっぱなしというのはずいぶんキツいんだと思う。いくつか人名などトチった箇所はあったものの、さすがに仕方噺のところはたっぷりと見せてくれた。個人的には、やっぱり『蔵丁稚』や『七段目』がいちばん愉しく聞けた。落語だけではなく種々の古典芸能に詳しい文我さんならではの会でした。そうそう、マクラで話していた、「四天王」のエピソード(全員の声色を使いながら)も良かったなあ。先月亡くなったばかりの春團治師匠の稽古のつけ方など、笑いながらも懐かしくて涙がにじんできた(稽古を付けてもらったことがあるわけではない、念の為)。

 ですから会はたいへん結構だったのですが、劇場のやり方がマズい。「公演記録鑑賞会」でも思ったが、開場時間をいたずらに厳密にしてしかもたかだか三階のホールに上るのに階段を使わせず全員をエレベーターで運ぶとはなんという鈍くさい手順であろうか。すし詰めのエレベーターで興を殺がれた客も少なくないと思う。それに幕が開くまで、ロビーでなんやかやとおしゃべりしながら気分を盛り上げていくという愉しみもない。

 また午前と午後の部の間は、三階自体を閉鎖してしまうのである(!)。ロビーでの飲み食いを妨害して下の食堂(はっきり言うが、不味い)に追い込もうという魂胆か、と勘ぐってしまった。客が来ないなら来るように考えなはれ。なにわのド真ん中(と嫌いな言葉を使う)で商いしたはるんでしょうが。

 文楽劇場という小屋自体は、古いものを丁寧に使っているという感じでけっして嫌いではないのだが、こういう運営の仕方を見ていると「やっぱり役人仕事やなあ」と嘆息せざるを得ない。文楽の危機は、演者演目ではなく、こういう搦め手から深刻化していくのではないか。

 もっとも、警備員のオッサンに「なんとかしろ」と食ってかかる客もどこかヘンだと思うが(風体からして狂犬のようであった)。

 もっとも、「公演の都合は知らない。警備上はこれでいいのだ」と答える警備員もどこかヘンだと思うけど。

 殺伐とした話題はこの辺で終える。この日、十一時の開演に、九時過ぎには道頓堀に着いて、周囲をぶらぶら。朝からやってる天丼やで朝飯を食い、これまた朝から開いてる居酒屋でビールを呑む。たっぷり腹に入れといてよかった。第一部の時間が延びて、『たこ梅』にも『今井』にも昼飯を食いに行く時間がなかったのである(セブンイレブンの苺大福ひとつとほうじ茶のみ)。

 夜は西天満まで足を伸ばして(おや、また南奔北走)『飛鳥』なる焼き鳥屋へ。地鶏だけの店。はじけるような砂肝が殊によろしかった。店主夫妻も感じがよい。

 二軒目は別口で大阪に出ていた職場の連中とまたもや駅前ビル地下の立ち飲みで合流。最近神戸で遊んでないな。
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