ほしざかな

 水ぬるむ頃や女のわたし守 蕪村

 という時季なので、三連休の初日、四つある水槽すべての大掃除に取りかかる。

 という予定だったが、当日起きてみるに寒の戻りのような冷え加減。しかし今月はここより他にまとまった休みもないので、水の冷たさを覚悟して決行。

 エライ目にあいました。

 水槽の容量はしめて300リットル。次回のスターターとして若干の「種水」を残すほかはいったん全部くみ出し、ベランダに持ち出して、苔を落とし底砂を洗う。濾過器も掃除する(ホントは同時にしてはいけないのだ。あとで思い知った)。いちばん大きな水槽は一人で動かせないので、バケツで水を汲み込んではまたそれを汲み出すという作業を、水の濁りがなくなるまで繰り返す。そしてもちろん掃除のあとはそれぞれに水を満たさねばならぬ。

 だから、都合少なくとも700リットルぶんの水を上げ下ろししたことになる。かてて加えてこの寒さでございましょ。ベランダに腰をおろし、古歯ブラシやらメラミンスポンジやらで頑固な苔を延々こすっていた結果(無論その間も水はじゃあじゃあ流している)、立ち上がった時に腰も腕も脚も折れ曲がったままで固定されてしまったような具合。一昔前のマンガに出てくる仙人のようじゃわいと呟きつつ、休憩時間なんぞとる余裕もないのでご飯代わりに生姜湯をすすっては作業を続ける。

 それでも午前九時に始めてすべて片付いたのが風もつめたき夕景は六時。この間、魚どもは発泡スチロールの「仮宅」に移転してもらっているわけだが(ヒーターとエアポンプ付き)、そして念の為フタもしてはいたのだが、水替えに大わらわになってるうち、ふと見てみると一匹がわずかな隙間から飛び出して、フローリングの床にぴちっと貼り付いてしまっている。オリジアス・ペクトラリスの長く生きたやつで、尾びれや胸びれが飴色に輝くうつくしい個体だった・・・こちらの不手際は棚にあげ、「みずから死ぬために飛んで出るとは、さても魚鳥のあさましさよ」などと舌打ちひとつ。しかし感傷にふける暇もなく、というのは大水槽のポンプからの水漏れがとまらず、バスタオルをあちこちに敷きまわって悪戦苦闘の最中だったのである。

 ひと騒動のあと、さすがにぐったり。躰も冷え切っている。このままでは風邪か悪くすればインフルエンザの引きなおしである。あわてて熱めの風呂をたて、入浴剤をたっぷりとおごってじっくり浸かる。それにしてもあのオリジアス、可哀相なことをしたな・・・と思った十分後には「次は何を導入すべいか」と思案しているのだから、アクアリストというのは冷酷勝手な種族ではある。

 夕食。新若布といかなご新子の酢の物(オリジアスは入ってない)。かしわ水炊き(白濁したスープで、もも肉と笹身を煮て大根下ろしと醤油、柚子胡椒で食う。鶏肉の他は白葱と焼き豆腐だけ)。新沢庵・白菜朝鮮漬(いつもの白菜漬けから柚子を抜き、薄切りにしたニンニクを入れる)。芯まで疲れていたせいだろう、缶ビール一本と熱燗二合でふらふら。躰がほこほこしたまま、ふとんにもぐり込むやいなや眠りに落ちていた。

 ところが夜のあいだに惨劇は起こっていたのであった。翌朝痛む節々をいたわりつつ居間に出ると、面妖なひとかたまりがカーペットの上に。眼鏡をかけてよくよく見てみると、それは泥鰌が輪っかとなって半ばひからびていたものだった。この方は我が家のいろくずのうち、最長老にあたる。ご老体だけあって水質の変化に堪えきれなかったものか。それにしてもどこから飛び出したんだろうか。

 しばらくじっと見たあと、遺骸を丁重に葬った(今年の夏、ベランダのプランターに栽培する予定の胡瓜に滋養を恵んで下さることであろう)。

 この水槽には次、何を飼おうかしら。

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 最近読んだ本。

○ジョン・コナリー『失われたものたちの本』(田内志文訳、東京創元社
○杉崎鉱司『はじめての言語獲得 普遍文法に基づくアプローチ』(岩波書店
○荻田清『上方落語 流行唄の時代』(和泉書院
小野俊太郎フランケンシュタインの精神史 シェリーから『屍者の帝国』へ』(彩流社
○クリストフ・ヴォルフ『モーツァルト最後の四年 栄光への門出』(磯山雅訳、春秋社)
○『田中久夫歴史民俗学論集5 陰陽師と俗信』(岩田書院
都築響一『圏外編集者』(朝日出版社
○苦楽堂編『次の本へ 続』(苦楽堂)…ある一冊との運命的な出会い、についてはよく語られる。これは署名どおり、そこから「次」に何を読んだか、という切れ味するどい企画。まだ続くらしい。
山田庄一『上方芸能今昔がたり 昭和の舞台覚え書き』(岩波書店)…渡辺保さんといい、関容子さんといい、筆者といい、なんで舞台の見巧者ってこんなに記憶力がいいんだろうな。文章がいいのは、舞台の動きを精細に伝える必要から鍛えられるのだろう、とはわかるけど。
○ヘレン&ウィリアム・バイナム『世界有用植物誌 人類の暮らしを変えた驚異の植物』(栗山節子訳、柊風舎)
○谷川渥『幻想の花園 図説美学特殊講義』(東京書籍)…まえがきに言うほど、「特殊」な「講義」ではなかったのがちと残念。この人には、もっと重厚で濃厚な本書いてほしいなあ。

 今回の収穫は

池澤夏樹『詩のなぐさめ』(岩波書店)…「図書」連載時から読んではいたけど、まとまって読むと消閑の具としての味わいがもっときつく出てよい。堅苦しい詩論ではなく、江戸期に流行した「詩話」の体裁なので、楽な姿勢で詩を愉しめる。でも所々で尖って輝く一片耿々の志も読みどころのひとつ。こういう本はむろん、知らなかった詩や詩人を教えてもらうことが喜びの大きな部分を占める。こちらでいえば池澤さんが旧訳の詩篇の翻訳してらしたとは知らなかったし、また御贔屓ロレンス・ダレルの娘の手になる、母親(ダレルとは十年結婚していた)の伝記があると知ってさっそくAmazonで注文。昨日届いたばかりなので、まだ読み始めたところだが、ヘンリー・ミラーが暴れまくっていた大戦間のパリに、ギリシアの陽に灼けた、才気はじける若きカップルが降り立つ冒頭の場面からしてわくわくさせられる。

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