プロの秋 アマの秋

 松本行史さんの弁当箱を買った。胡桃材、拭漆の三段重ね。少しく贅沢な買い物ながら、丁寧に使えばいくらでももつとのこと。丁寧に使うこととする。中年の弁当としてはやや大ぶりだが、行事ごとやお客をした時のお重に使えそうである。木目の華麗な欅とは異なり、材そのもののマッスが迫ってくる感じ。

某日 リハーサル代わりに、秋の酒肴を盛って浅酌。リハーサルであるからもちろん客は無し。
 盛りたるものは何々ぞ。
○白和え(柿、ひじき)・・・柿は賽の目に切ったあと、ジンに短時間浸けておく。戻したひじきは下煮する。柿から水が出るので、豆腐はよくしぼって使う。
○煮物(栗、かしわのもも)・・・酒をたっぷり使って下煮の後、醤油の香りを立たせて。味醂・砂糖の類は用いない。仕上げに片栗でしっかりめにとろみをつける。菠薐草を湯がいて下地に浸したのを添える。
○さんまともあえ・・・おろした身は砂糖・塩、酢で〆る。わたは叩いたのち、生姜のしぼり汁と醤油でのばす。身を細く切って、同じく刻んだ大葉と和え、最後にわた醤油をからめる。
○黒豆・・・柔らかく湯がいた後、莢に魚醤を塗って軽く炙る。
○柚釜・・・茸(残念ながらマッタケに非ず)と細く刻んだコノコを入れて火に掛ける。
○寄せ揚げ(ごぼう、海老)・・・ごぼうは薄く薄く細く細くこしらえる。水にはさらさない。

 なにせ一人前ずつだから、品数の割に手間のかかること。それでも丹念に盛り付けて燗酒をふくめばそこに楽園が出現する。胡桃はわっさりした質感なので、京料理ふうの繊細な品はしっくりこない気がする(ま、作ろうたって作れやしないのだが)。今日くらいの料理で丁度よろしい。という按配を分かってくれるような人が、お客になってくれたらなあ。


某日 「アードベッグハイボールバー」へ。二週間熟成の山鶉がこの日から提供できると聞いて、前回行った時に早速予約しておいたのだ。
 この日はコースで出してもらった。

アミューズ三種 金柑のコンフィチュールを鴨ロースで包んで・秋刀魚のマリネを黒オリーヴで和えて・猪肉のパテのキッシュ仕立て
○前菜 鮭と牛蒡・・・ちゅう書き方ではフレンチやら粕汁やら分からんわな。鮭はもろみ味噌で軽くマリネしたあと、瞬間スモークでふわっと燻し香をのせる。牛蒡はブイヨンで煮たのと、笹がき風のスライスをぱりっとローストしたのと、ピュレにしたのとの三態。これらをオリーヴオイルを粒々にしたのとヨーグルト、二種のソースで。生鮭が苦手な人間が目を見張った出来だった。この技法は応用できそうですな。
○魚 鱧のパイ包み焼にトランペット(というフランスの茸)を添えて。鱧と茸から採ったソースがよろしい。

 奥さん(バーテン担当)に小声で「繊細な料理ですね」とささやくと、笑って「見た目によらず、と皆さんおっしゃいます」。たしかにシェフ、ドラゴンゲートの試合に出そうな体格だもんなあ。腕なんかそのままオーソブッコになりそうな感じ。

 「あのガタイだから、ものすごいマッチョな方ですよねと人から言われるたびに可笑しくって」。とは如何なる訳で。

 「・・・字は小さいし、お腹は弱いし」。椅子からずっこけそうになってしまった。島田紳助かっ! ともあれ、目をきらきらさせながら飽くことなく食材の魅力を語り続ける前田さんが、わたしは大好きだ。

 とか話してるうちに、真打ちというか大名題というか、本日の秀逸っ。である山鶉が登場。生のポルチーニとフリカッセになった姿はただただ美味そうにしか見えないけど、この店は羽毛付きのまま熟成させているのである。さすがに毛をむしるのは開店までに済ませているけれど、裸にひん剥かれたところから、解体ショーを経て(途中前田シェフの解説が入る。内臓はかなり柔らかくなっているが、心臓と砂肝は原形を留めていた。全身に血と内臓が行き渡って、惚れ惚れするようなボルドーいろになっている)(むろん見たくなければ見なくてよろしいのです)、こうして立派に一皿の料理となって出てくると、なにかこう、歌舞伎の名門に長く仕えた古参の弟子(中村屋の小山三丈とか)が、「坊ちゃん」が子役で初舞台を踏んで以後どんどん腕を上げ、やがては大看板と成ったのを見守ってきたようで、感涙ひとしおというところ、「七草屋っ!」と声を掛けたくなる感じだった。

 うーん、縦から見ても横から見てもこの比喩、ヘンだな。

 血の味がしっかり回った結果、快い苦みと芳しい香りののった肉は、ちょっと真似手のない濃艶な芸風で(まだやっている)、これにくらべれば普通の鶏や鴨なんぞは小便たれの小娘にすぎないと思わせる魅力がある。

 むろん小娘には小娘なりの好さがあるのかもしれませんが・・・鯨馬は熟熟の方を採る。すなわち来月は雷鳥を食べに行く。これは一ヶ月をかけて熟成させるらしく、シェフ曰く「ぼくでも口にした瞬間、『うっ』となるような匂いと苦み」であるらしい。八十越えた名女方に口説かれるようなものか。
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