絶滅系男子

 今にも絶滅しそうな(あるいは既にしている)古風なヤマト男児のことに非ず。塩素系漂白剤を使いまくって菌どもの絶滅にいそしんでいるという意味。

 潔癖というほどでもないけれど、独り身で格別な資産も無い人間にとっては食中毒やら何やらで自分が倒れたら一巻の終わりであるから、梅雨時分から秋が深まるまではやや神経質になる。

 基本は自炊で、「お弁当男子」でもあるから(「子」ではねえわな)、台所は殊に念入りに消毒する。食器でもまな板でもフキンでも、洗い物のたびに浸けてしまう。風呂にも使う。トイレにも使う。クーラーの手入れにも使う。至る所に撒いている。朝から晩まで拭いている。一人暮らしでハイターのデカボトルを使っている人間はそうそういないのではないか。日曜など、念入りに掃除している日は家中にジムのプールみたいな匂いが立ちこめて異様な雰囲気(換気はしています)。

 そのうち塩素耐性を持った菌に進化しないかと、それだけが心配の種であります。

 さて漂白剤にて磨き上げた(?)台所では、今夏は何せオクラと茄子をよう使いました。揚げたり煮たりももちろんするけれど、ペースト状にしたのが旨くて、何度も作った。オクラは湯がいてミキサーに。茄子は焼いてもいいが、皮を剥いて炒めたのをペーストにするとなおよろしい。前者はカツオ出汁で伸ばす(味付けは醤油ではなく面倒でも煎り酒を作っておいて、使うのが合う)。そのまま吸ってもよし、湯がき立ての蛸ぶつにからめてもよし。茄子のペーストは、木耳・豆など精進の和え衣として使うと、茶味のある趣向のひと品になる。もっと手をかけるなら、このペーストに豚挽肉やマッシュルームを混ぜ、大ぶりの茄子を縦割りにして中身を半分ほどくり抜いたのにつめて揚げたり焼いたりする。

 「鰯の皮肉煮」てのも作った(命名鯨馬)。鰯を煮ますね、あの時に醤油を使わず鰯の塩辛で味付けをするのです。当方は金沢は片町の鰯専門店で仕入れたペーストを愛用している。

・・・以上は素人料理。玄人のほうでは、昔の教え子・今友人のユーキと食べた『海月』のお任せと、仕事の山を片付け了えた日に行った『MuogOT』の、やはりこれもお任せ。同じく店に食べに行くならこういう料理でないと!というものでした。

 FBでも載っけたけど、記録としてここに献立を再録しておきましょう。

【海月食堂】
○前菜の盛り合せ・・・鰻と山椒の自家製カッテージチーズ和え(これは中華なのか)が旨かった。
○明石蛸のトマト煮とチーズの春巻
○伊勢海老の豆乳マヨネーズソース
○栄螺の炒め物・・・こりこりとぬるぬると、あっさりと濃厚と、いろんな要素がひと皿に。ユーキ氏もコーフンしたおりました。
○猪とパクチーの自家製ソーセージ
○天然小鯛の茶碗蒸し・・・猪と家鴨の合間にこれを挟むのが献立の緩急。
○家鴨の舌と香味野菜の炒めもの
○伊勢海老の煮込み麺
※一見して分かる通り、酒呑み向けの組み立てである。猪のソーセージや家鴨の舌等、こちらの好物をアクセントに配しているのがじつに心にくい。

【MuogOT】
○鶉のガランティーヌ・・・中にフォアグラとピスタチオ。
○エマルジョン(乳化させたボローニャソーセージ)と酸味を効かせたポテトサラダ
○45種類の野菜を使ったサラダ・・・言うまでもない、MuogOT名物。ひとつひとつローストしたり煮たりしているので、最後まで飽きずに食べられる。またそれを、あのデカい前田シェフが背を屈めてちまちまちまちまと盛り付けているかと思うと余計に愛おしい。ふと思ったのだが、肉より魚より、野菜こそが一等食感にかけては豊かな素材なのではないか。
○本日のシャルキュトリ・・・豚ロースの生ハム。豚は結局あぶらが一番ウマい。いい肉を丁寧に仕上げてるから、口に入れたときのぺちゃんと貼り付くその猥褻な感覚がたまらんのです。
○椎茸のソテー・・・もちろんこの店のことだから、たっぷり肉やらハムやらのダシを吸わせて焼いている。
○「豚丼です」・・・と言って前田さんが出してきた。はて、こちらの炭水化物ぎらいはご存じでしょうに・・・と怪訝に思ってシェフの表情を伺うに、目に悪戯めいた光が。米粒型のパスタをリゾット風に炊いて(ベースはコンソメ)、上から豚のソテーでくるんだ日料理なのであった。
○神戸牛ブリスケの煮込み・・・上等のスープで低温で24時間煮込んだのだという。あぶらの軽いこと。そしてまた、低温だから肉質のしっとりした風合いの具合のよいこと。
※前田シェフと会うのは久々。ということで、藤岡マスターが気を利かせてくれたのか、「本日は前田スペシャルでお出しします」という趣向だった。

 自分の好みを知悉してくれている店はいいもんですな。あとは腰掛け割烹でこういうとこがあればいいのだが。

 


 今月は盆休みも関係なく仕事を片付けていたので、あんまり読めていない中からの報告。
○エルネスト・グラッシ『形象の力 合理的言語の無力』(原研二訳、白水社)・・・高山宏セレクション「異貌の人文学」叢書の一冊。よっ、高山宏
○西野順也『火の科学 エネルギー・神・鉄から錬金術まで』(築地書館
○香田芳樹『魂深き人びと  西欧中世からの反骨精神』(叢書魂の脱植民地化、青灯社)
佐藤亜紀『スウィングしなけりゃ意味がない』(KADOKAWA)・・・結局今新刊出るたびに読む唯一の日本の小説家となった。
○宮内泰之監修『里山さんぽ図鑑』(成美堂出版)・・・里山を散歩なんぞしている閑暇の無い人間は、寝酒をちびちびやりながら、植物の写真を眺めていい気持ちになる、という使い方をする。
杉浦日向子『江戸の旅人 書国漫遊』(河出書房新社)・・・書評集。全体にどこかせわしなげな口調が切ない。
フレデリック・ケック『流感世界 パンデミックは神話か?』(人類学の転回叢書小林徹訳、水声社
西南学院大学聖書植物園書籍・出版委員会編『聖書植物園図鑑 聖書で出会った植物たちと、出会う。』(丸善出版発売)・・・イスラエルを散歩なんぞしている閑暇の無い人間は、寝酒をちびちびやりながら、植物の写真を眺めていい気持ちになる、という使い方をする。
○ジャン=クロストフ・ビュイッソン、ジャン・セヴィリア編『王妃たちの最期の日々 上下』(原書房)・・・ヨーロッパだと、王妃も遠慮会釈なくギャクサツされてしまうのだなあ。
○気賀澤保規『則天武后』(講談社学術文庫)・・・上記の本を読んだ後に読むと感慨ひとしお。歴史学者がこーゆー書き方して大丈夫ですか?と他人の頭痛を疝気に病みたくなるほど面白い。でもやっぱり、書名は『武則天皇帝(女帝)』のほうが良かったと思うな。
○アイリアノス『動物奇譚集1』(西洋古典叢書、中務哲郎訳、京都大学学術出版会)・・・ベッドにひっくり返って、適当にあちこちを拾い読みするのに最適な本。大学出版会らしからぬ瀟洒な装幀。