夜泳ぐ

 須磨水族園の夜間営業へ。平日を狙っていったので、人は予想どおり少なめ。ゆっくり見て回った。アクアリウムの権威・中村元氏のように「この水族館の特質は・・・」なんぞと語る資格は無いけれど、ここは展示の方法やキャプションの文章が、巫山戯すぎず、かといって堅苦しくもなく、いい按配だと思う。もっとも説明を丁寧に読んで、魚介どもを心を込めて眺めている殊勝なやつなど、見回す限りでは居りません。いずこも同じスマホの撮影大会である。オバハン(乃至バアサン)三人が高価そうなカメラで海月をパシャパシャやって、なかなか水槽の前をどかないのには閉口。後でお互いの写真を見せ合って喜ぶのだろうか。ご同慶の至りと申すほか無なし。

 うっとりと眺めていると、「あっ、ここにショータの好きなシノノメサカタザメおるよー」と叫ぶ若い母親がいてずっこけた。最近シノノメサカタザメが流行りなのか。たしかに優美で魅力的な魚だが。

 「スマスイ60周年」の歩みの展示なぞを観ているうちにイルカショーが始まったらしく、館内から一気に人気が無くなる。当方はここを先途とお目当ての水槽を巡って歩くわけです。御年四十(!)歳にあらせられるガーの正面からのあくび顔や肺魚の呼吸の瞬間、もつれあったままひたすらじーっとしているオオアナコンダなど、存分に愉しんで園を後にした。もしわたくしに八百億円の宝くじが当たったならば、一日、当然夜も含めて水族園を借り切るであろう、と思った。

 周囲にもう少し食べるところがあるといいんだけど(友人が教えてくれた蕎麦屋はしまっておりました)。

 さて、八月最後の読書録。火星が飛ぼうがイルカが跳ねようが、本は読み続ける。と偉そうにいう量でもないが。


○武田尚子『ミルクと日本人』(中公新書)・・・初期の頃、お相撲さんが宣伝役に使われてたというのが可笑しい。
森まゆみ『暗い時代の人々』(亜紀書房)・・・文体が何だか強張っているように思うのは僻目か。題材ゆえに、というのではなく読むのがしんどかった。
○橋本毅彦『図説科学史入門』(ちくま新書
○大浦康介編『日本の文学理論 アンソロジー』(水声社)・・・結果的にはほとんど読んだことのある文章だった。それはともかく、詩論の部で、担当者(若い研究者)が「近代日本の詩論は《いい詩とは何か》に傾くきらいがある」ということを書いていた。「純粋に」詩の本質を追究する論考が無いということなのだろうが(明らかにそれを残念がる口ぶり)、世間(ここでは文学の現場という意味です)知らずの学者馬鹿の「研究論文」ならともかくも、詩人や(詩の分かる)批評家が書く文章に「詩はどうあるべきか」という問いの含まれないはずがなかろうが。当方が思いつく限りで、一等「純粋に」詩の本質を考究したのはエミール・シュタイガーだと思うが(『詩学の根本概念』)、そのシュタイガーにしたって、訳者の高橋英夫の表現では「ポレミック」な姿勢が明白なのだ。文学部無用論の喧しいご時世、こういう太平楽に接すると「結構なお道楽で」と言いたくなる。
四方田犬彦『漫画のすごい思想』(潮出版社)・・・時折「よっ!」と声を掛けたくなる名文句は出てくるものの(「つげ義春を論じる者はつげ義春を読まない者である」)、全体としては達者すぎる、ほとんどいかがわしいくらい達者な分析。この無表情さは何かのレトリックなのだろうか。
○ヴァーツラフ・フサ編著『中世仕事図絵 ヨーロッパ、「働く人びと」の原風景』(藤井真生訳、八坂書房)・・・以前紹介した、グレゴリウス山田氏の『ハローワーク』に刺戟されて読んだ本。中世ヨーロッパ(ただし資料はボヘミア周辺に限定)の人間にとって労働が神聖なものであったことがよく分かる。労働は呪いと考えている人間にとっては新鮮な驚き。
菊池良生『ドイツ三00諸侯 一千年の興亡』(河出書房新社)・・・高校で世界史を教わった時、神聖ローマ帝国の扱いがどうにも不得要領で困った覚えがある。今以てよく分からない。何故分からないかが、この本でよく分かった。こんな滅茶苦茶な「帝国」(なんと厳粛かつ滑稽で愛嬌のある帝国であることか)を教科書的に整理して叙述できるはずがない。著者の文章、かなり張り扇調が強く、そもそも日本語として意味の通じがたい箇所も散見されるが、ともかくエピソードの宝庫。
○『中井久夫 精神科医のことばと作法』(KAWADE夢ムック 文藝別冊)・・・随分前に拙ブログで、中井久夫先生=ルネサンス期のジグナトロギー(表徴術)の導師という見立てを披露したことがあった。この一冊を読み終えて、自分の直観が誤っていなかったことを喜ぶ。
スティーヴン・ミルハウザー『木に登る王 三つの中篇小説』(柴田元幸訳、白水社)・・・ドン・ファンを主人公にした一篇がいい。快楽の都ヴェネツィアで、女たちがあまりにたやすく誘惑され征服されることに倦んだドン・ファンが同地で知り合った英国人の邸宅に赴く。そこには当主の妻とその妹がいて・・・。途中、フォースターを連想させるような描写もあり、いろんな愉しみ方が出来る小説集です。
橋本治橋爪大三郎『だめだし日本語論』(atプラス叢書、太田出版)・・・当方、橋本治の本は出る度に読んでいるから、橋爪氏が橋本治を褒めあげるのは嬉しく読むのだが、全体を通してなんだか橋爪氏、タイコモチのようでもあり道化でもあり、なんだか可笑しくて仕方なかった。最近、この方、いささか軽量級の仕事が多いんちゃうかしら。