肉名月

 名月の夜、大学の後輩で連句の連衆でもある里女さんの誘いで焼肉へ。風雅にシマチョウを炙り、優美にハラミを噛みしめたりする。酒の途中で店の外に出て空を仰ぐと、主役は真っ白に照り映えておりました。ビルの合間の明月(と書きたい)には独特の風情があって、これはこれでいいもんですね。


 名月や腥(なまぐさ)き話の出る気配   碧村


 新聞書評欄の下に、『丸山健二全集』の広告が出ていた。全100巻というのも尋常ではないが、「全巻書き下ろし」とあるのに目を剥いた。旧作全てに手を入れるということだろうか。小説家として健全な情熱かどうかは分からないが、とんでもないことが始まった、という気がする。

 なんだか、今回は新聞書評で取り上げられた本が多い。以前は大新聞なぞより小回りがきくこちらこそが先手を打ってやる、と意気込んでいたものだが(しかし何の「先手」だというのだ)、今やそうした衒気(覇気)も無し。坦々と記す。

○玉置標本『捕まえて、食べる』(新潮社)・・・巫山戯てんだか真面目なんだか。ま、ともあれホンオフェ(発酵させたエイの刺身)まで作るのはすごい。
○アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ『場面設定類語辞典』(滝本杏奈訳、フィルムアート社)・・・これも初めはシニカルなジョークだろうと思っていたところ、どうもそうでもないようなので、気味悪くなる。ま、読む方は冗談と思って読み飛ばせばいいのですけど。アメリカの風俗研究としての価値の方が高いのではないか。
○槇佐知子『「医心方」事始 日本最古の医学全書』(藤原書店)・・・言うまでもない、『医心方』全訳(これぞ偉業!)を成し遂げた著者による入門編。
○ステーィヴン・キング『死の舞踏 恐怖についての10章』(安野玲訳、ちくま文庫)・・・単行本は出た時に読んだ。文庫版には長大な序文が付き、さらに翻訳・映画・ヴィデオの「書誌」情報も充実している。キングはこういう時、実に健全に思考をすすめる(先輩同僚の作家たちに手紙を出して、直接疑問点を質したりしている)。それがまたキング一流の無愛想な文体で書かれるのだから、なにかこう、嬉しくなってしまうんですな。「よ、百鬼屋!」と声を掛けたくなる。
野口冨士男『感触的昭和文壇史』(講談社文芸文庫)・・・素人にとっては面白い読み物であるが、これもキング著同様、一行辺りの、というか行間の情報量がすごいんだろうな。風呂でちびちび読み進めている。
小笠原豊樹訳『プレヴェール詩集』(岩波文庫)・・・解説を谷川俊太郎が書いている。ナルホド。
小林信彦『わがクラシック・スターたち』(文藝春秋)・・・「本音を申せば」シリーズ最新刊。いやあ、文章枯れたなあ。それでいてひとり合点なとこは全然消えてないのが偉い。言うまでもなくこれは褒めているのです。
古井由吉楽天の日々』(キノブックス)・・・古井さんの文体も老来益々古井節。どことなく不気味なユーモアが随所で噴出する。
冨田恭彦『カント哲学の奇妙な歪み 『純粋理性批判』を読む』(岩波現代全書)・・・『純粋理性批判』を読む必要が出来した。カッコよく「十年ぶりに読み返す必要が・・・」と書きたい所だが、字義通りの「積んどく」。で、竹田青嗣さんの『超解読!はじめてのカント『純粋理性批判』』(講談社現代新書、こちらは再読。おっそろしく明快に全篇を「解読」しています)を地図代わりに、それに新しい副読本として選んだのがこの本。「物自体」のアイデアがどこから来たのか?など、がっちがちに見えるカント哲学の中の「遊び」を衝いていく。重箱の隅をつついてるんではなく、そこに新たな問題を発掘し、提示してくれている。
福田和也『鏡花、水上、万太郎』(キノブックス)・・・久々の文芸批評なのだそうな。ふうん。
合田正人『入門ユダヤ思想』(ちくま新書)・・・ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、という読後感。ちぎられているのは主題。
○栗山善四郎『江戸料理大全   将軍も愛した当代一の老舗料亭300年受け継がれる八百善の献立、調理技術から歴史まで』(誠文堂新光社)・・・何度も書いているが、屈指の政治都市だった以上、京都より大坂よりも江戸のほうが正餐に当たる料理は進化していたはずである。それと、後発都市ならではの野鄙な部分(「いき」とはそれへの居直り以外の何物と言えるか)との奇妙な混合が、おそらく「江戸料理」固有の魅力である。この本で改めてそれを実感した。素材・調理法・盛り付け・器の趣味、全部を引っくるめて「京料理」でも「茶懐石」でもない江戸料理らしさがある。刺戟された向きは、臨川書店から翻刻で出ている『料理通』(江戸時代の八百善主人が執筆した献立&レシピ集)に就いて見られるべし。鯨馬も一度拙宅にて「素人包丁・江戸料理の会」をしようと真剣に考えている。

 大物二点は「見逃し」。アンガス・フレッチャーの『アレゴリー』(白水社)と西田耕三『啓蒙の江戸』(ぺりかん社)である。飲み歩いてるバヤイではありません。

 

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