カブトガニとわたし〜備後・播州の旅(一)〜

 久々の旅ながら、行き先は金沢ではなかった。嫌いになったのでも飽きたのでもなく、何にも考えずひたすらぼーっとするには、取り立てて観光名所や馴染みの店がない街の方が都合がよかった。

 と書いた後で所期するところは充分達せられたと続けると、なんだか行ったとこの悪口みたいになりますが、ま、過疎ブログのことゆえお目こぼしを。

 前日少々過ごしてしまったので、薄曇りの頭のまま取りあえず西向きの新幹線に乗る。何時何分に乗って、何分に乗り換えて何時に到着、なんて動き方をしないのが今回の趣旨。

 岡山で降りる。前日、バンブー竹中さんに市内の鮨やをいくつか教えて頂いていたが、宿酔でもあり予約もとっておらず、この日は断念。明日時間がとれたら行ってみよう。

 かといってエビメシだのママカリ鮨だの「おぉ、岡山」的なのも気が進まない。結局は駅ナカのうらびれた(と見えたが、これは昼の時分どき、他に誰も客がいなかった為)立ち飲み屋でビール。冷や奴に魚すり身のカツ、こんにゃくと大根のおでんでさらりとゆく。

 徒然たる表情の客と、ご同様の表情の店員とが何となく会話を始める。笠岡で一泊すると聞いたおねえさん、一瞬顔がこわばったのを鯨馬は見逃しませんでした。

 ―カブトガニ博物館があります。……外に恐竜公園もあるし、夏休みの土日とかには家族連れとかには人気あるみたいですね。

 この「とか」の使いぶりが愉快である。

 ―土日とかでもない日に、四十がらみの男がヒトリで行く、とかならどうなるんだろうか。
 ―……よほどカブトガニが好きな方なんだろうな、と思われるでしょうね。

 二人して、もへへへへ。と笑う。

 岡山から笠岡へは各駅停車でことことと。駅ビルのスーパーで缶ビールに空豆でも買っていこうかしらんと思っていたが、やめといて良かった。高校生はじめ、地元の方々でほぼ満席という混み具合であった。

 笠岡。うーん、理想的に何も無い。取りあえずホテルに荷物を置きに行く。駅からホテルまでかなり距離がある上に、間にトンネルも挟まり、しかも蒸し暑い。ホテルに着く頃には既にへばりきっていて、カブトガニ博物館へはタクシーで行くことにした。酔狂というか風狂というか癲狂というか。

 カブトガニ博物館。うーん、理想的に何も無い。いや、博物館前には立ち飲み屋ねえさんご高教のままに、とりどりの恐竜たちが、それはそれはしづかにしづかにたたずんでおりました。

 予想はしていたけれど、客は当方唯一人。中傷してるんではなく、水棲生物好きには願ってもない状況。愉しみつつ丁寧に見て回りましたが、そして地元の方々の保護にかける熱意には敬服しましたが、しかしねえ、ひっくり返って脚をもぞもぞさせている恰好、実にどうも、地球侵略にいらした方々としか思えない。ほぼ確実だと思うのだが、あの悪夢の天才ギーガーはどこかでこの節足動物を目にして多大なインスピレーションを得たはずである。

 ひとつ勉強したこと。カブトガニの血液が海水中の毒素の有無を調べる有効な試薬になってるんですと。かなりの量を「献血」してもぴんしゃんしてるんだそうな。なんとなく可笑しい話である。天然記念物になってもまだまだ働かねばいかんのですな。

 暗くて静かで涼しい館内にいたためか、だいぶ恢復してきたので、帰りは海沿いの道を歩いて戻ることにする。その前に博物館裏の堤防を下りて、しばし散策。細かい石組みのそこここに潮だまりが出来ている。

 おこうこの一切れでもあったら一升は呑める、なんて言い方に倣えば、潮だまり一つで小半時は遊べる、という感じ。小魚や蟹やヤドカリや貝やイソギンチャクやらの生命が洗面器ほどの小天地で蠢動しているのを眺めていると、ふうっと気が遠くなる感覚に襲われる。恍惚とはこのことか。とはいえ、イソギンチャクに一々ふうっと気を遠くしていてはいつまで経ってもホテルにたどり着けない。

 陽射しはきつく道のりは遠かったが(四十分はかかったか)、地元の中学生がそこここで釣り糸を垂れたり水遊びをしたりしてるのはいかにものどかな眺めで、さほど退屈もせずに歩き通すことが出来た。

 ホテルでシャワーを浴び、短い仮眠。夕食の前に少しは笠岡の町も見て回るつもりで早めにホテルを出る。駅を降りた時の感想はさほど外れていなかった。それでも住宅地の真ん中に突如(という感じで)出現する多宝塔や銀杏の巨木、また石造りのモダンなデザインのパン屋とそれにつづくこれはまたえらく古風な町屋造りの並ぶ商店街など、半時ほどの散策には丁度良い。

 晩飯は町中で(国道沿いのチェーン系を除けば)ほぼ唯一開けているのでは、と思われる居酒屋。よく入っていたが、観光客はこちらだけで後は地元の人ばかりだった。

 「取りあえず一通りお出ししましょうか」の「一通り」は以下の如し。
○先付け…鱧の湯ぶきと海老の麹漬(この麹漬が、甘くなくて酒の肴にすこぶる宜しい)○造り…鯛・烏賊・真魚鰹(しゃっきり、しっとり、さっくりという食感の違いがまた愉しい)
○地蛸のマリネ
○ねぶとの唐揚げ…縦縞模様の小魚。他愛もないといえば他愛ないが、ほけーっとビールを呑みながらつまむのに最適。
○鱧の小鍋
メバルの煮付け…尤物はこれ。丸々肥えたのがでん、と皿にのっている。味付けも甘くなく、酒呑みには向いている。店の人が目を丸くするほど綺麗に身を余さず平らげました。

 地酒を置いている店で(特に岡山・広島というわけではないらしい)、魚がいいとなればこれで鯨馬が終われる訳も無く、この後蛸ぶつと貝の煮たのと、岩海苔と魚の入った雑炊を頼む。

 仕事やら天下国家やらのことを何にも考えないための旅だから、ほけーっと冷酒を呑んでいると、聞くともなしに周りの客の会話が耳に入ってくる。とりわけ愉快だったのは四人連れのオッサンたちで、これがエロ話や自慢話ならうんざりするところだが、オッサンどもは、先ほどまでチヌ釣りの仕掛けで盛り上がっていたと思えばにわかに話題を転じて、こともあろうに今度来たらしい神父の人柄月旦に移る。おまけに「司教様の服の着こなし」にまで至る。この聖俗の落差というか、いや結局は俗の俗なる辺りを周回しているような気もするが、ともあれいわゆる「オヤジ」連中とはえらく趣の異なる話ばかりで、最後にはなんだか神仙傳中の四人の酒宴に陪席しているような気がしてきた…のはさすがにこっちも酒が回ってきたのであろう。

 それにしても、酒をあれだけ呑んであれだけ食ってあの値段というのは、一体どういう仕掛けだったのだろうか(はじめ「料理を一万くらいで」と頼むと、「とてもそんなには無理」と断られたのだった)。そう言えば(というほどのつながりはない)カブトガニは食うならどのように料理すべきか。やはりあの泥臭さ(と思う)をどう抜くかが決め手だろうな…などと考えつつホテルに戻る。夜風が心地よい。ホテル近くにはその名も「のみやタウン」なるビルがあったのだが、一顧だにせず(いや一顧はした)セブンイレブンでかき氷とコーヒーを買って帰ったのは進歩したのか、退化したのか。(この項つづく)


ギーガーゑがく
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