鶏の叫ぶ夜

 『いたぎ家』アニーにお誘い頂いて、アニーヨメー、タク、そして木下ご夫妻(当方同様『いたぎ家』の客)の六名で一日滋賀に遊ぶ。前回の滋賀遊びから二年経っている(拙ブログ「KG制覇計畫・其ノ壱」)。天気・気温・湿度申し分なし。

 

 

 手始めに浜大津駅の朝市。そこそこの人出。鯨馬は大好物の鮒寿司と新茶、ちりめん山椒を買った。朝宮茶のかたぎ古香園は以前から関心があったので、嬉しかった。

 

 

 煌めく湖面にはしかしすぐお別れして、向かったのは甲賀は土山の安井酒造場。『いたぎ家』ではお馴染み『初桜』の蔵元である。土山は東海道四十九番の宿場。蔵の前の道が旧街道筋で、向かいの建物はかつて旅籠だったそうな。ちなみに酒造場の周囲には茶畑が広がってまことに長閑な風情。それにしても茶畑に包囲される酒蔵というのも乙なものである。

 

 

  酒醸す家つゝみけり茶のかほり  碧村

 

 

 安井酒造場は小さな蔵で、御夫婦二人で実質切り盛りしているようである(ラベルの達筆は書道教授である奥様が書いたものだそう)。この日もだから、日曜日のお宅にお邪魔して話を伺ったという雰囲気だった。御主人が独特のユーモア感覚を発揮しながら懇切に説明して下さる。仕込み水(こちらは全て井戸水)、タンクの管理(昨冬は低温が続いて、温度調整に苦労したとのこと)、麹・・・そう、麹室にも案内して頂いた。鯨馬は初めて。節の無い杉板が整然と組まれた室内はそれだけでも充分見る価値があると思った。アニーと道々話したことですが、酒造というのはえらく金がかかるものですな。豪農という層でなきゃ手が出せない事業だったに違いない。かつては酒屋すなわち素封家を意味していたのも当然である。

 

 

 蔵そして搾りの木槽の見学の後は試飲。八種類を振る舞って下さった。造りや搾りの過程の説明を聞くと味の違いが判然とする(気がする)。「中汲み」というのがまことに宜しい。先ほどの鮒寿司・ちりめん山椒を取り出したくなったが、そして安井さんは快く許してくれそうな気もしたが、ここで神輿を据える訳にはいかない。お暇して次の目的地へ。

 

 

 清酒試飲のあとにパン屋訪問とは、茶畑に囲繞される酒蔵と同じくらい酔狂というか、自民党員でありながらスターリン主義者というか(これはいそうですな)、この石窯焼きのパン工房がまた、メガソーラーの立ち並ぶ岡の上にぽつんと一軒だけというごく風流な立地であって、森閑としてるんだろうとばかり思っていたら、我々が買っているあいだにも次から次へと客が来て、あっという間に売り切れたのにはおどろいた。SNSのちから、おそるべし。このヨーロッパの田舎家風の店(兼住宅)は店主が自分で建てたものときいて更にびっくりする。※ひまわりの種入りライ麦パン、旨かったです。

 

 

 そう教えてくれたのは永源寺の名物酒店『大桝屋』御主人。『いたぎ家』の仕入れ先のひとつ。お仕事中、案内してくださったのである。パン工房の次には、『ヒトミワイナリー』へ。ま、ここは広く知られているし、前回の滋賀遊びの折にも立ち寄ったところだが、さすがは酒屋店主、試飲コーナーで担当の女性にスマートに声をかけてあれこれ出させる。ちょっと面白い白ワインもあったが、買うかと言われれば、『大桝屋』で滋賀酒を探したい、というところ。

 

 

 というわけで、「ウチなんか来なくていいのに」と仰るのを押して『大桝屋』へ。色んな蔵元のを揃えているだけでなく、同じ銘柄で熟成させてみたりと色々工夫のある酒屋であって、御主人はカタギにはとても見えない相貌ながら、おっとりした近江訛りで懇切に説明してくれる。アニーは相談しながら店の仕入れをしておった。鯨馬も試飲のご相伴に与って、一本購う。

 

 

 夕食前に、野菜の直売所に立ち寄る。ヤーコンだのジャイアントレモンだの(なんやねんそれ)訣の分からぬ連中よりは、三ツ葉や芹を並べなさいよ!とぶつくさ言いつつ、ここで買ったのはクレソンと葱、豌豆、それに味噌。

 

 

 さて夕食。無類の愛鳥家たる木下夫妻(トリ肉に目が無い、という意味です)が来ているのだから、当然トリ。そして近江でトリといえば『穏座』・・・『かしわの川中』がやってる地鶏料理の名店である。「有名だけど、それだけのことはあるの?」との声に、木下ダンナの一言がふるっていた。「後悔はさせません」。こう聞かされると、否が応でも気分が盛り上がりますな。食事前に、『川中』に寄って銘々、お土産用に鶏肉を買う。ここの名物である淡海地鶏は売り切れ、近江シャモの盛り合わせを買う。スーパーのブロイラーの値段と比較しても、ずいぶん安い、と思う。何故か。店のすぐ裏には小屋が並んで、時折コケエェッと鳴き声が上がる、という仕組み。そして『穏座』は『川中』の隣なんだから、これ以上の〝地産地消〟は無いというもの。

 

 

 木下夫妻が選んでくれたのは塩焼きコース(他にすき焼き等もあり、全部同じ値段)。鳥は近江シャモのメス。この塩焼きも嘆賞すべきものだったが、殊に、このメンが先ほど時をつくっていたやつの嫁ハンであって、ここに来るに当たってはひとしきり愁嘆場があったのだろうと想像すると尚更味わいを増すけれど、それはともあれ、初めに出た造り、それも白肝の素晴らしさには度肝を抜かれた。キモを喰ってキモを抜かれたのでは締まりの無い次第であるが、信じられないような尤物なのである。色は白よりもむしろ黄色に近く、噛むとそこらの焼き鳥屋で「白肝」と称するのとは違って、水っぽさが全く無い(タクの見立てでは、脱水シートで水分を抜いているのではないか、とのこと)。味は、鯨馬の筆ではとても形容の仕様がない。上質のバターをふわっと固めたとでも言おうか。でもウシではなくトリであるから、バターほどしつこくはなく、といってやはり臓物だから単なるアブラよりはこくがあってしかも清麗優雅。なにか夢のような食べ物である。ひと切れ食べて目を丸くし(何度食べても目が丸くなる)、一分ほど経つと「なんだったのだろうか、あれは」という思いに駆られて次のひと切れにまた箸をのばすことになる。すなわちこれ桃源郷

 

 

 「後悔させない」木下ダンナも木下ヨメも、憑かれた如くに肝をほおばる我らを見てにこにこしていた。いや実際になにかの魔術がかけられてたに違いない。炭水化物を口にしない鯨馬が、この日は(しかも夜に!しかも酒のあとに!)卵かけ飯まで堪能したのでありますから。

 

 

 極上の「大人のピクニック」でした。誘ってくれたアニー、ずっと運転手をつとめてくれた木下さん、そして安井さん・大桝屋さん、それに近江シャモのよめはん、どうも有難うございました。

 

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