素人包丁~ひとり月見の巻

 親譲りといふのでもない偏窟で小供の時から損ばかりしてゐる。わざわざ前夜に観月料理をつくって見ようと思いついたのもそのせい。

 

 別に損はしてないか。日本の料理はなんといっても季感が要なのだから、そして月と花とは風物のなかの両横綱といってもいいものなのだから、膳組をかんがえるのには恰好の日なのだった。

 

 旧暦では仲秋。「冷ややか」なんて季語もあるが、実際には少し歩くと汗ばむほど。しかしまあ、この夏の暑さは異常だったから、このくらいの気温でも例年よりむしろ秋の到来が実感できる、とも言える。主題は《侘びた風情》としましょう。茶事では十一月がワビサビ懐石の時候に当たるが、それのはやどりと参ります。

 

 献立は以下の如し。

 

○膾・・・鯖のきずし。鯛や鰹を用いないのがワビサビなのである。今回も野崎洋光さんのやり方に倣って、まず砂糖で〆る(水分だけを抜く)、その後で塩をする。これだと魚の肌が荒れずに綺麗に仕上がる。つまは茗荷と胡瓜の細打ち。すり生姜と山葵大根で食べる。今回はミツカンの「山吹」なる粕酢を使用。色同様に、ずいぶん旨味のつよい酢だった。翌々日の弁当は鯖の棒寿司で決まり(なんで翌々日かというと、一日かけて鯖と飯とを熟らすのです)。

○椀・・・鱧と松茸。どこがワビサビやねん。どう見ても秋のお椀の王道ではないか。という良心(?)の批難も聞こえてはいたのだが、膾で鯖を使った以上、船場汁にも出来ないし(これこそ侘びた風情の最たるものなのだけど)、精進の組合せは思いつかないし・・・と苦渋の決断だったのです。鱧は定石のままに、丁寧に葛粉をまぶし、塩湯で湯がいておく。松茸は蒸し焼きにして裂く。出汁は羅臼昆布と本枯節の一番出汁。それに鱧のアラからとった出汁を合わせる。あまりにも旨味が強いから、水でのばして丁度良い。味付けは淡口醤油すら不要なくらい(塩をぱらっ、と程度)。松茸はメキシコ産にして八百五十円也。メキシカンなマッタケてゆーのもどうなんだろう(京は嵯峨野名産のチリソースと言うが如し)と思いつつも、岩手産二万七千円なんぞという方々には手が出るはずもなく、淡路の鱧とメヒコの松茸、というよう分からん大一番で椀をこしらえたのだった。マッタケの香りはしたか、と問いなさるか。ええ、それはしましたとも。少なくとも上方噺『百年目』で、閉め切った遊山船で花見に出かけた芸者が言うような、「へえ、なんや咲いてるようなカザがしました」というくらいには。

 頑張って稼いで、岩手でも広島でも京都産でもむしゃむしゃ食い倒すような身分になろう、と固く決意する。

 あ、吸口は柚子(元町ファーム)。まだ青いぶん、香りが高い。上にオクラを刻んでゆがいたのを留める。

○焼物・・・これも鴨の鍬焼きやら甘鯛の若狭焼きでは豪奢に過ぎる、ということで蛤の松前焼き。殻から外した身を、酒で湿した昆布の上で焼く。味付け不要。酢橘を滴滴とたらす。

○炊合・・・新小芋・蓮根・茄子・万願寺・胡麻入り生麩。蓮根は加賀のもの。茄子は色よく仕上げるには一度揚げるのがよいけど、とにもかくにもワビサビゆえ、所々皮をむいたあと、胡麻油をさっと塗って、グリルで焼き目をつける。仕上げはむろん新柚子の皮をおろしかける。我ながら上出来。

○八寸(もどき)・・・正格の茶料理だったら、焼き目をつけた栗(山)と蟹の子の塩辛(海)とでもする所。これではあんまり愛想がないので、山=栗と柿の辛子和え、海=蟹の菊膾とした。

山=少し前に思いついて、一度作ってみたかった(本で読んだのではないと思う)。栗は渋皮までとって湯がく。多少身割れしても構いません。むしろその方が風情がでる。柿は角に切ってちょっぴりの味醂を掛け回しておく。甘味を殺すために味醂にはリキュールのビターズ(なけりゃチンザノでも)をしのばしておく。衣は白和えと基本同じ。水切りした木綿豆腐をよくよく擂って、淡口と酒で調味、辛子を加える。ワビサビのため、黒胡麻も少し入れて擂った。

海=蟹は渡り蟹。蒸し上げて、身をほぐす。わたの部分は別にして、それだけで食べる。菊は八戸の市場で求めた菊海苔を使った。ゆがいたあとさっと冷水にさらす。柚子をしぼったのに淡口と昆布出汁を混ぜる。蟹と菊は出会いのものですな。瀟洒な肴となりました。

○酒肴(飯は食わないから、どうせ皆酒肴なのだが)・・・蟹みそ、鮒寿司、からすみの粕漬け(『播州地酒ひの』から買ったのを漬けた)

○香の物・・・花丸胡瓜のぬか漬け、茗荷の梅酢漬け、ひね沢庵(かなり塩をきかせて漬けたので、九月まででも充分保つ)

 

 一応は懐石仕立てだったので、「幻の地酒」てな感じは合わんかと思い、酒は萬歳楽のひやおろしと、菊正の特別純米(これは燗酒用)。六時頃から作り始め、ちびちびやっているうちに十二時を越えていたことに気づき、慌てる。そういや肝腎のお月様を見てない。ベランダに出てみると、今宵の主役は雲の波間を漂いながら、それでも澄み照っておりました。

 

 菊なます輪廻の果てのけふの月   碧村

 

 

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