片月見

 「災害並みの猛暑」だって冷房の効いた部屋でソファに寝っ転がってりゃ本は読めるし、厳冬といえども床暖房に寝っ転がって(どのみち寝転ぶ)読書するのはむしろならではの愉悦。

 

 だから灯火親しむなんて他人行儀な口実を作らなくてもいつだって本は読めるのである・・・なんて憎まれ口をきく必要はなくて、やっぱり秋はよいですな。十一月から事情で日曜は出勤となったが、まあそこは忙中閑ありの心持ちでゆこう。

 

 では十月の本。

 

筒井功『賤民と差別の起源 イチからエタへ』(河出書房新社

筒井功『村の奇譚 里の遺風』(河出書房新社)・・・著者は三角寛のサンカ「研究」が純然たる創作だと実証した在野の研究家。手弁当であちこちを調査して回る情熱がすごい。後の本ではその成果がふんだんに紹介されていて、ミツクリという《漂泊の民》が平成の世にもまだ残っていることに驚愕。モトデのかかった本である。

南條竹則『英語とは何か』(集英社インターナショナル新書)・・・南條さんもこういうのを書くのか、といささか憮然として手に取ったが、諄々と、冷静に現代における英語の位置を説いていて、ナルホドと思った。先入観はよろしくないな。

安村敏信『江戸絵画の非常識 近世絵画の定説をくつがえす』(「日本文化私の最新講義」、敬文舎)

○前田専學『インド的思考』(春秋社)・・・素人にも分かりやすいインド思想の見取り図。

小野俊太郎ハムレットと海賊 海洋国家イギリスのシェイクスピア』(松柏社

川本三郎『「それでもなお」の文学』(春秋社)・・・あまりにノンシャランな語り口に怯むのはこちらが円熟には程遠いからか。

釈徹宗『落語に花咲く仏教 宗教と芸能は共振する』(朝日選書)・・・関山和夫のあと、この方面の研究がどうなってたのか分からなかったので、面白く読んだ。レトリック研究の面から見て真宗の節談説経は興味深い。

池内恵シーア派スンニ派 中東大混迷を解く』(新潮選書)・・・なんでもかんでも宗派の対立に還元してはいけない、という警告の後に、しかし宗派の問題の根深さも解かれる。この著者の二枚腰に注目。

○デヴェンドラ・P・ヴァーマ『ゴシックの炎 イギリスにおけるゴシック小説の歴史  その起源、開花、崩壊と影響の残滓』(大場厚志他訳、松柏社)・・・これだけ懇切な副題あるから内容紹介はもうよろしか。啓蒙時代に抑圧されたヌミノーゼ(“神秘的な感じ”)への希求がゴシック小説を生んだ、とするテーゼは特に奇とするに足らず。ただ、ラドクリフ夫人やウォルポールとルイスの作の肌合いの違いを説くところに価値あり。大学院の時、別のゴシック小説研究書の読書会をしてたことを思い出す。

橋本治『落語世界文学全集 おいぼれハムレット』(河出書房新社)・・・橋本ファンとしてはも少し食い足りない。バーレスクを得手としてないのかな。

酒井健『ゴシックとは何か 大聖堂の精神史』(ちくま学芸文庫)・・・明晰な本。あとがきにケン・フォレットにはまっていたと書いているのが嬉しい。

○大庭公『江戸団扇』(中公文庫)

○オルトゥタイ『ハンガリー民話集』(徳永康元他訳、岩波文庫)・・・この「民話」シリーズ、ロシアもイタリアのも愛読してますが、出来ればインドネシアとかモンゴルとかも欲しい。

○薄井恭一『随筆味めぐり』(柴田書店

○アニエス・ジアール『愛の日本史 創世神話から現代の寓話まで』(谷川渥訳、国書刊行会

渡辺京二『私の世界文学案内 物語の隠れた小径へ』(ちくま学芸文庫)・・・骨太の文章で、作品の真髄をぐいぐい描き出す(無論著者の意見に賛成するかどうかは別)。たとえばこれだけ簡潔な『戦争と平和』論は他にないのではないか。

○ギャヴィン・フランシス『人体の冒険者たち 解剖図に描ききれないからだの話』(鎌田彷月訳、みすず書房)・・・頭の先から足の裏まで。医者として世界中を駆け巡ってきた著者がケッタイな・哀切な・悲惨な・滑稽なエピソードを才筆で紹介する。なかなかの書き手、と見た。

○溝井裕一『水族館の文化史 ひと・動物・モノがおりなす魔術的世界』(勉誠出版)・・・19世紀までの話はアクアリストでなくとも無条件に愉しめる。ただ水族館の現況となると・・・。環境保護活動というのがどうにもブルジョワ趣味に思えて仕方が無い。

○三枝聖『虫から死亡推定時刻はわかるのか?法昆虫学の話』(築地書館)・・・個々のエピソードよりも、自虐ネタがあちこちで噴出する文章の方を愉しめる本。

ミルチャ・エリアーデポルトガル日記』(奥田倫明他訳、作品社)・・・今月の白眉か。第二次世界大戦前夜の世界。成心ない読者から見て、エリアーデは明らかに躁状態にある。繰り返し自作の小説がいかに素晴らしいか、延々語られる。その一方で愛妻の死に直面して、極端に塞ぎ込む日々の記述が続く。人間的悲惨。またもう一つの読みどころは当時のルーマニアが抱えていた複雑怪奇な政情である。周到な解説が備わっているのでその背景もよく分かる。

ギドン・クレーメルクレーメル青春譜 二つの世界の間で』(臼井伸二訳、アルファベータ)

○黒川正剛『魔女・怪物・天変地異  近代的精神はどこから生まれたか』(筑摩選書)

○高橋義人『悪魔の神話学』(岩波書店

○『ブルクハルト文化史講演集』(新井靖一訳、筑摩書房)・・・碩学の閑談、という趣(でも内容は充実している)。面白かったので、『ギリシア文化史』も買ってしまった。Amazon恐るべし。

岡田喜秋『定本 日本の秘境』(ヤマケイ文庫)

○石川理夫『温泉の日本史 記紀の古湯、武将の隠し湯、温泉番付』(中公新書

 

 なお、この項を書いてる最中に、津軽出身の作家長部日出雄氏逝去の報を知った(十八日永眠)。こちらが青森を旅していた日で有る。氏の故郷である弘前への見参はまだ叶っていないが、津軽の風土から生い育ったと思われる独特の幻想性を持った、個性的な小説家の死を悼む。

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