北へ南へ

【北篇】
 草津のビストロ『ロンロヌマン』さん、と書いたのではいかにも他人行儀の感じがする。前田卓也シェフのファンとしては「前ちゃんの店」という認識。今回も堪能しました。

○前菜1:野菜三種。①マッシュルームのサラダ・・・キノコは生。チーズとヴィネガーで和え、さらにグリュイエールをふんだんにかけている。なのに味の軽さが「おっ」という感じ。②キャベツのサラダ二種・・・紫の方はヴィネグレット、白い方はクミン風味。どちらも混ぜてあるハムやサラミを噛み当てるとき、じわーっと幸せを感じる。
○前菜2:ハムエッグ(!)。ちゃんとメニューにもおすすめ印が付いておる。ハムと卵の上にはサマートリュフをふんだんにあしらって。黄身に切れ目を入れ、ハムにたっぷりまぶし、サマートリュフをのっけて口に運ぶと、思わずニタニタしてしまう。シェフは「ソーセージの嫌いなヒトとは友達になりたくありません」という名言の主であるが、その彼に「ハムエッグを食べて嬉しくならないヤツも人間としてどうかと思うね」などとコメント。目下アンチ炭水化物キャンペーン絶賛実施中ながら、「お大師様、どうかお目こぼしを」と唱えつつ、パンのおかわりをもらって黄身もあぶらも残さずさらってしまう。
○前菜3:ハム類の盛り合わせ。シャルキュトリに力を入れてる店だから、主菜としてもいいくらいの充実ぶり。①ロースハム:これが本日の秀逸。柔媚にまとわりつく感触がこたえられない。②モルタデッラ:薔薇いろのレースのような切り口。ロースの、官能中枢に直接ひざげりしてくるような艶っぽい味より、もう少し花やか。③パストラミ:味がくどくて今までもひとつ好きになれなかったパストラミがしっとりと品のいい香りに仕上がっていることに驚く。
 ハム・ソーセージは言ってみれば、肉の塩干モノなわけで、乾物が大好物の鯨馬が、こういった肴で白葡萄酒(ブルゴーニュのラ・ロッシュ・ヴィニューズ2015)を愉しむのはまことに筋が通っている。
○主菜:近江シャモの煮込み・・・「せっかく滋賀に店を作ったのだし」、と仕入れはあの『かしわの川中』さんから。値は相当張るが、「スープののびが違う」のだそうな。ここの肉を買ったこともあるし、直営『穏座』で食べたこともあるから、そうだろうそうだろう、と首肯できる。実際、とろとろに煮込まれた皮の部分とダシをバターライスにまぶして頬張ると、炭水化物断ちをしてるかどうかに関係なく、なんとなく甘美な罪悪感をおぼえてしまう味だった。お大師様の他にもお祖師様観音様お不動様などご一統にお許しを乞いつつ綺麗に平らげる。

 食事の成功は、味は無論のこととして会話が愉しいがどうかに大きく依拠する。そして実際ここまでシェフ、ソムリエールの奥様と三人たいがいわあわあやってはいたのだが、いかんせん草津より神戸に戻らねばならぬ身とて、今回はここでお開き。

 しかし考えればなにも家に戻らねばならぬことなどないのである(危険思想でしょうか)。これも前田さんお得意の、そして鯨馬の酷愛する野鳥がこの冬には登場するらしいから、是非とも草津駅前のホテルに泊まり、もっと時間をかけてジビエ血と骨髄をすすりまくり、旨い葡萄酒を味わい、もっとわあわあ談笑せねばならぬ。
※前田シェフのジビエ料理に関しては、拙ブログ「プロの秋、アマの秋」「年の瀬に怒る」「鶉が叫んで冬が来る」も併せ読んでいただければ幸甚です。

【南篇】 
 草津の翌々日には、『ピエール』ご夫妻のお招きを受けて淡路へ。昼日なかからの宴会、バーベキュー、花火、朝からカレー、海水浴、ともう間然するところなき「夏合宿」でありました。同行の皆様も大好きな方々で、やっぱり始終わあわあ騒いでいたのでありました。四十路も半ばを越えて、こういいう遊びがあろうとは。
 あと、澄み切った淡路の海もよかったなあ。海水に浮かんでぽけーっと朝の月をながめていると、涙がでちゃう。くらいに幸福だった。

 駄句ひとつ。
山百合にささやく少年の日の秘密  碧村

 夏はおわった。