えびす冷え

 とは題してみたものの、それにしても本当に暖かい冬である。来月、八戸のえんぶり(豊年祈願の祭り)に行くのだが、小雪舞うなかを各組が一斉に摺る(えんぶりでは踊るとは言わない)壮麗な眺めが見られるかどうか、ちょっと不安。まあしかし、雪があってもなくても、愛する八戸にまた行けるだけでジンジンしびれるくらい幸福なのだけど。

吉田修一『国宝』(朝日新聞出版)……遅ればせながら。最後の設定があっ。と言わせる。
チェスタトン『求む、有能でない人』(阿部薫訳、国書刊行会)……チェスタトンのこういう小品集はもっと出て欲しい。
東海林さだお『ひとりメシの極意』(朝日新聞出版)……対談相手の太田某(居酒屋の通なのだそうだ)の俗っぽいこと。東海林さんのあの気韻あふるる文章一度も読んだことないのかしら。
○柿木伸之『ヴァルター・ベンヤミン 闇を歩く批評』(岩波新書)……とくに言うことなし。
○ダニエル・カルダー『独裁者はこんな本を書いていた』上下(黒木章人訳、原書房)……本書を読んだ限りでの印象で言うと、ヒトラーがいちばん無教養な気がする。それにしても筆者の文章が騒々しくて、というのは独裁者の本なんて価値が無いという地点からの裁断になっているのでなんだか逆に鼻白む。たとえばスターリンが恐るべき読書家だった事実を丁寧に分析することから本当のコワサが見えてくるのではないか。
○松原国師ホモセクシャルの世界史』(作品社)……これ読むと、なんだかホモセクシャルの方がノーマルであるように思えてきますなあ。
○ルイ・クペールス『オランダの文豪が見た大正の日本』(國森由美子訳、作品社)……ここに見える「近代日本」批判をオリエンタリズムの一言で葬り去るのはアホにでも出来る。でも問題はなにも解かれていないのである。
○竹内誠・深井雅海『論集 大奥人物研究』(東京堂出版)……大奥のこういったモノグラフィーは今までなかったのでは。前から興味を持っている女性についての論文もあり、面白く一読。
○柞刈湯葉田中達之横浜駅SF』(KADOKAWA)……ワンアイデアストーリーを徹底させたところが凄い。
○『人気の中国料理』(旭屋出版)
○玉木俊明『逆転のイギリス史 衰退しない国家』(日本経済新聞出版社)……経済史の研究を丁寧に踏まえているので、一般書ながら示唆に富む。副題はちと喧しい。
○マッシモ・ピリウーチ『迷いを断つためのストア哲学』(月沢李歌子訳、早川書房)……一度書いたことだが、これからの哲学(として世間が受け容れるもの)はグランドストーリーをしつこく語るヘーゲルか、個人の安心立命を解くストア哲学かに収斂していくのではないか。
山尾悠子・中川多理『小鳥たち』(ステュディオ・パラボリカ)……山尾悠子の文章の玲瓏は今更言うまでもなし。人形どもの妖しいうつくしさに一驚する。ぜひ個展なぞ見に行きたいものである。
○大谷栄一『日蓮主義とはなんだったのか 近代日本の思想水脈』(講談社)……同テーマの本はいくつもあるが、本書が現時点では最も克明なモノグラフだろう。王法仏法の「冥合」、仏国土建設を説く日蓮の思想がある種の国家主義をインスパイアするのは分かりやすい。そうした、いわば躁病的日蓮主義よりも、粘液質的な浄土真宗的エトスが戦前の軍国主義とどう符合していた(乃至していなかった)かの方が鯨馬は気になる。政治思想史の研究者がそのテーマで一冊書いていたがてんでダメな本だった。誰か書いてくれい。
石川直樹『国東半島』『まれびと』……世界中を経巡ってきた写真家が、日本の風土をどう見つめたか。今度は一周回って、その眼でまた世界を見直したとき、どのようなヴィジョンが立ち上がるのか。
○近藤好和『天皇の装束』(中公新書
○クロード・ルクトゥ『北欧とゲルマンの神話事典』(篠田知和基訳、原書房
○J.M.クッツェー『続・世界文学論集』(田尻芳樹訳、みすず書房
飯田隆『日本語と論理』(NHK出版)
正岡容『月夜に傘をさした話』(幻戯書房)……『正岡容集覧』とは正反対の、とはつまりモダニストとしての正岡容像構築を狙った編集。
○陶山昇平『薔薇戦争』(イースト・プレス
○吉江久弥『西鶴全句集』(笠間書院)……俳諧西鶴、ぶっ飛んでるなあ。宛然モダニズム
○三浦佑之『出雲神話論』(講談社
伊藤之雄大隈重信』上下(中公新書
ウンベルト・エーコウンベルト・エーコの世界文明講義』(和田忠彦他訳、河出書房新社)……今回の一冊はこれ。ミラノで行われた連続講義。美について、また醜について、見えないものについて等々エーコが語る、語る、語る。悠揚せまらざる調子はさすが。博識については言うまでもない。聖トマスとジョディ・フォスターを並べたり、チェ・ゲバラの例のイメージ(Tシャツに使われるやつ)を中世ラテン文学のトポスに結びつけたり、といった論じ方は、なまなかな書き手だと「いっしょけんめいやったはるわねえ」という感じになるのだが、エーコだとごく自然に話が流れていくのだ。合掌。

 

小鳥たち

小鳥たち

 

 

ウンベルト・エーコの世界文明講義

ウンベルト・エーコの世界文明講義