鬼が笑う門~八戸えんぶり紀行(1)~

 乗り継ぎが綺麗に決まって八戸の中心街に着いたのはちょうど時分どき。目当てにしていた天ぷらやは「土曜のランチはやってないんです」とのこと。まあ三泊するんだから一回くらいはこういうこともあるわな。次回の楽しみとしておきましょう。近くのレストランに入り、刺身定食と烏賊の天ぷらでビールを呑む。

 雪は期待していなかったけれど、それにしても温かい。えんぶりの日はどうなることやら。ともあれ荷物をホテルで預けて、小中野にあるギャラリーへ向かった。

 『すぐそばふるさと』というサイトがある。地元八戸へのしたたるような愛情が伝わる写真が素晴らしく、あと鯨馬としてはとりわけ文章の好もしいのに興味を惹かれ、インスタグラムを通じて管理人のmamoさんと一度やり取りをした。その方のえんぶり写真展が開催中、そして本日はギャラリーにいらっしゃるとのことなのである。

 薪ストーブが燃える感じのいいギャラリーの二階に上がると、客はみなmamoさんと顔見知りらしく、南部ことばが賑やかに飛び交っている。間をそっと縫うようにして写真を見て回った。写ってる皆さんの表情がじつにいい。無論それだけえんぶりに真摯に向き合ってる気組みが表れているに違いないが、その一瞬をとらえた方もまた同じくらいえんぶりを大事になさっていることが伝わってくる。

 会話が収まったところでmamoさんにご挨拶。文は人なり。ふうわり周りを温かくするようなお人柄。えんぶりに参加するこどもたちがmamoさんを見かけると(上方風に言えば)いちびってくるのがよく分かる。今回はお仕事で参加出来ないとか。身不肖ながら双魚亭鯨馬、代わりにしっかと見届けて参ります。

 しかしまだ時間はたっぷりある。帰り道、「新むつ旅館」を見物した。元遊郭の建物だそうで、帰ってから調べたところ、中の造りがむやみと立派で堅牢らしい。次回はぜひ入るべし。

 もう一つ立ち寄ったのはラピアというショッピングモール。みろく横丁や根城といった所謂観光名所よりもこうした地元の人向けの施設にこそその街の気分はよく出ていると考えているからでもあるし、それよりも何よりもともかく八戸のものが好きなんですよあたしゃ。

 しかしやはりここには来てよかった。スーパーに瞠目したのである。いや、入ってるのは長崎屋なのだが、鮮魚売り場がすさまじい(少なくとも神戸の住民には)。大きなホッキ貝もなめたがれいも生にしんも「白サイベカレイ」も(しかし何でしょうか、これは)ホタテもクリガニも全部百円です、百円。今日びコーヒーかて百円玉では買えませんで。次回は(それにしても「次回」が多い旅だ)ホテルではなく、料理が出来るところに宿を取るべし。

 夢見心地のままチェックインを済ませ、ホテル内の温泉に入って写真の印象を反芻し、部屋で一眠りするともう夕食の時間。待ちわびた夕食でもあり、しかし「ああもう半日も経ってしまった」という嘆きもあり。我ながらなんとも落ち着かぬ気分でロー丁へ。

 「咳をしても一人」の鯨馬としてはごく珍しいことに、この旅は御同行あり。禄仙夫妻である(仮名)。夫は同僚であり、夫婦ともども呑み友達であるという関係(前の週にも拙宅で三人あんこう鍋をつついた)。当方が二言目には八戸八戸という熱に多少感化された気味合いあり。こうして感染者をどんどん増やしていかねばならぬ(時節柄不適切な表現があったことをおわびします)。

 店は鷹匠アレイ奥の『鬼門』。なんともおそろしげな名前だが、店のたたずまいは間違いない!という雰囲気で、でもやっぱり場所が場所だけに「一升呑んで一人」の鉄面皮人間でも些かためらうところあって、今回は衆を恃んで予約してみた。

 狭くて、ごちゃごちゃしていて、あったかくて堪らない雰囲気である。盛岡で友人に会ってきた禄仙夫妻も「これはすでにいい店の手応え」とほくほく顔。実際、菜の花と白魚(小川原湖産)とめかぶのお通しからして上塩梅だった。早々にビールから酒に切り替える。あとは思い出すままに並べていけば・・・
*〆鯖・・・定番ながら威風堂々のあぶら。
*北寄貝(つくり)・・・舌下腺がキュッと痛くなるような貝独特の濃厚なうまみ。
*煮魚(なめたがれい)・・・これが尤物。関西では誰も好んで煮魚などたのまないが、鯨馬は八戸の煮魚が滅法うまいことを知っている。夫妻も目を丸くしながらつついていた。「まあ八戸ではこれが普通なんだよねえ」と先達風を吹かす快感といったらない。
*きく・・・鱈の白子。最近はどこの居酒屋でも出すが、それだけにこの旨さはなんぞやと一同のけぞる。周りのぬるぬるしたところが新鮮さの証なんでしょうな。それにしてもこれは旨かった。

 三人でコーフンしながら呑んでおりますと、店の方が「ここらへんもいいよ」と出してくれたのが「ざるめこぶ」。ざるの目みたいに穴が開いてるからだそう。若布と昆布の合いの子のような食感・香りで、すっきりした八戸の地酒によく合います。

 終盤ぽい空気を見計らって出てきたのが吸い物。椀いっぱいに小さい帆立が盛り上がっている。味はなんというか極上の海水という感じで、野趣あふれるようで洗練の極み。本当にこういう味の海があるならば、ひとつ鯖や烏賊になって存分に味わいながら泳ぎ回りたいものである。

 勘定がまた安かった。動揺するくらい安い。次回(またしても)はここで腰を据えねばならぬ。というのは、禄仙子の奥様が仕事の関係で明日帰らねばならず、だから今晩はなるべく色んな店に連れて行きたかったのである。

 というわけで二軒目は「カレーもいいけどおせちもね」「変化球もいいけど直球もね」とみろく横丁は『海の幸美味』へ。相変わらず強烈なオバサマのしゃべくりにあっぷあっぷしながら(でもだいぶ南部ことばが聞き取れるようになった気がする!)、ここでは鮫、ホヤ、アカハタモチ(海藻の練り物)などで呑み続ける。さっ、三軒目だよ!という頃には面妖なことに二人ともくたあーっとのびはてているのでありました。

 「先達」は当然のごとくご帰館とは相成りませず、そこからみろくの別の店で煮込み等を食い、『蜘蛛の糸』の美人ママに久闊を叙し、『太助』の蕎麦をたぐって更けゆく八戸の夜を満喫。

 さ、明日もまたストレートど真ん中に八食センターであります。