うににまみれるうりに淫する~コロナに抗して孤独旅②~

 前日の夜においたしなかった(ちょっとだけした)功徳で、朝早くから目覚める。これ幸いと市バスに飛び乗って陸奥湊駅へ。陸奥湊の朝といえば『みなと食堂』。あまりに有名すぎる店なので実は今まで敬して遠ざけていた。店前に行列が出来ているのも気ぶっせいでしてね。この日も行列があればやめておくつもりだった。

朝食その① 平目漬け丼・・・いちばんの名物。飯の上に切り身がびっしり。真ん中には卵黄。魚の色はうっすら染まっているくらいなのに、口にするとしっかり味が付いているのが不思議。半分はそのままで、もう半分は卵黄をまぶしながらかき込む。よくぞ瑞穂の国に生まれける。
朝食その② 生海胆丼・・・朝飯のお代わり、それもコメの飯をお代わりするなぞ、普段の食生活からすれば異常であるが、この季節に八戸に来た上からは、これくらいせねばならんのだ(さすがに飯は減らしてもらいましたが)。後半は何故か目をつぶって食べてしまう。よくぞ瑞穂の国に生まれける。

 毒食らわば皿まで。海胆食らわばトゲまで。二度あることは三度ある。その②があるなら③もある。「余はこの時すでに常態を失しなつてゐる」(『倫敦塔』)。

 倫敦塔をさまよう夏目漱石のごとく、余の足はいつのまにか駅前の市場へと向かっていたのであった。

朝食その③・・・気がつけば余の前には焼き海胆、〆鯖、筋子、焼き鰈、漬け物、メカブの汁が並んでいるのであった。丼飯を取らずに缶ビール及び冷酒としたところに、いくばくかの理性を見て取って頂きたい(冷酒の二杯目にはそこはかとない狂気を感じて頂きたい)。

 中心街に戻った時点でまだ8時半過ぎ。時間に余裕があるので、櫛引八幡宮方面のバスに乗ってみた。市街からかなり離れた場所なので、これまで行けなかったのだ。

 mamoさん曰く、「霊媒師の友人が言うには『あそこはホンモノ』」。生来不敏にしてホンモノ/ニセモノの別は分からぬながら、森厳な空気と深い杉木立は結構なものでありました。

 再び中心街に戻って、銭湯で汗を流すと、不思議なものですねえ、何故かもう昼飯の時分どきになっているのですねえ。

 というわけで。

昼食  ロー丁(鷹匠小路)『ぼてじゅう』・・・立派な作りの鮨や。ここでもやっぱり海胆を頼む。大盛りでお願いします。ビールは早々に切り上げて、冷酒をくいくいやる。海鞘もお願いします。あ、鮑も。これで八戸夏の三人衆は制覇せり。

 中略して晩飯。といっても略するほどのこともなくて、百貨店の食料品売り場と本屋を何軒か回ってホテルでうとうとしたら、もうそういう時間だったのだ。不思議と食慾があるのは要するにとち狂っていたということであろう。

 お目当ての『鬼門』も『南部もぐり』も一杯だったので、居酒屋系は諦めて少し気取ったような店に入る。ここでは、

夜①・・・生海胆、船冷鯖刺し、糠塚胡瓜、なめた鰈煮付け

 しかし海胆も銀鯖もここでは実は当て馬的な役回りなのであった。本命は糠塚胡瓜。初めて食ったときに驚倒した覚えがあり、これが品書きにある店を探し歩いた挙げ句の再開である。

 いわゆる胡瓜の1.5倍ほどの太さ。皮はむいて供する。ワタをとるとメロン顔負けの涼やかな香りがよろしく、取らずに出せば高雅な苦みを楽しめる。いずれにせよ、シャクシャクとパリパリの中間のような食感は凡俗の胡瓜には真似手のないもので、味噌を付けてかじっているといつまでも酔わずに呑めるという気持ちになってくる(←すでに酔っている)。八戸でもごく限られた地域でしか採れないのだそうな。これはいつまでもそうあって欲しいもの。

夜②・・・なので、八戸では毎回訪れるおでんや『蜘蛛の糸』でもこれがあったのに驚喜する。冷酒もいいが、麦焼酎オンザロックスなぞにも抜群に合う。もっとも胡瓜にコーフンしていると、横のお客さんが出前で取ったから、とパスタを分けて下さった。海胆のクリームパスタである。なんだか胡瓜にうつつをぬかしているのに、海胆氏がヤキモチをやいて押しかけてきたような按配であった。

夜③・・・八戸の夜はこの日まで。種差海岸の風景をぼんやり思い出しながら、みろく横丁で「としろ」(鮑の内臓の塩辛)をなめつつ、三たび糠塚胡瓜。「もうこのシーズンは海胆はいいかな」などつぶやきつつ。

※翌日の八食センターでは性懲りもなく生海胆をいちまいぺろりと平らげておりましたが。