加賀を夢見る

 東京方面と外国からの観光客で殷賑を極める金沢に足を向けることが少なくなった。大好きな町が熱鬧の巷と化したのは見るにしのびない。それでも、というよりだからこそ、お茶を啜ったり布団にもぐりこんだりしぼんやりしてると、長町を流れるせせらぎの音や貧血したような陽に鈍く輝く土塀の色の記憶がプルーストよろしく噴き上がってきて、どうにも遣る瀬ない気分になることがある。


 記憶とはつまるところ言葉なのだから、暴れ奔る思いを馴致するには金沢を叙した文章を読むという方策がありうる。そして鏡花にしても犀星にしても、故郷に対して錯節する感情を抱え続けた書き手だったから、こちらの蟠りを解きほぐすにはまことに都合がいい。


 そして風土の個性は食において最も明瞭に出るのだから、加賀の山海の幸を憑代として祀ることで荒ぶる心を宥め鎮めよう。簡単にいえば、金沢の伝統食を自宅で再現して堪能しようというわけで、ここら辺からいつもの当ブログらしくなってくる。


 蕪ずし、治部煮に鯛の唐蒸し。もちろんいずれも名品で、ことによく出来た蕪ずしで一ぱいやる(この時は冷やがよい)のはこたえられません。だけどこの組合せでは着いたばかりの旅行客が駅前の食堂でメシ喰ってるみたいでぞっとしない。鯨馬個人の趣味としてももう少しクラシックな風情を大事にしたい。具体的にいうと、出来れば近代以前の金沢の料理にできうる限り近づいていきたい。


 何か参考書は無いかと探していたところ、偶然図書館で見かけた一冊をきっかけに、次々と文献が集まってきた。この、本は本を呼ぶという現象、面白いですね。面白がってるからどんどん書庫が窮屈になっていくのだが。


 まずは現時点で入手できた書目を掲げます。

(1)陶智子『加賀百万石の味文化』(集英社新書) ※図書館で見かけたのはこれ。
(2)陶智子・綿貫豊昭『包丁侍舟木伝内 加賀百万石のお抱え料理人』(平凡社
(3)大友信子他編『加賀藩料理人舟木伝内編著集』(桂書房)
(4)陶智子・綿貫豊昭他編著『〈加賀料理〉考』(桂書房)
(5)青木悦子『金沢・加賀・能登・四季の郷土料理』(北國新聞社出版局)
(6)『日本の食生活全集17 石川の食事』(農山漁村文化協会)※5と6は元々持っていた。現代の料理を主として取り上げているから、この二冊はまあ、サブテキストというところ。

 3のあとがきで、舟木伝内の他の著述や他の加賀藩料理人の書き物も翻刻し、いずれは加賀料理の大事典を編みたいとあったけれど、これは諸々の事情で実現できないみたいですね。じつに残念。それでもこれだけ参考文献が集まるというのは、さすが百万石の貫禄というところか。


 で、この後は最近読んだ本。エッ、再現した加賀料理の記事はどうなるの?と怒る方もいらっしゃるかもしれませんが、まだまだ読み込む必要もあるし段取りもあるしこちらも色々あって忙しいのよ。今回は、ま、所信表明というココロ。まるでお通しにお猪口一ぱいだけで店から「もう看板です」といわれるようなものだが(いってるのはこちらなわけだが)、春が闌けないうちには報告できるでしょう。遅まきの雛まつり料理くらいの按配で。

鶴岡真弓・松村一男『図説ケルトの歴史  文化・美術・神話をよむ』(ふくろうの本、河出書房新社)・・・別のケルト史を読んだ時にも浪漫主義的なケルト観(「薄明の神話的世界」的な)が厳しく斥けられていた。この本でもそう。充分に理由のあることなのだけど、ちょっと淋しい。
○加藤博二『森林官が語る山の不思議』(河出書房新社
○ジョゼフ・ミッチェル『港の底』(上野元美訳、柏書房)・・・充実した短篇集。
○中村るい『ギリシャ美術史入門』(三元社)
白柳秀湖『親分子分〔侠客〕の盛衰史 町奴・火消・札差=旦那・博徒=義賊』(義と仁叢書8、国書刊行会)・・・それにしてもなんちう叢書だ。
○船木亨『現代思想史入門』(ちくま新書
平野重光竹内栖鳳 芸苑余話』(京都新聞社
オクタビオ・パス『孤独の迷宮 メキシコの文化と歴史』(高山智博他訳、叢書ウニベルシタス、法政大学出版局
池内紀『散歩本を散歩する』(交通新聞社
に教えられたのが、
○ニコラ・ブーヴィエ『ブーヴィエの世界』(高山啓編訳、みすず書房)・・・これは今回の秀逸。大出来。チャトウィンに並ぶ紀行作家と称されるのも頷ける。これは全著作からエッセンスを集めた抄訳だが、絶対全集出しても売れますよ。出してくれよう、みすずさん。
東浩紀監修『現代日本の批評 1975~2001』(講談社)・・・内容はどうでもいいが、座談会の出席者同士で「あずまん」とか呼ぶのはよしてくれよ。呑んでた酒が途端にマズくなったではないか。金返せ。
○信原信幸編『心の哲学  新時代の心の科学をめぐる哲学の問い』(新曜社
ニキータ・ブロットマン『刑務所の読書クラブ  教授が囚人たちと10の古典文学を読んだら』(川添節子訳、原書房)・・・囚人たち(殺人犯も含まれる)に読ませるのに、『変身』や『ジキルとハイド』や『ロリータ』を選ぶっちゅうのもどうかと思ったが、でもまあ、俺が著者の立場でも『自負と偏見』や『晩夏』や『フィネガンズ・ウェイク』を選ぶ勇気はないわな、と思い直す。最後、出所した元囚人たちに会いに行くと、みな読書になんか見向きもしなくなってたというオチが付く。逆にいえば塀の中はそれだけ暇を持て余すものなのだろう。「本を読んでる時間などないわ!」とぼやいてるあなた、入獄されることをおすすめします。
山川静夫山川静夫文楽思い出ばなし』(岩波書店
○古畑徹『渤海国とは何か(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館
飯倉洋一校訂代表『前期読本怪談集』(江戸怪談文芸名作選、国書刊行会)・・・怪談だがちっとも怖くない(それを言うなら近世の怪談本はどれもちっとも怖くない。随筆・聞き書きに出て来る事件記事のほうが余程コワイ)。それが妙に面白いというのが不思議。江戸の連中、どういうつもりでこういう類いの本読んでたんだろうか。
○髙島和哉『ベンサムの言語論 功利主義プラグマティズム』(慶應義塾大学出版会)
○マイケル・ディラン・フォスター『日本妖怪考  百鬼夜行から水木しげるまで』(廣田龍平訳、森話社
○デヴィッド・コンクリン『コンクリンさん、大江戸を食べつくす』(仁木めぐみ訳、亜紀書房)・・・人形町界隈に住みたくなった。上方でこういう、とはつまり昔の風情と人気(じんき)を残しつつ、都心にもほど近く、近所で一通りの買い物が出来る町ってどこになるのか。京都だろうか、やっぱし。
○秋山總『天才と凡才の時代 ルネサンス芸術家奇譚』(芸術新聞社)

 

 

 

ブーヴィエの世界

ブーヴィエの世界

 

 

【ランキングに参加しています。下記バナーをぽちっ。とクリックしていただけると嬉しう存じます!!】

 

<a href=にほんブログ村 料理ブログ 一人暮らし料理へ

にほんブログ村 グルメブログへにほんブログ村 グルメブログ 食べ歩き飲み歩きへ

にほんブログ村 本ブログへ にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ