春落ち着かぬころにもあるかな

 新居への移転から始めたブログであるのだから、退去のことはやはり書いておくべきだろう。

 売却から転居に至った経緯については憮然とさせられることいささかならず(借金で夜逃げしたわけではありません)。まあ、しかし自分の持ち物に我と処分を下した訳だから、これ以上はふれない。

 モノを蒐める性分ではないのに、十年住んだらそれなりに増えるもの。購入希望の声を聞いてから実際の引越まで一月と少しあったけれど、すぐに業者を決めて荷造りを始めた。独り身で仕事をしながら一三〇箱ぶんの本と家財道具を整理しようとすれば、毎日少しずつハコを作っていくほかない。帰宅してシャワーを浴び、サントリーの角をぐびぐびやって(ハイボールに非ず)、一冊一冊ホコリを払って、全集や単行本のハコをつぶし(かさばるから)、ああそうそう、段ボールを箱にしてそこに封入する作業を続けていると、あっという間に鬱になりますよ。よくいうように、整理中に本やノートを読み返しては甘酸っぱいだかほろ苦いだかの追憶にふけっていたらまた別かもしれませんが、読書をなによりの道楽としている人間が本を単なるモノとしてのみ扱うのは大概苦痛なる経験である。どうでしょう、プーチンさん、反体制派のインテリを潰すのにこの刑罰を取り入れてはいかがか。

 片付けつつ、「我ながらいい立地、いい間取りのマンションを買ったものだなあ」と思ったぐらいだから、買い主の方がたいへん感じのいい方(鯨馬と比べるとスッポンの見上げる月くらいに上品な御夫婦)だったのは本当に嬉しかった。また奥様がごく近くの出身ということで、ひとしきり近辺の話に花が咲いたことだった。

 あまりにも本が多いので、前日に一台分積み込みしておくという段取りだったのだが、主要な照明が外れた薄暗いなかで、引越業者のお兄さん方の運び出しのまあ速いこと速いこと。小柄で細っこい若い衆が二箱を抱えてちゃーっと走り出すのを見ると思わず「あれよあれよ」と口にしてしまう。

 おかげで、翌日の引越当日は感傷にひたる余裕もなく、あっという間に作業が済んでしまう。昼過ぎ、業者も帰った新しいウチにひとり取り残された(という感覚なのですよ)鯨馬、一時間近くはなんだか真っ白なアタマのままやたらとインスタントコーヒーを啜っておりました。タバコ吸ってた頃ならむやみにふかしてたんだろうな、当然。

 で、新居は次の住まいが決まるまでの仮寓というつもりではあるものの、吉田健一の名ぜりふにいわく、「住んだところが故郷である」。まだ一週間も経っていないながら、今度の住まいの気に入ったところ。


○広い・・・独り暮らしには過ぎた広さだった前の住居よりまだ広い。おまけに「ルーフバルコニー」がむやみに広い。春夏のシーズンは、ビアガーデンにBBQに皆様どうぞご利用下さい。
○綺麗・・・いくら全面リフォームとは言え古いマンションだから、これは眺望の面。全戸南向きなので(山の麓だからそうなるほかない)、夜明けの海の色とそれから日没時分に神戸空港に飛行機が降下してゆくところを真横から缶ビール片手に眺められるのはなかなかのもの。
○涼しい?・・・いや、高所恐怖症は布団を乾すのがコワイくらいの立地だから、窓を開けるとこれは荒野ですかいというほど風が吹き抜ける。引越を機に古いエアコンは全部捨ててしまったが、次何台買うか、ちょっと様子を見てみようと思う。
○まち・・・いくつかの街で物件を探して回ったけど、やはり小綺麗でお洒落で白っ茶けたニュータウン的なところは病みそうで無理と痛感。で、今回の引越当日からいい店に巡り会ったのですが、これはまた後日の報告とします。