湊高台の一夜~青森・八戸旅日記(2)

 


 朝から細心にチューンアップしてお腹が鳴るほどである。いざ『Casa del Cibo』。

 この日のコースの内容以下の如し。

◎トピナンブールのビスコッティに挟んだペリゴール産フォアグラのテリーナ・・・「トピナンブール」は菊芋のこと。ペリゴール産だから、あぶらは綺麗で、でもやっぱりフォアグラだから濃厚で、これから始まるぞよ、といやが上にも気分が盛り上がる。
◎八戸産ヒラメの椎茸〆カルパッチョ仕立て・・・つまりアレです、昆布〆の昆布を乾燥椎茸に変えたわけです。すごいなこの発想。昆布では香りがつよくなりすぎるので椎茸、そして椎茸もたとえば和食で使うような干し椎茸を粉にしてまぶしたりはしないところ、むしろ洗練された日本料理を思わせるような絶妙のイケコロシの按配。おかげで平目が馥郁と香る。
◎漁師『三宝丸』さんの水ダコのポルポアフォガート2021・・・池見シェフはInstagramで、「ここの水蛸はどこの真蛸よりも旨いと思っています」と書いてらした。明石蛸を食べつけている人間としては少なからず引っかかる発言である。神戸の客と分かっているシェフは「前言撤回はしません」とばかり、悪戯っぽい笑顔でこの皿を出してきたのだった。元々はナポリの郷土料理で、要するにトマト煮。「美味しいのですが、料理屋で出すにはやはりもっさりしてるので」と組み直したのだそう。見るにふてぶてしい構えの水蛸の足が器の中央にとぐろを巻いている。そこに澄んだスープを注ぎ込む。蛸本体はぐにゃぐにゃでもなく、真蛸もとい明石蛸のようにきしきしでもなく、噛んでいくと歯ごたえがあらわれるという風情。スープが爽やかに味を引き締める。訊くと、蛸の臓物とドライトマトでとったコンソメだとか。こういう発想もプロですなあ。上に塗られた力強いソースもセロリの芽も、上方歌舞伎でいう「つっころばし」のような味わいの水蛸を上手に盛り上げている。うーん、明石だって上方だからこの比喩いささか具合が悪いか。ともかく、池見さんの創意工夫にて、真蛸水蛸一本勝負は引き分け(住み分け)ということと、自分のなかで決した次第。ちなみに料理名は「おぼれダコ」の意だとか。この日本語のほうが可愛らしくていいと思います。ワインはエトナの赤。
◎八戸産生うにとフルーツトマトの冷たいスパゲッティーニ・・・パスタと同量の海胆が和えてある。それだけ生海胆を使っていて、なぜかくも清らかな味になるのか。てんで納得がいかない。椎茸〆や「おぼれダコ」の目を見張る一手間のさなかで、こういうちょっとした一皿をゆるがせにしない緩急がすばらしい。
◎八戸産活穴子の焼きリゾット・・・これも遊び心が横溢した愉しい料理。穴子を赤ワインで程よい固さまで煮込み、下に飯をかためている。上には赤ワインベースのソース。つまりどう見ても穴子ずしの「やつし」であって、しかも添え物にはカリカリに揚げた牛蒡、風味付けに山椒を散らしているのだから念がいっている。そのくせ穴子のぷりぷりした舌触りといい、瀟洒なソースといい、やっぱりこれはイタリア料理という仕上がり。
青森県地鶏シャモロックのトルテッリインブロード・・・前回はすっぽんのトルテッリ。見た目は地味だけど、すごく手がかかってることが分かる一品。シェフも「こういう詰め物系はともかく手数が多いけれど、その分組み合わせも多様だし、やりがいがある」と話していた。澄んだスープの伸び具合はさすがシャモロック、であります。
◎八戸産幸神メヌケの鱗焼き・・・深海魚メヌケのなかでも、いちばん格が高いとされるのが幸神メヌケ。あんこうほど水っぽいわけではないが、かといってあぶらべたべたでもなく、しっとりと品がいい肉質。だけにいっそうしゃりしゃりした鱗との対照が楽しめる。クミン?ウイキョウ?の風味が刺戟的なソースがいい。
◎イタリア産仔牛のアッロースト ポルチーニセッキのソース・・・少しでも火が入りすぎると途端にどうにもつまらなくなってしまう仔牛をよくぞ官能的に仕上げてくださいました。さぞかし仔牛も随喜の涙をこぼしておりましょう。あ、なぜここまで柔媚なテクスチャーに出来たかというと、切り落としなどの部分を練り上げたものを肉本体に巻き付けて焼いているからです。
久慈市フォレストキッチンさんのダマスクローズとサクランボのグラスデザート
エスプレッソの軽いアイスとミルクジェラート

 この日、池見さんの料理のために横浜から来たという客もいた。その価値はあるよ。なんでも五年以上毎月(!)来ている人もいるらしく、しかも同じ料理はひとつも出していない(!)くらいなのですから。それに八戸の食材がかけ合わさったら鬼に金棒どころか閻魔にバズーカ砲というところでしょう。

 その、食材やら八戸の話題やらをシェフ、奥様(ワイン担当)とのんびり語りながらコーヒー。食事は美味しいだけではなく、楽しいものでないといけない。というか、一人であろうと自宅であろうと、楽しく食べられる食事は美味しいに決まっている。

 ともあれ、お二人に感謝感謝。まだまだ二月と七月を一度ずつクリアしただけですから、これから末永くよろしくお願いします。(つづく)

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