嵐のあと

 九月には八戸でも、地区を限ってのことだが独自の時短要請が出ていた。今回は三泊。週末を挟んだ旅だったが、はじめて訪れたとき(たった三年前!)と比べても中心街の人通りの減少は歴然としている。余所者ながらにつらい眺め。とはいえ旅行客に出来ることは経済を回す蟷螂の一斧となるくらい。つまりは精一杯飲み歩きました。以下覚え書き風に。

★番町『Pot d'Etan』。ランチとはいっても、夕景まで満腹が続く充実のコース仕立てだった。
アミューズ】黒オリーブのペーストを詰めたポテト、ポロネギのタルト
【前菜】レンズ豆サラダ、姫林檎の中にパンデピスを詰めたもの、蝦夷鹿サラダ、豚足と香茸のテリーヌ
※鹿が官能的。テリーヌは胡椒の効かせ方がいい。
【スープ】松茸とジビエコンソメ
ジビエ蝦夷鹿、鴨、月の輪熊。スペシャリテといいたいくらい、堂々として気品がある。
【魚】石垣鯛と帆立
※蒸し物。葡萄と柿の葉で包んでいるのが嬉しい。ぎりぎりまで旨味を引き出しながら生の食感を残した火通しに感銘。ソースの紫蘇の泡仕立て。牛蒡・黒大根・タネツケバナがあしらい。
【肉】子羊のソーセージ
※前の一皿の優美に対して香辛料のキックがきいたもの。
【デセール】何種類かの中で選ぶ。モンブランにしたところ、ちっとも甘くなくて大正解だった。ブルゴーニュのマールとよく合った。


★岩泉町『鮨 瑞穂』。移転後洒落た造りにはなったが、大将ご夫妻と若大将の暖かなもてなしは少しも変わらない。
【肴】大とろ炙り・おろし大根、造り(中とろ、鰤、鮃。鰤に冷淡な人間が取り乱すくらいうまい。大間のまぐろは言うまでもなし)、鱈きく(真鱈の白子である。大ぶりでぷりぷりである)、生の本ししゃもの天ぷら、むかご、鯛わた塩辛、魳塩焼き(上物)、鰤大根(甘くなくて酒に合う)
【鮨】槍烏賊、鮃ヅケ、まぐろ、牡丹海老、海胆、のどぐろ炙り、鯖きずし、小鰭、蒸し穴子、玉子
 鮨が終わってからもなんとなく去りがたくて、出してもらった干し口子でぬる燗。

★湊高台『Casa del Cibo』。ここも八戸に行くたび訪れる。八戸の魚介と池見シェフの発想・手数、組み合わせればいつまでも新しい料理が食べられるのではないか。
○バターナッツのパンナコッタとペリゴール産フォアグラのテリーナ
○八戸産鰆の瞬間燻製、カルパッチョ仕立
※燻香によって、鰆のあぶらの香りがより際立つという摩訶不思議な仕上がり。ソースが菊のペーストというのもよい。
○レアに仕上げた奥津軽いのしし牧場さんの猪肩ロースガトー仕立
※野生ではないので、生が食べられる。あぶらはあっさりしている。「ドングリなど餌の種類を変えるともう少しあぶらの香りがよくなるのでは、と牧場にリクエストしておきました」とのこと。
○八戸産真鱈白子の黒いグリッシーニ揚げ
※本日の尤物である。イカスミを練り込んだグリッシーニをくだいたものを衣にして揚げている。上にはカラスミをふっている。魚介のアラを煮詰めたソース。味も香りも食感も立体的。
○冷製サフランタリオリーニ八戸産鮭といくら
※「なぜ冬なのに冷たいパスタを出すんだ」と文句を付けた客がいたらしい。「蕎麦屋は冬かけしか出さないのかって言いたい」と池見シェフ。こんな端麗なパスタを愉しめないなんて莫迦なやつもいるもんだ。
○鮑の肝を練り込んだフェットゥッチェ八戸産蝦夷鮑と
※肝ソースではなく、練り込んでいるのがミソ。だから噛んでいるともふぉっ。という感じで海の香りが立つ。
青森県産銀の鴨と栗のキタッラ
※鮭・鮑と見事な三幅対。
○八戸産アブラボウズのインパデッラ
※名前の通りむやみとあぶらの強い魚。生で食べるとタイヘンなことになるらしい。これは洋食向けの素材でしょうな。
青森県産NAMIKI和牛シンシンのアッロースト
○岩館リンゴ園産紅玉のキャラメリゼジェラート
※「タルトタタンのようにいきなり焼き込むとリンゴがくたっとなる、それがイヤで」、薄切りにしたのをいちいちオーヴンで加熱し水分を飛ばしているそうな。一事が万事。以て池見シェフの流儀を知るべし。
モカセミフレッドを入れた和栗のモンテビアンコ

★内丸『やぶ春』……藪睦会に入っている。神戸の『やぶ』は閉めてしまったので、器・肴とも久々に江戸=東京風を満喫。
○板わさ
○芝海老かき揚
○せいろう

十六日町『鶴よし』……ここの肴も気合いが入っている。焼き海苔は、今時珍重すべき「海苔箱」(下に豆炭が入れてある)に入って出てくるのである。ぬる燗にぴったりである。天然の真鴨が呼び物なのだが、今年は入荷が遅く少しの差(ほんの三日!)で食べられなかった。ま、極寒でいちばん旨い時期にまた行くからよいのだ。
○焼き海苔
小鰭
○せいろう


《本》まめにメモしてないから、だいぶん忘れてしまった。
長田弘『食卓一期一会』(角川春樹事務所)
○中村稔『森鴎外渋江抽斎』を読む』(青土社
岡野弘彦三浦雅士『歌仙 永遠の一瞬』(思潮社
佐藤愛子『古川柳ひとりよがり』(集英社
○中野剛志『小林秀雄政治学』(文春新書)……「小林秀雄プラグマティズムだ」という断定だけ抜き出すとぎょっとなるが、ランボー神話に魅惑された結果「物」「生活」への複合観念に呪縛され続けたことを思うと、実はさもあるべき結論。ただし疑問二点。第一に、モノモノモノと叫び続けた批評家がどこまでモノに肉薄できていたのか、他の著作で確かめないと、それこそモノ神崇拝のイデオロギーになってしまうのではないか。次いで、総じて発言の脈絡は丁寧にたどっているけれど、この「始末が悪い」「手に負えない」レトリシャンの、言うなれば啖呵や皮肉や見得といった表情をあまりにも額面通りに取り過ぎているのではないか。
○アーシュラ・K・ル=グウィン『文体の舵をとれ ル=グウィンの小説教室』(大久保ゆう訳、フィルムアート社)
井上ひさし井上ひさしの読書眼鏡』(中央公論新社
村上リコ『図説英国社交界ガイド』(ふくろうの本、河出書房新社
夢枕獏萩尾望都『花歌舞伎徒然草』(河出書房新社
○『火の後に 片山廣子翻訳集成』(幻戯書房
○『Newton 大図鑑シリーズ 時間大図鑑』(ニュートンプレス
池澤夏樹小島慶子『わたしのなつかしい一冊』(毎日新聞出版
○宮下規久朗・佐藤優『美術は宗教を超えるか』(PHP研究所
○大谷雅夫『万葉集に出会う』(岩波新書
○渡部泰明・平野多恵『国語をめぐる冒険』(岩波ジュニア新書)
荒川洋治『忘れられる過去』(みすず書房
小松和彦編『禍いの大衆文化 天災・疫病・怪異』(KADOKAWA)
○田島優子『海獣学者、クジラを解剖する。』(山と渓谷社
遠藤ケイ『蓼食う人々』(山と渓谷社)……『男の民俗学大全』でいっぺんに贔屓になった。
○タラス・グレスコ『悪魔のピクニック』(仁木めぐみ訳、早川書房
○ヴィンセント・フランクリン/アレックス・ジョンソン『料理メニューからひもとく歴史的瞬間』(村松静枝訳、ガイアブックス)
○森川裕之『名食決定版』(大垣書店
○成瀬宇平『47都道府県・伝統調味料百科』(丸善出版
○成瀬宇平『47都道府県・魚食文化百科』(丸善出版
○野崎洋光・成瀬宇平『47都道府県・汁物百科』(丸善出版
○成瀬宇平『47都道府県・発酵文化百科』(丸善出版
○成瀬宇平・紀文食品広報室『47都道府県・伝統食百科』(丸善出版