メランコリーの解剖

 頭に霞がかかったようで気分も沈みがちなのは、第一に花粉症、次に八戸三春屋閉店のせいだけど(ホントに地下の食品売り場は良かった!)、海彼の干戈のうわさに因るところも少なしとせず。ふっと思い出したのが、林達夫の一文。「『旅順陥落』ーある読書の思い出」という。日露戦争には進歩的立ち位置にある日本のブルジョワジーによる反動主義的ブルジョワジー(つまりロシアの専制政治ということです)粉砕という側面があるとレーニンは指摘した。しかしその「後継者」を自認するスターリンはあろうことか、日本との戦争(これはもちろん第二次世界大戦)に当たって「赤軍兵士」の恨みを今やはらす時が来た(!)とアジっている。この臆面もない修正主義は・・・と続くのだが、当方の拙い要約より、原文に就いて見られたし。中公文庫『共産主義的人間』所収。
 殊に末尾の一段は暗澹たる認識をこの上なく簡浄に差し出している。この度のいくさについてもある真実を衝いているのがすごい。


○アイリス・オーウェンス『アフター・クロード』(渡辺佐智江訳、国書刊行会)……快作。ルシア・ベルリン以来のコーフンであります。ラストの寒々しい凋落ぶりが良い。作者はかの悪名高きエロ本屋オリンピア・プレスで(『ロリータ』の版元でもある)ポルノを書きまくっていたらしい。でも若島正さんの解説によるとどれもアンチ・ポルノ的な書きぶりだったらしい。若島先生、訳出してくださいませんか。
○古田徹也『いつもの言葉を哲学する』(朝日新書)……言葉に支配されないために。
四方田犬彦『世界の凋落を見つめて クロニクル2011-2020』(集英社新書
○ミルチャ・カルタレスク『ノスタルジア』(住谷春也訳、作品社)
○シャーリィ・ジャクスン『壁の向こうへ続く道』(渡辺庸子訳、文遊社)
○クリストファー・クラーク『夢遊病者たち』1・2(小原淳訳、みすず書房)……第一次世界大戦史。悠々たる史料の取りさばきが読ませる。『八月の砲声』(ちくま学芸文庫)のまえに読んどきゃよかった!
○井上真偽『ムシカ 鎮虫譜』(実業之日本社)……ムシが苦手な向きにはおすすめ出来ません。
○安倍雅史『謎の海洋王国ディルムン』(中公選書)……いくつになっても刀を振り回すのが好き・・・なのは『ゴールデン・カムイ』の土方歳三老でありますが、男子はいくつになっても「なぞの文明」が大好きなのである。トレビゾンド帝国とかモンフェラート侯国とかモンテネグロ主教領とかハザールとか、書いてるだけで恍惚とする。
○ダイナ・フリード『ひと皿の小説案内 主人公たちが食べた50の食事』(阿部公彦監修・翻訳、株式会社マール社
○星野太『崇高の修辞学』(月曜社
山田庄一『京なにわ暮らし歳時記』(岩波書店)……劇評家の水落潔は著者の実弟。すなわち戦前の大阪を代表する旧家・水落家の出身。
○『ランボー全詩集』(鈴木創士訳、河出文庫
○『青と緑 ヴァージニア短編集』(西崎憲訳、亜紀書房
ヴァージニア・ウルフ『フラッシュ 或る伝記』(出淵敬子訳、白水Uブックス
○八條忠基『「勘違い」だらけの日本文化史』(淡交社
彌永信美『大黒天変相 仏教神話学1』(法藏館
守中高明『浄土の哲学 念仏・衆生大慈悲心』(河出書房新社)……ドゥルーズの訳者であり浄土宗の僧侶でもある著者ならではの熱き/篤き思想史。否定性を前提にし、更にそれを内面化することを強要する天台浄土教ニーチェの批判するキリスト教の牧者に等しいとする定位が意表を衝く。親鸞の「悪」はだから従来のプロテスタントとのアナロジーより、虚無をそのまま受容するニーチェに近くなるのだ。この論理であれば、死後にしか目を向けないという日蓮的浄土批判に対抗できるな。
釈徹宗『ダンマパダ ブッダ「真理の言葉」講義』(KADOKAWA文庫)……現世を超越する面ばかり(「出家」)が強調されがちだが、さすが釈さん、仏教における「往きて還る」相を説得的に示してくれた。
小林康夫『存在の冒険 ボードレール詩学』(水声社
○ピーター・ゴドフリー=スミス『タコの心身問題』(夏目大訳、みすず書房
○佐野静代『外来植物が変えた江戸時代』(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館
伊藤亜紗『手の倫理』(講談社選書メチエ
○柿沼陽平『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』(中公新書
P.G.ウッドハウス『春どきのフレッド伯父さん』(森村たまき訳、国書刊行会)……フレッド伯父さんことイッケナム卿には初見参。たいへん貴重なシリーズなのであるが、やはりどうにも会話の調子が小骨のように引っかかる。
マルグリット・デュラスマルグリット・デュラスの食卓』(樋口仁枝訳、悠書館)……一つ一つの文章がさすが、という見事さ、レシピは載っているけれど料理本にあらず。ま、いくつかメモはしたけれど。
○渡健輔『神戸指物師列伝』(風来舎)……前のマンションの近くに「鈍渡」
○R.L.スティーヴンソン『さらわれて デイビッド・バルフォアの冒険』(佐復秀樹訳、平凡社ライブラリー
○原田信男『食の歴史学 和食文化の展開と本質』(青土社
○ジャック・ハートネル『中世の身体 生活・宗教・死』(飯原裕美訳、青土社
○小川正廣『ホメロスの逆襲 それは西洋の古典か』(名古屋大学出版会)
○半澤孝麿『回想のケンブリッジ 政治思想史の方法とバーク、コールリッジ、カント、トクヴィル、ニューマン』(みすず書房
○マイケル・ビリッグ『笑いと嘲り ユーモアのダークサイド』(鈴木聡志訳、新曜社
森まゆみ『聖子 新宿の文壇BAR「風紋」の女主人』(亜紀書房