北の河豚 果樹園の野菜

 十三日町でバスを降りると、ニュースで見たとおり三春屋にシャッターが降りていて、「長年のご愛顧」云々の貼り紙が。当方、長年ではないけれど、八戸に来るたびに買い物を愉しんでいた。まあ、鯖ずし・ジュノハート・糠塚胡瓜・南部味噌などいわゆるデパチカにしか用はなかったのだが(『らーめんふぁくとりー のすけ』にも用があったな)。おっとりした雰囲気がなつかしい。

 チーノという向かいの商業ビルの閉鎖・取り壊しも決まっている。三春屋も合わせて、この騒動がとどめを刺したのは確かにしても、八戸の町(中心街)を再生させてゆくか、という潜在的な課題が予想より幾分はやく露呈したわけだろう。

 うーむ、半年ぶりの八戸旅行でのっけからヒョーロンカ的に深刻ぶるのはいかがなものであろうか(ヒョーロンカ的口調)。当ブログとしてはなにはとなくとも御酒一献と参らねばならぬ。向かった先は鷹匠小路の『素材礼讃 丹念』。八戸ふぐのシーズンを迎え、いくつかの店で均一料金のコースを出していると知り、当日朝に予約していた。

 この時季にふぐというのがまず面妖。料理長田中さんの説明によれば、産卵のためにこの辺りまで北上するのがちょうど今頃に当たるとのこと。そういえば蘇東坡にも桃咲く頃が河豚の旬、てな詩があったな(滅茶滅茶な要約ですよ)。天然の虎河豚で二キロを超えるものが入るという。大きいけれど大味ではまったくないという。

 それだけの美味がなぜ最近まで八戸で根付かなかったのか。これまた田中さんの明快な説明では「そもそも東北にぽん酢文化が無かったからですね」とのこと。思えば四年前、青森の料理や『菜の花』ご主人から東北人は柑橘の酸味を苦手にしている、と伺ったことを思い出す。

 さて今回の「お手軽」コースの内容は、先付で海胆の茶碗蒸し。てっさ、てっちりと来て、唐揚げのあとに雑炊というもの。てっちり(無論小鍋立てであります)の身がたっぷりしていて旨い。昼酒(「八仙いさり火」「八仙裏男山」「亀吉」「南部美人」)の合いの手にまことによろしい。料理長が出してくれた蕨と海胆が酒に合うのはいうまでもない。

 河豚の鍋はぽん酢ではなく、極淡味の出汁仕立ての方が持ち味を活かせるのではないか、とふと思った。ぽん酢はなるほど微妙な香味をおおってしまうようである。

 むかし付き合ってたコに好物をたずねたら「ぽん酢。」と答えられたことを思い出す。そういや味オンチなやつではあったが、しかし可愛かった。

 一食めから酔ってしまったようですな。長者山新羅神社にこのままお詣りは無礼であろう、といつも通りニュー朝日湯で酒を抜く。ここの水風呂の絶妙なぬるさ加減を(皮肉に非ず)知るのは神戸で吾人ただ一人。

 他に誰もいない長者山でふたたび八戸に来られたことを長々と感謝申し上げ(まだ酔ってるのか)、町なかを少し歩く。ブックセンターで『津軽先輩の青森めじゃ飯!』第四巻(最終巻!)を探したら、無い。「当店では在庫が」との返答はいけませんよ。ここで置かずしてどうします。ひょっとしたら「津軽」の名前にアレルギー反応あるのかしら。八戸もほぼ一巻を尽くして紹介されてるんだから(店の絵でどこに取材したかすぐ分かるのだ)、いくら市が運営するっつってももっと商品の研究してくれなきゃねえ。
※結局『めじゃ飯!』は仙台の本屋で買い、帰りの飛行機で読んだ。

 夜の『Casa del Cibo』には八日町の停留所からバスに乗っていく。訪問四度ともなれば慣れたものである。暦は初夏とはいえまだ春残る東北の五月、今回の献立は以下の如し。

青森県産銀の鴨のレバームース パヴェ仕立て……パヴェ(パルフェ)仕立てとはつまり、チョコのあいだにふわりと掻き立てたレバームース。見た目は生チョコそっくりなのが楽しい。血の味はもとよりチョコに合うもの。チョコと泡(フランチャコルタ)は合う。故にこれは瀟洒かつ気合充溢の前菜となる。
◎八戸産ヒラメの椎茸〆と十和田ウルイのマリネ……ねっとりした平目とウルイの爽やかさとの対照を愉しむひと皿。そしてまた、鴨の肝臓&チョコとの対照を愉しむひと皿。
青森県産馬肉のタルターラ……柔媚な馬肉の食感が、ニンニクのぴしっときいたソースにまみれると、なんだかものすごく嗜虐的で堪らぬ。ワインがヴァルポリチェッラでこれまたコケティッシュだからなおのこと堪らぬ。
◎八戸産キンキとタラの芽フリット 木の芽のペスト トラパネーゼ……シチリアではアーモンド・ニンニク・バジルなどをすりつぶして作るソースの、バジルを木の芽に換えている。脂っこいようで清雅なようで、つまり瞬く間に平らげてしまった。ずるい手だなあ。
◎冷製サフランタリオリーニ 八戸産生ウニとフルーツトマト……一体に池見シェフの冷製パスタはよろしいのであるが、これは殊の外旨い。海胆の芳醇とサフランの気迫とががっぷり四つという趣。岩手産に比べると八戸の海胆は「甘みと香りが強くて断然上」とのこと。そうでしょうそうでしょう。そうでなくてもそうなのでしょう。うんうん。
◎トロッコリ 八戸産トゲ栗蟹のトマトソース……たださえ濃厚なトゲクリの旨味が極太パスタにしゅんでいるのです。外面はすこぶる端正に、でも内心では一口ごとに『たのしい給食』の甘利田幸男よろしくのけぞっていたのでした。
パッパルデッレ 奥津軽いのしし牧場さんの猪のラグー……あのタリオリーニとあのトロッコリのあとだとラグーが軽い味に思えるのは奇妙ではなくて理の当然なのです。
◎八戸産蝦夷鮑とタケノコのグラティナート……そう、ラグーでいったん舌を落ち着かせてたからこそ、鮑・筍(両者とも鮑肝をこってり塗っている)をしづかに賞味できるというもの。周囲の緑のソースはフクダチとかいうこちらの野菜を使っている。これが「春から夏やでっ」(関西弁ですが)という風味で、よい。
◎フランス産鴨と岩館リンゴ園さんアスパラのフリカッセア……「リンゴ園さんアスパラ」は誤記に非ず。広大な敷地の豊かな土ににょきにょき生えているのを採ってきたそうで、これぞ語義通りのアスペルジュ・ソヴァージュである。鴨のあぶらをまとったアスパラのジュースのなんと豊潤なことよ。
◎八戸産苺紅ほっぺのソルベット ライムのグラニ
◎ティラミス ノッチョーラ
 
 献立からわかるように、徹底して八戸(青森)の食材を使い抜いている。今回でまずは春夏秋冬一度ずつは訪問したことになるが、こういう店であるからは、八戸に来るたびに行かなくてはいけない、というのは義務ではなく、他に手はないものだという意味で、行かねばならぬ店なのである。