竹に虎

 せめて一月に一度は更新するつもりだったけれど。

 アレルギー性鼻炎から、急性副鼻腔炎。耳は言うに及ばず、目の奥、頬・顎、首筋とアタマの右半分のあちこちが痛く、大きな音や強い光がキツい。この間かかった耳鼻咽喉科、特に名は秘すが初めは竹数筑庵先生、次は山井養仙先生ともこちらの不審・不信を煽るような診療ぶりで、最後には「これはコロナかもしれぬ」なぞと言わて内科に回され、吹きさらしの椅子で一時間近く待たされたあげく、鼻に綿棒を突っ込まれ、そこから今まで出てもなかった鼻水が出始めた始末。もちろんどの医院でもしっかりカネはふんだくられる。陰謀論は知的賤民の道楽とばかり思い込んでいたが、食いものにされたとしか思えない。

 体調不良だと、性欲食欲は言うに及ばず、読書にもゲームにも酒にも食指が動かない。当分こんな状態だろうから、見切りを付けて取りあえずここまでの覚え書き。貧寒我ながら憐れむべし。

○ポール・フルネル『編集者とタブレット』(高橋啓訳、東京創元社
○ファビオ・スタッシ『読書セラピスト』(橋本勝雄訳、東京創元社)……仕事にありつけない文学オタクが読書セラピーの看板を掲げてみたら、ケッタイなクライアントが次から次へと。そこに同じアパートの老婦人の失踪事件が絡んでくる。むろんこれも文学的(?)に推理されるわけです。主人公のぐだぐだ人生が惻々と身に迫る。ブンガクおそるべし。
R.A.ラファティ『町かどの穴』(ラファティ・ベスト・コレクション、牧眞司訳、ハヤカワ文庫SF)
○ジョゼフ・サラマーゴ『白の闇』(雨沢泰訳、河出文庫)……突然失明するという謎の病が国中に蔓延する。といったらなんだかコロすけ騒動にあてこんだ際物のようだが、原著は○○年に書かれた。政府はある段階まで、罹患した人々を廃屋となりかけた精神病院に隔離、というか強制収容する方策をとる。その「収容所」での地獄のような日々の叙述が小説の大半を占める。といってもこの病は単に視界が白一色に覆われるだけで、苦痛もそれ以上の進行もない。しかし、全員がいきなり視覚を奪われた集団生活、そして政府は時折食料の入ったコンテナを外から投げ込むだけ(コンテナを取りに行く以上の行動をとれば即座に射殺される)という状態がいかにたやすく人間性を奪うかが容赦なく描かれる。だが、この地獄を抜け出たあと、人々はもはや政府が崩壊、とはつまり国中の人々が一網打尽になぎ倒された状態の街をさまよわねばならない。そう、新型肺炎どころではなく、これは『ウォーキング・デッド』の世界なのだ。繰り返して言うが、ただ一人を除く登場人物全員が盲目のなか、すでに文明が潰え去ったような世界を生き延びねばならないのである。作家的想像力が強靱(奔放ではなく)。
鶴見俊輔『日本思想の道しるべ』(中央公論新社
鶴見俊輔鶴見俊輔、詩を語る』(作品社)……あれこれの詩人や作品について語る=論評するのかと思って読んだら、文字通り「詩」を語る内容だった。「もうろく語」「存在語」という概念が面白い。なんというか、宇宙史のなかに詩作の営みが組み込まれているんですね。ぴんと来ない人には阿呆陀羅経のようにしか聞こえないだろうけど。さすがにスケールがでかい。でかいだけでなく、引用されている詩作(といってもわずか二、三篇)がなかなかいい。『全詩集』を読んでみようかな。
○白戸満喜子『書医あづさの手控(クロニクル) 書誌学入門ノベル!』(文学通信)
○リディア・ミレット『子供たちの聖書』(川野太郎訳、みすず書房
○桃崎有一郎『平安京はいらなかった』(歴史文化ライブラリー、吉川弘文館)……積年の疑問をすっぱすっぱと解き明かしてくれた。平安京は右京は当初から荒蕪地が多く、繁栄は左京に偏っていたというのは教科書レベルの常識。右京は川の氾濫に度々見舞われる低湿地だったから、という理由も付くのだが、ならなんでそんなところに都を企図したのか?と思うのは自然だし、荒蕪地が面積の半分近くになるならそもそも計画が無謀だったのでは?とも疑いたくなるでしょ。著者は「その通り」と言う。朱雀大路はほとんど広場みたいなでかさで、しかも道に面しての門は原則作れなかったらしい。あれはつまるところ渤海使に見せるためのいわば書き割りだったのだと。摂関家院政が決定的にこの都を捨て去って左京の東北隅からさらに東縁辺(つまり白河ですな)に新たな中心を作り出したのに対し、現実的に可能な限りでの復興を目指した信西が高く評価される(この男を好意的に論じた本を他に知らない)。それも興味深いけど、個人的には吉田秀和が思索を続けたチャイナ=ヨーロッパ文明のシメトリー原理に対する日本のアシメトリー好き、当方の言い方では楷書に対する草書文化のありようについて考えるヒントがあった。一般向けのシリーズだからやや論証は粗っぽいが、これはこれでよい。もう少しこの人の著述を読んでみよう、と思う。
金原瑞人『翻訳はめぐる TRANSLATOR, TRAVELER』(春陽堂書店
○久住祐一郎『江戸藩邸へようこそ 三河吉田藩「江戸日記」』(集英社新書
奥泉光『東京自叙伝』(集英社
白石隆『海の帝国 アジアをどう考えるか 英文版:THINKING ABOUT ASIA  EMPIRE OF THE SEAS』(出版文化産業振興財団)
岡田温司最後の審判 終末思想で読み解くキリスト教』(中公新書
○土田健次郎『儒教入門』(東京大学出版会
鹿島茂『稀書探訪』(平凡社)……ANAの機内誌『翼の王国』連載を単行本化。青森への機上ではこれを楽しみにしていた。連載もの特有の繰り返しさえ気にしなければ(いつ誰がを読んでも完結しているようにするための意図的書き方)、これほど贅沢な読み物はない。もう少し本、というより本文の写真が多いといいんだがな。
○米田雄介『歴代天皇皇位継承事情』(柳原出版)
○ドリンダ・ウートラム『図説啓蒙時代百科』(原書房
ディドロ『オランダ旅行』(近代社会思想コレクション、京都大学学術出版会)
ローラン・プティマンジャン『夜の少年』(松本百合子訳、早川書房
○『井上ひさし全選評』(白水社)……図書館の新刊棚で見つけもちろんすぐ借りたのだが、これはやはり手許にあるべき本。一度借りて読んだ本を買い直すことは珍しい。ケチだから。しかしケチだけあって十二分にモトを取った。もちろん読むべき書物の索引として使える。批評の手わざや気構えも学べる。そして何より小説を書くときの実際的かつ理想的なアドバイスがてんこもりなのだ。