神の庭~えんぶり復活(2)

 ホテルの朝食時間を待ってると間に合わないから、コンビニおむすびとカップ味噌汁、それに『達』の唐揚げでそそくさと済ませ、長者山へ急ぐ。三回すっころびかける。浮き足だっている。

 参道脇でじっと待つ。三年前に比べいかにも南部らしい寒さが清々しく快い。

 待機している組銘々が奏するお囃子が鳥居の先から響いてくる。おや、目の前が霞んできたのは何故でしょう。

 野蛮なる明治政府による禁止(門付けの「猥雑」なる故を以てと聞く)(役人のアタマの中の方がよほど陋劣鄙猥である)を経て、新羅神社の神事として復活したわけだから、本殿への奉納摺りが最も格式高いのは言うまでもない。観光客も敬意を表し、靴底から這い上る冷えを堪えながら三二(?)組すべての摺りを拝見しました。

 でもこっそり言うと、奉納を済ませた組が一旦まつりんぐ広場に集まって出発を待ってるあいだはもっと好きである。神前とは違ってくつろいだ雰囲気(親方連中はコップ酒をすすっている)、でも一斉摺りに備えて囃子・舞の稽古があちこちで見られる。その囃子のメロディー・リズムは基本的に同じなのだが(だから一日見ていると手でリズムを刻めるようになる)、組ごとの個性は顕か。譬えていえば西欧古典音楽のソナタ、あるいは本朝の連句歌仙のように厳密な形式がかえって多様な展開を許しているような趣で、つまりはあちこちの組を見て回るのが無上に愉しいのであります。耳の法楽目の正月。

 大きな広場の上は麗らかな、という形容がふさわしい青空。そこここから、微妙に異なる笛太鼓手平鉦の音がもつれ合いながら舞い上がっていく。その先には虚空からぬっと突き出したスサノヲの巨大な貌が広場を覆っている。その魁偉な貌はただ神だけのものである巨きな笑みに充ちている。※スサノヲは芸能の神。

 さて稲荷の神輿を先頭に、行列は鍛冶町を通って中心街へ。十時半に打ち上がる花火が一斉摺り開始の合図である。たった四十分ですべてを見て回るのは当然無理なので(町全体に広がっている)、今回は中居林と売市、それに塩町の三組に狙いを定めていた。これでも欲張りすぎかもしれないけど、何せ三年の辛抱を経てのこの日ですから(前回より見物客の数もやっぱり多かったのではないか)、多少の貪欲は仕方ない。

 これだけ人間がいると、昼飯はどこも混雑が予想される(実際前回はえらく難儀した)。則ち一斉摺りが終わるや疾しとあらかじめ決めておいた店に飛び込む。八戸の水準からしてはとくに取り上げるほどの味ではないが(ですので店名はあげません)、青森県おでかけクーポンなるものが使える店だったので、ビール一本・酒二合、それに烏賊・ホタテのフライ、酢の物の小鉢、にぎり寿司三貫、茶碗蒸し、せんべい汁の定食〆て四千円也をまかなえたのはやはり有難い。別にクーポンなんぞ無くても八戸には来ますがね。

 旅先のめしにも関わらず掻き込むようにして、次に向かうのは市庁前広場。八戸南部家の当代当主に披露するので御前えんぶりという。今年の担当は大久保朳組。五枚組(舞手の中心である太夫が五人ということ。三人の組がほとんど)なので豪勢である。

 十七時のマチニワ(多目的ホール)公演までは、これも来八定番の銭湯ニュー朝日湯で冷え切った体を伸ばしてから町中を歩き回る。我が八戸の指南役である写真家の二ツ森護真さんは「えんぶりの真骨頂は門付け」と言う。会社・商店、それに食べ物や(組の地元では民家も)を周り、ここが可笑しいのだが、御祝儀の額に応じて芸を披露するわけである。文字通りの投げ銭ですな。後日某所から仕入れた情報によると、五百円玉一枚の相場で太夫の一礼だとか。

 無論鯨馬とて御祝儀出すのにやぶさかでないが、こればっかりは飲んでる店にたまたま組が参らぬことには難しい。街角で突然ポチ袋を渡すのはさすがに気恥ずかしいし。結局今回は機会がなくて、代わりにあちこちの門付けを傍から見物してまわることになった。

 ちなみに2023年のえんぶり(四日間ある)初日は金曜日。子供たちも朝から晩まで舞い歩いているわけですが、この日八戸市内の小中学校はすべて「えんぶりの日」で休校。市庁前のポスターに、働く大人の皆さんもぜひ有給休暇を取ってくださいとあった。こういうことを勧める市政ってのは・・・実にいいねえ。

 マチニワのえんぶり披露は市庁郷土芸能保存会、つまり市職員の組。愉快愉快。是非とも「警察えんぶり組」だとか「税務署えんぶり組」だとか「自衛隊えんぶり組」だとかも結成して頂きたい。まあ子供舞は無理だろうけど(各小中学校にえんぶり部はある)。このえんぶりについては次回にて。

 夕食はこの日も初めて、花小路の某店(各方面の迷惑を慮って名は伏せる)。ま、普通の観光客はまず行かないでしょう。ビルの二階だし、店の構えも一見お断りという雰囲気だし(実際予約しないと入れない)。

 当方も無論伝手を頼って来た。八戸在住のブロガーさんの記事でこの店を知り、厚顔無恥にもそのブロガー・サリーちゃんに連絡を差し上げて紹介をお願いしたのである。食い意地とはおっそろしいものである。鉄面皮な申し出にもサリーちゃんは快く応じて下さったので、初見参となった。二ツ森さんといい、南部八戸の方々のなんと心優しく親切なこと。鯨馬が八戸を愛する所以の一でもある。

 料理はお任せ。どんどん出てくる。以下の如し。
*磯つぶ貝塩茹で…ぬるっとほろ苦く、酒の好下物。
*揚げ豆腐
*北海道ラム肉(キャベツと炒めて)…ラムがいい匂い。
*桜鱒…味噌漬けにして焼いている。津軽海峡産。常連客が釣ってきたものだそうな。ここは釣り客が集まるので、みんな釣果を持ち込み、逆にご主人が採ってきた山菜・岩魚などは客に配られるらしい。
*おでん
*ほっけ…ノートパソコン大のがどん、と皿に盛られている。これも客の釣果。昼過ぎに到来したのを脱水してから塩をふり、炭火であぶっている。関西住まいとしては、チェーンの居酒屋で出てくるイメージしかなかったのですが、あぶらが香ばしく、身の芳脆と皮のぱりぱりとの対照も快い。これと酒だけでこの日の代金ぶんの価値は充分ある。
*造り…桜鱒と水蛸。桜鱒はルイベになっている。居酒屋とか鮨やなんぞで出してくるサーモンなるものを鯨馬は深く憎むものであるが、この桜鱒には脱帽した。いわゆるサーモンのいやったらしさが微塵もなく、あぶらの甘みが気品に富んでいる。羽二重のような舌触りも素晴らしい。水蛸の旨さは『Casa del Cibo』で気づかされていたが(拙ブログ「湊高台の一夜~青森・八戸旅日記(2)」参照)、中がまだくにゃくにゃくらいに湯通ししたタコは素晴らしい。海そのものを口に含んだような味と香り。勇壮なひと品である。
*蕎麦…十割の手打ち。出汁は岩魚である。ご主人が釣ってきたものを焼き干しにして使う。清澄にして豊潤。こういう店でしか味わえないだろうね。

 酒は『三春駒』と『亀吉』。四合瓶がどんと置かれる。自分で好きなだけ注げ、てわけ。前者清冽後者芳醇。二本ともほぼ空にしてしまった。あのほっけとあの造りが出ているんだから、これでも決して過ごしたとは言えない。そして勘定は驚くほど安い。無論サリーちゃんのご紹介もあってのことだと思う。ご主人にもサリーちゃんにも改めて感謝申し上げます。

 相客も感じのいい地元の男性二人組で、釣りや魚の話を愉しく聞いた。やっぱり旅先で入る店は、味はいうまでもないけど、こういう雰囲気が肝腎。

 相客といえば・・・そろそろお勘定という頃合いで後ろの小上がりに十人ばかりがご入来。何でも俳句の結社の方々で、ここで句会兼呑み会なんだそうな。軽く酒が入っていたせいか、ふと「連句の捌き役をやってまして、時々投句なども」と口に出してしまう。宗匠(あとで調べると結構有名な俳人でいらした)から「是非」とお声がかかり、これが単なる挨拶ではなく、あれよあれよと句稿を渡され、佳いと思った句に点をかけるように、とのこと。ご主人も「やってけやってけ」と改めてグラス、それにアテとして自家製の沢庵を出してくださる。

 これで敵に背を向けるわけにはゆかぬ(敵ではない)。ペンをとって句をにらむ。兼題が「えんぶり」であるのは言うまでもない。さすがに宗匠の句は堂に入ったものでした。選んでいるうちににわかに詩興うごく。則ち一句、

 よこがほの線の勁(つよ)きよ朳太夫  碧村

 なんとか面目を施したというところか。気分いいままに、またしてもみろく横丁でハイボールをがぶ飲み。明日も明後日もその次の日もえんぶり盡くし。至福ということばの意味をかみしめながらベッドにもぐりこんだ。

※次回「岡目の一目~えんぶり復活(3)」。