桃門遺事~追悼 野口武彦~

 まず指が思い出される。
 ゼミナールで学生の拙い発表を聞くと、組み合わせた掌の上で蜘蛛が標的に近づくようにうねうねと絡み合いはじめる。それが視界の端に映り込んで動揺し、うっかり目が合うと、いけずな、小憎たらしいにやにや笑いが待っている。
 あるいは酒場。セブンスターを操るかバーボンのグラスを揺すってるか以外のときは、間断なく野放図な蠕動を続けている。あ、ママさんの手を握ってるときも除く。なんとなくほっとしてグラスをとった途端にあの長い人差し指がぴいんとそりながら指しつけられ、辛辣な一言がそのあとに来るのだ。
 深夜のバーからそのままこちらの下宿に押しかけられたこともある。この時の人差し指は殊の外おそろしかった。書棚の片隅にランボー全詩集があるのを目に留めるや、すかさず手が伸び、集中の一篇ー「洪水の後」と記憶しているーの朗読とその解釈が命じられた。
 「それではランボーを読む意味がなんにもない」という宣告とともに鎌首が心臓のあたりに突きつけられる。
 蝮のような、あるいはスナイパーの筒先のような場面ばかりだったのでは無論ない。同じバーに、今度はこちらが深夜呼び出されたときのこと。熱で呻吟している旨を伝えると、今は懐かしい黒電話の受話器から「それがなんなんだ」という声が滴った。
 さすがにぶち切れたというか意地になってタクシーを乗り付け、歯を食いしばりながらバーボンを呷っていると、あの人差し指がくるくると顔先で回りながら「それでこそ弟子というものだ」。
 そしてまた大病を経た後、たまさか芦屋のマンションに数人でご機嫌伺いに出ると、呑めなくなったひとの心中もものかは、弟子一同の変わらぬ杯盤狼藉、その最中はどう動いていたものか、牛飲高論放吟の渦中の身としては今ひとつはっきりとした映像がないけれど、帰り際は、これは覚えている。食堂の入り口に車椅子、その顔のよこでなんとも柔媚に、いっそしおらしくとさえ言いたくなる姿態で振られていた手。
 師匠の「文」について語るべきひとたちは他にいる。晩年、こちらから出奔するかたちで門を離れた者はここで筆を擱かねばならない。あとはただ野口武彦大一座の連句興行の、嗤うべし、自称元筆頭門人として香華一炷捧ぐるのみ。

 先生、これからは芳子さんといつまでも楽しくお過ごしくださいまし。有難うございました。

 とほくより狐狸の笑ふや五月闇
    栞をそつと挿む遠雷
 海風の他には告げぬ旅路にて

 碧落も色づきにけりけふよりはふたり歩まむ桃の花道     碧村

蛍火

 二十二年ぶりだと、こたえるなあ。
 Netflix見たり酒呑んだりして(ま、いつも見て呑んでますけど)なんとか「空白の時間」をまぎらわそうと腐心している。
 だから今回は”逃避としての読書”ということになります。しっかり時間を潰せる(無礼ご容赦!)中身のつまった大著が多くて助かった。


アイザック・B・シンガー『モスカット一族』(大崎ふみ子訳、未知谷)
○スティーヴン・モス『鳥が人類を変えた』(宇丹貴代実訳、河出書房新社
鷲田清一『所有論』(講談社
都筑道夫『二十世紀のツヅキです 1994ー1999』(フリースタイル)
安藤礼二『死者たちへの捧げもの』(青土社
○深井智朗『プロテスタンティズム』(中公新書)……贖宥状って、「罪をカネであがなう」ものではなく、教会・修道院で、聖職者が俗人の罪を贖う罰をあらかじめ「貯金」しており、それを買うためのものなんだそうな。
三好達治『詩を読む人のために』(岩波文庫
○寺西千代子『世界に通用する公式マナー プロトコールとは何か』(文春新書)
○下西風澄『生成と消滅の精神史』(文藝春秋
R.D.レイン『好き?好き?大好き?』(村上光彦訳、河出文庫
丸山貴史・岡西政典『どうしてそうなった?いきものの名前』(緑書房
○ルーシー・クック『ビッチな動物たち』(小林玲子訳、柏書房)・・・・・・オスは浮気する/メスを襲うもの、メスはオスの求愛を受け入れる(だけ)のものという図式が、男性生物学者の偏見による思い込みに過ぎないことを明快痛烈に論証。
○ロバート・トゥーズリー・アンダーソン『グリム童話の料理帳』(森嶋マリ訳、原書房
武田百合子『あの頃 単行本未収録エッセイ集』(武田花編、中央公論新社)・・・やっぱりポルトレと食べ物の描き方が絶品だなあ。絶品なのだが、著者が生前、単行本に入っていない文章はけして本にしないように、と言い残していたのもなんだか分かる気がする。
○大塚秀高『中国古典小説史 漢初から清末にいたる小説概念の変遷』(ちくま学芸文庫
野矢茂樹言語哲学がはじまる』(岩波新書
小松和彦『日本妖怪異聞録』(講談社
○フーベルトゥス・テレンバッハ『メランコリー 改訂増補版』(木村敏訳、みすず書房
ジュリア・クリステヴァ『黒い太陽 抑鬱とメランコリー』(西川直子訳、せりか書房
○ニコラス・シュラディ『リスボン地震 世界を変えた巨大災害』(山田和子訳、白水社
伊坂幸太郎『死神の精度』(文藝春秋)・・・洒落た連作。
○原宏一『握る男』(角川書店
○早瀬耕『未必のマクベス』(早川書房
高村薫『四人組がいた。』(文藝春秋

 

 

かくも深きみどり~没後100年富岡鉄斎~

 新緑の京へ。連日のようにオーバーツーリズムの報道があるなか、雑踏をことのほか苦手とする中年が目指したのは、『没後100年 富岡鉄斎』開催中の国立近代美術館。

 クレーと並んで自分にとって一等大切な画家だから当ブログでも度々書いてきたが、鉄斎作品のメッカである清荒神清澄寺内鉄斎美術館が長い調査休館に入っていたため、ここ何年かはろくに見ることも出来なかったのだった。インバウンドかなんかしらんけど、鉄斎の偉大に比べたらなんぼのもんやっちうねんという気概で阪急京都線に乗り込んだのである。

 着いたのが九時過ぎだったためか、それらしい影はちらほらというところ。河原町の駅から美術館までは祇園の北を白川沿いに歩いて向かうことにした。《京都》というと妙に身構えてしまう上方ものも、鴨、桂に合わせて町中にこれだけの流れを持っている点に関してはあーもうーもなく脱帽する他ない。川岸に醜悪なガードレールを設けたりせず、崩れかかったままの昔の石垣を残しているあたり、ゆたかな町だなあと感歎する。あとは地名の豪奢も息を呑むほどで、これもやはり日本で勝てる都市はないだろう。金沢へ寄せる偏愛も、(お城や茶屋街ではなく)疎水に拠るところが大きい。こういうところにずっと暮らしていたら、そりゃ神戸とは違った人気(じんき)が醸成されるのも当然のことだ(無論神戸を貶すに非ず)、と考えているうちに気分良く到着。

 すさまじい混雑らしい雪舟展や空海展と対照的に、こちらは閑雅なもの。おかげでお目当ての絵に何度も立ち戻って好きなだけうつつを抜かすことが出来た。

 とはいっても、鉄斎美術館や鉄斎関連の展覧会にはかなり足を運んでいるから、見た事のない作との出会いというよりは、親友乃至畏友乃至片恋の相手に久々に会う娯しみという趣がつよい。中に就いて『武陵桃源図』(京都国立博物館)と『前後赤壁遊図』(鉄斎美術館)を尤物とする。

 前者については、当ブログ「桃の花咲く村」でも叙べたのでここでは略す。ただ今回は左の手前を領する池の量感、懐のゆたかさに瞠目した。見るたびに世界がぐんぐん立ち上がる、そういう画。また『赤壁遊図』に限ったことではないのだけれど、一見粗放な筆遣いが少し離れるだけでじつに精緻かつ雄勁な景色に変じるのを見せられると、幻術ということばが浮かんでくる。

 あとは誰しもいうことながら、胸のすくような、そして豊饒というものに身をさらしている感覚。画家が万巻の書を読み千里の道を踏み破って胸中にたくわえた世界観のゆたかさ(「豊かな世界」というのではない)が、生命そのものを直接に体感させてくれる。「猫図(贈君百扇)」の猫の不逞な面だましい。「三津浜漁市図」にひびくおおらかな笑い声。「四祭図」のスケッチの的確さとそこからぬっと顔を差し出す魁偉なユーモア。「雪月花茶詩書」の律動。

 展覧会の最後は「鉄斎の到達点 老熟と清新」と題されている。「懸崖蘭図」にりんりんとみなぎる気魄も、また「夏景山水図」の墨いろの艶やかさも、「老」が完成であった古きアジアの文化の粋が凝って出たかのようであった。

 ・・・・・・うーん、鉄斎を語るとどうしても力がはいってしまう。鉄斎に笑われそうだな。それにしても「蜃楼海市図」や「追儺図」が見られなかったのは残念だった。

 陶然としながら美術館を出ると、もう時分どき。案の如くどの食いものやにも外国人日本人が溢れかえっている。高瀬川の立ち飲み屋でさっとビールを乾して阪急に飛び乗った。

 

 今回はこの二冊を。

○杉山祐之『清朝滅亡』(白水社)……新聞記者(「元」含む)の本は文体の質が低いことが多くて最近は大体途中で投げ出してしまう(なんだか料理のヘタな料理人、みたいな話ですな)。でもこれは巻措く能わざる一冊。西太后(本書では一貫して慈禧と呼ぶ)と袁世凱、それに李鴻章の有能さがよく分かった。とくに文字通りの敗戦処理に駆り出されては、ぎりぎりの所で交渉をまとめ上げてるのに、国賊扱いで毎度左遷させられる李鴻章の肖像が憐れ深い。教科書の記述って、実は単純化された物語史観なんだなあ。
マイケル・オンダーチェ『アニルの亡霊』(小川高義訳、新潮社)

 

 

 

市長のブログ

 最近久元喜造さんのブログを愉しんでいる。本好きは本好きの人間に無条件に好感を抱くものですが、この市長さんも激務(であろう)のあいまにじつによく読んでいる。またその本も、御本人が「ハウツー本より小説が好き」とおっしゃるように、揖斐高『江戸漢詩の情景』とか池上永一『ヒストリア』とか、嬉しくなるような選択が多い。ま、自分が読んでる本と一致してるから喜ぶってえのも品が無いけど。本の感想を丁寧に語ってるのも好もしい。マスメディアの批判に真率に反論しているのもよい(無視するのでもキレるのでもなく、ね)。

 全く行政とかのことには疎いけど、政策に関しても、この市長さんは健全にものを考えて動ける人なんではないかなあ、という印象。

 と褒めたあとでいつも通り書名を羅列するのは慚愧に堪えません(公務員的口調)。

○前川佳子・近江晴子『船場大阪を語りつぐ   明治大正昭和の大阪人、ことばと暮らし』(上方文庫別巻シリーズ8、和泉書院)……語られる内容も小説のように面白く、戦前までの大阪という都市生活の情報としても貴重で、そして何より口調が素晴らしい!
鶴見俊輔ドグラ・マグラの世界』(講談社文芸文庫
宮部みゆき半藤一利『昭和史の10大事件』(文春文庫)
吉本隆明『わたしの本はすぐに終わる 吉本隆明詩集』(講談社文芸文庫
○田中亮『もっと知りたい日本の書』(東京美術
稲賀繁美末木文美士中島隆博『美/藝術』(日本の近代思想を読みなおす3、東京大学出版会
出久根達郎出久根達郎の古本屋小説集』(ちくま文庫
都筑道夫『二十世紀のツヅキです 1986ー1993』(フリースタイル)
ジョイス・キャロル・オーツ『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』(栩木玲子訳、河出書房新社
○ピーター・H・ウィルスン『神聖ローマ帝国 1495-1806』(山本文彦訳、岩波書店
○トーマス・メディクス『ハプスブルク 記憶と場所』(三小田祥久訳、平凡社)……ベンヤミンやジャン・アメリーの都市エッセイの系譜。ま、よく言えばあれらより小味、悪く言えば柄が小さいのだけど。
嬉野雅道『思い出リゾート』(光文社)
津野海太郎『歩くひとりもの』(思想の科学社)……題名通り、すたすた歩くような風情の書きぶりが、よい。
○メアリ・マッカーシー『私のカトリック少女時代』(須賀敦子の本棚7、若島正訳、河出書房新社)……若島さんが言うとおり、マッカーシーの最高傑作。
○山田邦明『戦国のコミュニケーション』(吉川弘文館
東海林さだお『丼めしの丸かじり』(朝日新聞出版)……コロナ最中の連載をまとめているので前巻に引き続きトーンは暗めだけど、ともかく東海林さんの文章がまだ読めることは何よりも喜ばしい。
○デーヴィッド・クレッシー『火薬の母 硝石の大英帝国史   糞尿と森が帝国を支えた』(加藤朗訳、あけび書房)……こんな説を聞いたことがある。長篠合戦で惨敗した武田家もじつは鉄砲のちからは認識していた。信長が勝利したのは所有する鉄砲の数ではなく堺をおさえたことによる硝石の独占による、というもの(硝石の国産化はまだの頃)。
○イレネ・バジェホ『パピルスのなかの永遠』(見田悠子訳、作品社)
オルハン・パムク『パムクの文学講義 直感の作家と自意識の作家』(山崎暁子訳、岩波書店
○ジュール・ミシュレフランス史10 アンリ四世』(桐村泰次訳、藤原書店)……思えばこのシリーズにもだいぶん長い間付き合っている。アンリ四世は思ってたとおりしたたかなヤツ。でもその前のシャルル九世(聖バルテルミの虐殺おこしたやつですな)やら、アンリ三世(シャルル九世の弟)やらのアクが強烈で、結局のところ「近代人」に過ぎないアンリ大王は影がうすい。ミシュレの筆もこういった怪物どもを叙すときの方が生き生きしてる気がする。
○『聞き書きアイヌの食事』(日本の食生活全集48、農山漁村文化協会)……ええ、言わずもがなですが『ゴールデンカムイ』にかぶれたせいです。
○奈倉有里『夕暮れに夜明けの歌を 文学を探しにロシアに行く』(イースト・プレス
○榎園豊治『日本料理の仕事大観 一流の技・知恵・秘伝』上下(旭屋出版)
○ハンス・ブルーメンブルク『メタファー学のパラダイム』(叢書ウニベルシタス、村井則夫訳、法政大学出版局
○ジャン・ゴルダン、オリヴィエ・マルティ『お尻とその穴の文化史』(藤田真利子訳、作品社)
○エリン・モーゲンスターン『地下図書館の海』(市田泉訳、東京創元社
半藤一利『B面昭和史 1926⇒1945』(平凡社)……半藤版「(明治ならぬ)昭和東京逸聞史」。
○ジェイムズ・スティーヴンズ『月かげ』(阿部大樹訳、河出書房新社
高階秀爾『日本人にとって美しさとは何か』(筑摩書房)……少し繰り返しは多いけど、ページごとに発見がある。さすが。
エドワード・ブルック=ヒッチング『地獄遊覧 地獄と天国の想像図・地図・宗教画』(藤井留美訳、日経ナショナル・ジオグラフィック

去年の枝折

 去年同様、花見は三度。初めは板宿『Calme』主催で、月見山南天』の心づくしの弁当が出た。二度目は飲みグループの持ち寄り会、そして自宅での一人花見と、図らずも毎回異なる趣向となった。

 暇人には珍しくそれ以外にもお誘いが多く、ために今回は(も?)書名の列挙にとどまる。

 

○袁珂『中国神話史』(佐々木猛訳、集広舎)
○『ポスト・モンゴル時代の陸と海』(「アジア人物史」第6巻、集英社
アイヌ民族博物館・児島恭子『アイヌ文化の基礎知識 増補・改訂版』(草風館)
慶應義塾大学附属研究所斯道文庫『訂正新版 図説 書誌学』(勉誠社
佐々木浩祇園さゝ木一門会 師弟セッション』(クリエテ関西)
トマス・アクィナス/稲垣良典・山本芳久編『精選 神学大全2 法論』(稲垣良典訳、岩波文庫
○クライスト『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』(山口裕之訳、岩波文庫
○アーサー・O・ラヴジョイ『観念の歴史』(鈴木信雄訳、名古屋大学出版会)
高山宏『トランスレーティッド 高山宏の解題新書』(青土社
○アミタヴ・ゴーシュ『飢えた潮』(岩堀兼一郎訳、未知谷)
井上ひさし『芝居の面白さ、教えます 日本編』(作品社)
阿部公彦『事務に踊る人々』(講談社
○ルスティカ・エディションズ編『禁断の毒草事典   魔女の愛したポイズンハーブの世界』(ダコスタ花村和子訳、グラフィック社)
○稲垣栄洋『世界史を大きく動かした植物』(PHP研究所
松井今朝子『料理通異聞』(幻冬舎
松井今朝子『芙蓉の干城』(集英社
○島谷宗宏『美しい日本料理の教科書』(河出書房新社
岸本佐知子柴田元幸アホウドリの迷信 現代英語圏異色短篇コレクション』(スイッチ・パブリッシング
○ダリア・ガラテリア『ヴェルサイユの宮廷生活』(ダコスタ吉村花子訳、原書房
○戸森麻衣子『仕事と江戸時代』(ちくま新書
○渡辺憲司『江戸の岡場所 非合法〈隠売女〉の世界』(星海社
大西巨人『春秋の花』(講談社文芸文庫
都筑道夫都筑道夫の小説指南』(中央公論新社
京須偕充圓生の録音室』(講談社文芸文庫
○杉本欣久『鑑定学への招待』(中央公論美術出版
チャールズ・ジョンソン『中間航路』(宮本陽一郎訳、早川書房
渡辺祐真・スケザネ『物語のカギ』(笠間書院
○神田裕理『宮廷女性の戦国史』(山川出版社

memento dentis

 歯を抜かれた。当人としてはついに、という感じ。左下の親知らず(半分横倒しになって出ている)が度々うずいていたのをほったらかしていたところ、昨年末にはどうしようもなくなって、口腔外科に紹介された。

 親知らずの一本前の臼歯の根もイカれてるので二本とも抜かねばならない。食事には影響しないとのことだが、親知らず以外を抜かれるのははじめてなので、なんだか手術前から一遍に老け込んで総入れ歯の爺さんになった気分だった。

 聞いていたとおり、麻酔注射が痛い。膿んで腫れてるとこにぶっすり刺すんだから、そりゃ痛いわな。しかしこれでもまだ二合目三合目というとこで、カチャカチャ器具が歯に当たったあと、めりめりと脳天に痛みが突き抜ける。

 海老反りになりかけたのを覗き込んで先生曰く、「あ、こりゃ痛いね、麻酔一本追加~」。いや、ビヤガーデンでお代わり頼んでんちゃうんやし。

 一時間の手術後、看護師さんに「汗拭いときますね」と言われる悶絶ぶりだった。ちなみに鯨馬、痛みには至って強い方であります。

 抜いた二本は持ち帰った。日夜歯根に付いた黒い歯石を眺め、以て定期検診を欠かさぬための料とする。

 今月は珍しく小説が多かった。

小野正嗣『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日文庫)……いかにも《昭和》な田舎の海岸町の日常から、どろりと原罪が滲み出る。でもタイトル通り、バーレスクな語りは一貫していて、それだけひとしお切実に迫ってくるという仕掛け。エピソードの絵画的構成の味が濃厚。
シオドア・スタージョン『夢見る宝石』(川野太郎訳、ちくま文庫)……新訳が出たので、四十年近くぶりに再読。カーニバルの脇役達が生き生きしてたのは記憶のとおり。今回は人間的理解を超絶した水晶たちの生態(?)が妙に身に染みた。
ジム・クレイス『食糧棚』(渡辺佐智江訳、白水社
ジョン・スタインベック『ハツカネズミと人間』(齊藤昇訳、講談社文庫)
○コラム・マッキャン『世界を回せ』上下(小山太一・宮本朋子訳、河出書房新社
○梁雅子『文五郎一代』(朝日新聞出版)
川上弘美『龍宮』(文藝春秋
○マルカム・カウリー編『ポータブル・フォークナー』(池澤夏樹他訳、河出書房新社
苅部直小林秀雄の謎を解く 『考へるヒント』の精神史』(新潮選書)
○リシャルド・カプシチンスキ『〈新版〉帝国 ロシア・辺境への旅』(工藤幸雄・関口時正訳、みすず書房
○リチャード・コニフ『新種発見に挑んだ冒険者たち』(長野敬訳、青土社
○上垣豊『反革命のフランス近代』(昭和堂
奥本大三郎『書斎のナチュラリスト』(岩波新書
○小倉孝誠『ボヘミアンの文化史』(平凡社
ロラン・バルトラシーヌ論』(渡辺守章訳、みすず書房

 

 

 

 

脳みそ吸うたろか

 『Ronronnement』の前田シェフから「ベキャスが入手できそうです」と一報有り。ベキャス、すなわち山鴫にお目にかかるのは実に八年ぶりとなる。フランスでも年々狩猟が厳しくなってきており、スコットランドからの輸入が主となっているそう。それくらい貴重な食材を取り置きしてもらえるのは有難い限り。八年前の狂乱ぶり(拙ブログ「年の瀬に怒る」参照)を覚えてくれていたらしい。

 綿密なる相談の上、個体の大きさから熟成期間を割り出して、そこからさらに五日ほど寝かせるように依頼。「○○さん、ヘンタイなのを思い出しました」とはシェフの賛辞である。

 当日は新快速で近江は栗東へ。前の店(今も営業している)の草津から更に一駅遠くはなっているけど、『アードベックハイボールバー』から『MuogOT』、『MuogOT』から『ロンロヌ』(と常連客は呼んでいる)へと前田シェフを追っかけてる身としては今更駅の一つや二つ、ストゼロのあとのタカラcanチューハイのようなもので(この比喩、やや不適切か)何の問題もない。いっそのこと、駅の百や二百向こうにして、八戸にお店を構えるというのは如何でしょうか、前ちゃん。

 栗東の店は一階が「ブーシュリー」、つまり精肉店。料理は二階で供するというスタイル。相客と同じ肉肉しきコースに山鴫、しかも一羽を上乗せする恰好なので、始まる前は最後までたどり着けるか不安もあったけど、ぺろりといっちゃいました。無論山鴫がよろしかったのもあるし、おそらくそれと同じくらいかそれ以上に前ちゃんの料理を久々に堪能出来たのが嬉しかったせいもある。ともあれ当日のコース以下の如し。

*ジャガイモのスープ
*苺とリコッタチーズのサラダ
*シャルキュトリ盛り合わせ……蝦夷鹿のハムと鶉のガランティーヌがことによろしい。
*和牛のたたき
*ハンバーグ……塊の肉を半生に焙ったのを細かく叩き、エシャロットなどを混ぜて出す。ステックタルタルの柔媚とステックアシェの香ばしさ、いいとこ取りのひと皿。
*豚すね肉(?)と椎茸……自家製柚胡椒を添えている。

そして我がベキャス殿の登場となる。調理前の、オナカを広げたあられもない姿をまず鑑賞する。なんともまあ、エロティックなボルドーいろ。

 まずは内臓の串焼き。鴫だけでなく色んな野鳥で、前田シェフはこれをしてくれる。あれこれ手をかけるよりこれが一等旨いのである。しかも別の日にベキャスコースを頼んだ客が「内臓は要らない」と言ったそうで、肝が二羽分もあった。なんて勿体ないことするのかしらんとニマニマしながら優美にして凜とした苦みをひたすら満喫する。

 あとはロースト・・・ではなくこれはグリエかな。目の前に炭台を据えてそこで炙り焼きしている。文字通り頭のてっぺんから足の先まで出てくる。脳みそのとこをちゅうちゅうするしてると、ついワインの方がお留守になってしまう。味は上記のブログでさんざん描写したから、もうそれ以上書く事はない。生きてる内にまた巡り会えた幸福をしみじみ思うのみ。

 この後で焼しゃぶとすき焼き風丼(鯨馬はさすがに卵かけご飯にしてもらった)が出ることから分かるように、草津店とは違ってここは自由に肉で遊ぶというスタイルであるらしい。古典料理・地方料理にこだわりを見せた草津とこちらを食べ分ける愉しみが出来たというわけ。とにもかくにも、前ちゃん、ありがとう。

 


今野真二『日本とは何か 日本語の資源の姿を追った国学者たち』(みすず書房
ジョゼ・サラマーゴ『見ること』(雨沢泰訳、河出書房新社)……傑作『白の闇』続篇。
○藤井一至『土 地球最後のナゾ 100億人を養う土壌を求めて』(光文社新書)……土ってこんなに分かってないもんなんだなあ。文章はややサーヴィス過剰だが、もう少しこの研究者の本を読んでみたい。
○『歪んだ時間』(「冒険の森へ 傑作小説大全」8、集英社
○ピーター・ゲイ『シュニッツラーの世紀』(田中裕介岩波書店)……シュニッツラーの日記を手がかりに、中層ブルジョワの経験世界の諸相に分け入る。相変わらず水際立ってるなあ。
○『夢の扉 マルセル・シュオッブ名作名訳集』(国書刊行会
○村山修一『本地垂迹』(日本歴史叢書、吉川弘文館)……昭和四九年の本だから(鯨馬と同い年)新知見を得たわけではないが、本地垂迹の歴史的展開から説き起こして、教説・文芸・美術の諸相を網羅する叙述は今でも充分役立つ(ま、こちらが素人なだけなんですが)。特に宗派ごとの垂迹思想のありようをまとめてくれているのが有難い。
岳真也『百期百会 令和のいまに顧みる昭和・平成文壇私史』(牧野出版)……はじめ「ブツダンの、しかも昭和以降限定の歴史なんて変わった本だなあ」と思って、頁をめくるに違和感を覚え、ようやく題名の勘違いに気づいた。イドラの除き難きこと知るべし。ま、亡くなった作家の思い出なんだからある意味ブツダン「私史」なんだけど。
古川緑波『ロッパ食談 完全版』(河出文庫
柳宗悦『民藝図鑑』(ちくま学芸文庫)……最近はこのシリーズ(全三巻)を晩酌のアテとしてる。
○伊藤痴遊『続隠れたる事実 明治裏面史』(講談社文芸文庫